Side Zell.「北門の守護者」
※ゼール視点の三人称です。
騎馬の男――バルクハルトは、大剣をオーガの鉄扇に打ち合わせたまま口を開いた。
「誰だ貴様は。余の記憶にはない」
今宵はじめて流れたバルクハルトの声は、隆々とした筋肉や骨ばった威圧的な顔面に相応しく、地の底から響いてくるような低音だった。
「忘れてしもたん? バルクハルトはんは頭よろしおすなぁ。ウチ、シャオグイって名前どす」
「知らん。余は弱き者の名など興味がない」
「そうどすか。都合のよろしい頭どすなぁ」
ゼールは二人が会話をしている間に、門の方角へと駆けた。
今、ガジャラを止める手段はない。防御魔術は足止めにならないくらい脆くなってしまっている。杭も同じだ。ガジャラの背に突き立ちはしても、その身を貫いて地面に釘付けにするほどの強さはなかった。
誰かがどうにかしなければ門前の勢力はもちろん、北門そのものも破壊されかねない。
「シャオグイ殿と言ったか。貴女が我々の味方なら、騎馬の男を任せた。俺はガジャラの相手をする」
「勝手どすなぁ。ま、ええどす」
他種族が敵ではないことは、戦時下に入ってから共益紙経由で共有されている。この女性のオーガも味方なのだとしたら心強い。おそらく彼女ならばバルクハルトに善戦するだろう。
「氷爆斬」
ガジャラの後ろ足に斬撃を飛ばす。猛進するしか能がないらしく、巨象は回避の素振りすらなかった。足に到達した氷の刃が爆ぜ、地面ともども氷の結晶に覆われる。が、数秒もしないうちにごっそりと地面ごと足を持ち上げ、行軍を再開した。
「疾風雷火」
風の魔術でガジャラの前まで一瞬で移動し、おまけに足を斬りつける。斬った瞬間に雷撃が弾けたが、反応は皆無。この程度では攻撃のうちに入らないのだろう。
双剣の片方――風雷万華で地面を打ち、風の力で跳躍する。巨大なひとつ目がゼールをじっと見つめていた。
「爆雷斬」
二本の双剣を交差させて振り抜く。刃から生まれた半月型の軌跡がガジャラの眼球に直撃し、雷撃とともに爆発が生じた。ガジャラの行進が止まり、瞼を閉じてぶんぶんと顔を振る。上向きに曲がった二本の牙と長鼻が凶器となってゼールの身に迫ったが、問題ではない。風雷万華で風を放出し、回避しつつ空中に留まる。
ガジャラの後方では、シャオグイとバルクハルトが戦闘を繰り広げていた。双方ともに激しく位置を入れ替えながら、刃の応酬を続けている。ゼール自身、最前の戦闘で感じたことだが、バルクハルトの膂力はともかくとして、馬の機動力と対応のタイミングが完璧だ。馬上のバルクハルトと完全に呼吸を合わせ、彼の意のままに動いている。
地上の人々は魔物と、中央にせり出した血族との戦闘に注力していた。圧倒的な戦力差があるのは明白。誰がどう見ても人間の勝ち目は薄い。だが、それがどうしたというのか。きっと負けるから戦わないなんて精神は騎士として落第だ。たとえオブライエンの洗脳魔術の籠もった剣で否応なしに戦いを強いられているとしても、兵士の一挙手一投足で壁内の人々の未来が大きく変わる。決死で戦い、一割にも満たない勝率を掴み取ろうとするのが守護者の本懐だ。
ガジャラの目が開き、一歩踏み出そうとしたところでゼールは再び眼球めがけて爆雷斬を放った。
この巨象はそう愚かでもないらしい。直撃寸前に瞼を閉じ、目を保護した。が、所詮はそこまでだ。再び瞼が開かれたとき、ゼールは眼球を双剣の攻撃圏内に収めていた。
「旋風雷雨」
風雷万華による、雷を帯びた高速の連撃。ガジャラが再度瞼を閉じる前に、眼球をズタズタに裂いた。
ただ、巨象も知恵を絞ったらしい。ゼールの背後に敵の長鼻が迫っていた。
「騎士を舐めるな」
風雷万華の風の力で回避しつつ、両の剣で鼻の先端を細切れにする。
「人間を侮るな」
次に右足へと下降して掘削し、斬り落とす。
「あの日のように門を破壊出来るとは思うな。この先は一歩たりとも進軍を許さない。王都の守護者として、王立騎士団の長として、決してここを通さん」
ゼールは一切の誇張なく言葉を紡いだ。目の前にいる巨象は混血の双子の妄想であり、倒せる相手ではない。負った傷は徐々に再生する。もし致命傷を与えたとしても、例の双子が再びガジャラを顕現させれば無傷の個体が生まれるだろう。
それがどうした。
無限に再生するのなら、無限に戦えばいい。先に朽ちるのがこちらだとしても後悔はない。その前提で今ここに立っている。
右前足の次には、左前足を掘削した。鼻による抵抗が予期出来たので、巨象の身体が沈むタイミングで根本から、やはり掘削の要領で斬り落とす。鼻での攻撃は自分が対処出来ても兵士たちに危害がおよぶ恐れがある。斬るに越したことはない。
「全魔術師に告ぐ! しばし休み、魔力を回復させよ!」
シャオグイがバルクハルトを引き受けてくれたおかげで、こちらは魔術に依存せずともガジャラの足止めが出来ている。当初の予定通り、防御魔術と杭とで封殺するのがベストだが、半端な魔力では巨象を止められない。
二万の兵員の頂点に立つ者として、精神的にも肉体的にもより多くを支払う必要がある。今こうしてガジャラの再生が間に合わない速度で凶器たりうる箇所、そして進行の要である足を破壊するのは妥当な行為だった。本望ですらある。バルクハルトの二度の攻撃で受けた負傷は決して小さくないが、意志が肉体を牽引し、適切な行動へと導いてくれた。
ちらと砲台を窺うと、相変わらずスピナマニスが投げ込まれている。いまだ健在ではあるものの、魔術による防御壁の角度や硬度を誤れば、残ってくれた二機の砲台も簡単に破壊されてしまうだろう。そして砲台が消えれば魔物が押し寄せる。その背後で血族たちの隊伍が歩みを進める。敵方は安全かつ確実に北門を落とすだろう。敵軍の指揮者が慎重でいてくれる限りにおいて、砲台の抑止力は存分に機能を果たしている。圧倒的物量の魔物が留まってくれているだけで、前線の兵士は魔物の各個撃破に専念出来るのだ。
夜明けまでこの状況が続けば、少なくとも魔物という脅威は消え去る。あとは残った血族とぶつかればいい。
不意に、空中に留まったゼールへとスピナマニスが迫った。球状になった姿で、猛烈に風を切ってやってくる。
奴の外殻は硬いが、問題ではない。
「氷爆斬」
氷の刃が爆ぜ、凍結したスピナマニスを双剣で受け止める。骨が軋む音がし、痛みが身体を駆けたが、かまわない。
しかし、なぜ今このタイミングで、と思った瞬間――。
「ぐっ、あ!」
足の関節部に焼けるような激痛が走った。
砲台の光線が落下するスピナマニスへと放たれ、その射線上にあったゼールの左足を消し飛ばしたのである。
唇を血が滲むほど噛む。風雷万華の力で空中に留まり、再生したガジャラの前足を再び破壊した。
崩折れたガジャラの先。スピナマニスが投擲された方角を睨む。
かまわない。貴様が誰であろうと、どんな戦術を使おうと、一向にかまわない。
騎士として、夜の守護者として、戦い続けるだけだ。死の影に怯える精神など持ち合わせていない。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて
・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて
・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。血呑み、鬼人、生き肝食い、黒痣などの別称を持つ。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて
・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『共益紙』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて




