Side Zell.「虚仮だとしても」
※ゼール視点の三人称です。
バルクハルトのもとへと到達したゼールは、一心不乱に剣を振るった。二本の剣の魔具――凍剣蓮華と風雷万華の力を惜しみなく発揮して。
バルクハルトはいずれの攻撃も片方の剣で防ぐか、機動力の要である馬を使って回避するかで、ゼールの攻撃は一向に実らない。雷撃と凍結、そして爆破の衝撃は、敵の防御も攻撃もまったくと言っていいほど阻まなかった。ただ、落胆はない。ゼールが参戦したことにより、シャオグイの攻撃は着実に成果を上げている。彼女の鉄扇がバルクハルトの露出した肌を浅く斬り裂いた程度だが。
不意に魔力の奔流を感じ、ゼールはすんでのところで砲台からの光線を回避した。見たところ、バルクハルトもシャオグイも攻撃の手を緩めることなく、それでいて完璧に避けている。今、もっとも砲台に近い血族はバルクハルトだ。攻防を繰り広げる三人それぞれが撃ち抜かれるリスクを負っている。
次の射出まで待ったのち、ゼールは地面に凍剣蓮華を突き刺した。
「結晶凍撃」
地中を駆けた氷の魔術がバルクハルトを支える馬の脚部に迫り、霜が弾ける。視界が白色の煌めきに覆われた。
バルクハルトがいかに強靭であろうとも、馬はその限りではない。それゆえ馬を凍らせてしまえばバルクハルトもろとも光線で始末出来る。そのような算段でおこなった攻撃である。
凍結の範囲を颯爽と逃れた馬を見て、ゼールは奥歯を噛み締めた。
考えてみれば、シャオグイも戦闘において馬を狙ったはずだ。しかしその身には傷ひとつない。となると、バルクハルトの操る馬もまた尋常ならざる対応力を有していると判断すべきだった。
「つまらん」光線を回避しつつ、迫るシャオグイを大剣で吹き飛ばしてバルクハルトが言う。「シャオグイはまだしも、貴様は虚仮だ」
バルクハルトはゼールを一瞥もしない。二対一の戦闘になってから、彼は一度もゼールを見ていないのだ。それでいてすべての攻撃に対処している。
虚仮。
そう見做されても、なんら反感を覚えなかった。魔具の力を駆使して戦う姿は、本物の強者とは言えないだろう。そして魔具を十全に発揮してさえ届かないとなると、いよいよもって弱者じみてくる。少なくともバルクハルトはそう感じているのだろう。
かまわない。強弱は対比により生まれるものだ。単独ではバルクハルトに遠くおよばない自覚はある。ただし、それは戦わない理由にはならない。剣を振るわないでいい理屈にはならない。
「いかなる状況にあろうとも、全身全霊で戦うのが騎士だ」
言って、風雷万華の風の魔術でバルクハルトの頭上へと移動する。風雷万華を振り下ろし、出力を上げた雷撃を敵に直撃させた。
「これが貴様の全力ならば、騎士とやらは道化だ」
バルクハルトは、再び距離を詰めようと試みるシャオグイを両の大剣で阻害しつつ、そう口にした。
目で追えないほどの速さで駆けるシャオグイ。彼女を悠々と阻み、反撃するバルクハルト。どちらも自分より格上だ。前線から遠ざかっていた日々はなんの言い訳にもならない。全盛期であろうとも、この二人におよびもつかないことくらい理解している。
ならば、かつての全盛期を越える力を出せばいい。
風の魔術で素早くバルクハルトの背へと到達し、ゼールは呼吸を整えた。
何万回、何十万回と剣を振ってきた日々。夜間防衛に出なくなっても継続された鍛錬の賜物を、この一太刀に込める。
ゼールはバルクハルトの鎧の隙間――数センチ程度の肩の隙間へと、一気に風雷万華を振り下ろした。
渾身の一撃はバルクハルトの肉に達し、二センチ程度の位置で止まった。どんなに力を込めても、刃を進めるのはもちろん、引き抜くことさえ出来ない。
あえて攻撃を受け、筋肉で剣を固定したのだと悟った直後、バルクハルトの大剣が頭上に迫っていた。避けるのは不可能ではない。しかし無傷とはいかないうえに、片方の剣を手放すしかなくなる。悪いことには、機動力を支えていた風雷万華を。
「氷爆斬!」
もう片方の剣――凍剣蓮華で、肉に食い込んだ風雷万華を下から弾く。氷と爆撃の力は、風雷万華を引き抜くに至った。その過程で、バルクハルトの肩にも凍結と爆破の衝撃が訪れたことだろう。黒い血が僅かに散った。
即座に風の魔術で馬の腹へと潜り込み、両の剣を突き立てようとしたが――。
馬体が宙を舞う。バルクハルトは危険域を脱し、ひどく冷めた目でゼールを見下ろしていた。路傍の石を見る目付きである。
バルクハルトの跳躍は、ゼールの攻撃を回避するだけのものではなかった。敵を狙って砲台から放たれた光線が、我が身に迫るのを感じる。回避するには遅すぎた。
死んだ、と思った矢先、ぐいと背を引かれる。目の前を光線が駆けて大地を抉った。その後、彼は乱雑に放り投げられたが、風の魔術ですぐさま体勢を立て直す。
「ほんま、手のかからへん良い子どすなあ、グレキランスの騎士さんは」
シャオグイの背を見据え、剣を握る手に力を込めた。むろん、怒りではない。己の弱さと油断を悔いたのだ。
「助かった。借りは必ず返す」
「別にええどす。なぁんも期待してへんから」
それを聞いて、ゼールは思わず笑みを浮かべた。期待ばかりされてきた人生で、それに応えようと必死になっていた日々。それを矮小に感じるわけではないが、期待されないことで却って心に火が灯る感覚は新鮮だった。
「ありがたい。……俺は全力で戦うと決めた。ここで果てたとして欠片も悔いはない」
敵はバルクハルトだけではない。それ以上に厄介な相手が敵陣に控えている可能性は大いにある。ゆえにいくらか魔力を節約して戦ったのだが、この瞬間、ゼールは真に腹を括った。
本気でなければバルクハルトを倒せない。刺し違えたとしても本望なほど、残る力を振り絞らねば北門は落ちる。
「今までのは様子見だったん? おもろいわぁ。それでバルクハルトはんに勝とうなんて、自信家どすなぁ」
着地したバルクハルトが、不意に大剣を引いて猛進した。
シャオグイが前傾姿勢になり、風のごとく駆け出す。
やがて二人がぶつかり合うより先に、ゼールが敵の眼前に進撃していた。極限まで高めた風の魔術による高速移動は、シャオグイのスピードを遥かに上回り、バルクハルトの不意を突くほどのものだったのである。
「疾風爆雷」
凍剣蓮華と風雷万華を交差するように重ね、風の力を乗せて斬りつける。雷撃が迸り、爆裂魔術の轟音が爆ぜた。
土煙のなか、砕けた鎧が宙を舞う。
バルクハルトの視線が、はっきりとゼールを射抜いていた。そこに嘲弄や冷笑など一片もない。敵を敵として認知した、そのような眼差しだった。
深い夜の下で、血族随一の戦力であるバルクハルトと、人間側最大の戦力であるゼール、そして強力無比な援軍シャオグイの戦闘が一気に熱を帯びた。戦っているのは彼ら三人だけではない。それぞれの兵士が魔物や血族へと剣を振るい、魔術を行使している。
戦場全体を俯瞰するならば、煙宿からの援軍も着実に歩を進めていた。全軍を指揮する総大将――夜会卿ヴラドへと。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて
・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて




