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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Zell.「いかなる苦境であっても」

※ゼール視点の三人称です。

 苦しみに(あえ)ぐ者の助けとなれ。


 ゼールの父の言葉だ。騎士団に入ると宣言した彼への(はなむけ)である。


 王都の中流階級の家に生まれたゼールの正義感を(はぐく)んだのも父だ。この世には魔物がおり、人々は夜を越えるために多くの犠牲を払う。壁内の民が安心して過ごせているのは、夜の守護者である騎士が多くの代償を払って魔物を退けているからだと、父は何度も口にしていた。


 正義を()すには途方もない努力が必要となる。知恵と力と精神。それらすべてを研鑽(けんさん)せねば都の守り手にはなれないとも教わった。それゆえゼールは子供の時分(じぶん)からあらゆる努力を()しまなかった。死んだ母の面影(おもかげ)が、ゼールの正義感の根本にある。


 彼を産んで()もなく、母は壁内に侵入した半人半鳥の魔物ハルピュイアに八つ裂きにされた。こういった事故(・・)は当時の王都では珍しくない。


 魔物(にく)しの感情はあれど、ひとりでも多くを救うためにゼールは克己(こっき)した。手のひらが擦り切れるほど木剣を振るい、肉体の鍛錬(たんれん)に励み、睡眠時間を削って勉学に(いそ)しむ。魔物を倒し王都を守ることは、自分が生まれてきた理由とさえ言えた。


 魔具訓練校の同輩(どうはい)で、ゼールとともに武を競ったスヴェルが近衛兵になったときには、随分と落胆したものだ。


『俺とお前は別の道を歩むが、目指すべきところは同じだ。誰かを守る。お前の場合は多くを守り、俺は王都の中枢(ちゅうすう)を守る』


 スヴェルの言葉である。それに対し、返す言葉を持ち合わせていなかった。スヴェルの()り方を認めるには、ゼールはまだ若すぎたのだろう。


 彼は騎士団で早々に頭角をあらわし、序列を駆け上がる。二本の剣で魔物を撃退する彼は、獲物を逃さぬ(たか)になぞらえられた。ナンバー4の座とともに(たまわ)った双剣の魔具が、以降、彼の相棒となり、序列の頂点まで押し上げる強力な力となった。


 ナンバー1になっても毎日の鍛錬を(おこた)らない。剣を一度振れば、一回分だけ強くなる。努力は決して裏切らない。もし魔物を前に倒れることがあれば、それは己が不足していただけのことだと考えていた。そうならないよう、たゆまず練磨(れんま)せねばならない。


 騎士になることは命を捧げるという意味だと勘違いしている者もいるようだが、そうではない。意志の炎を燃やし、ひとりでも多くの命を救い、人々の安寧(あんねい)を守るのが騎士の本分である。その過程で必然的に危険が(ともな)う。死は常に隣にいて、こちらを覗き込んでくる。しかし死は決して前提などではない。


 騎士団長になり、前線から退いても、意志だけは変わらなかった。寸暇(すんか)を見つけて剣を振る。実際に得物(えもの)を握らずとも、空想の双剣で剣舞を繰り出す。長年手にしてきた双剣は、重みも長さも鋭さも、空想のそれと寸分も(たが)わない。団長室の床がしばしば汗に濡れているのはそのためだ。


 剣を振るえ。生きているならば。


 剣を振るえ。絶命の谷に落ちようとも。


 剣を振るえ。命が尽きるその瞬間さえ。


『ゼールよ』


 先代騎士団長は双剣を与える際に、真摯(しんし)な眼差しでゼールを射た。


『この双剣はそれぞれ異なる魔術を()めてあるが、それとは別に共通した特徴がある。基本的に折れぬのだ。厳密には、心が折れぬ限り剣も折れぬ。持ち手の意志により、(もろ)くもなれば強靭(きょうじん)にもなる』




 遠くで音がしている。


 無数の魔物の(うな)りと、敵を打倒すべく戦う兵士の雄叫(おたけ)びが段々と大きくなり、ゼールは目を覚ました。起き上がると、胸に痛みが走る。鎧は砕け、どうやら肋骨も何本か折れていると感じた。


「俺はどのくらい眠っていた?」


 間近(まぢか)な兵士に問う。


「ほんの数分です」


 数分あれば戦況は変わる。立ち上がって眺める敵勢は門から五百メートルをすでに割っていた。先頭のガジャラは三百メートルほど先まで先行している。


 巨象の前に展開された防御壁と、その身を貫く岩石は、魔術師たちが新たに顕現(けんげん)させたものに違いない。だが、それらはすぐに対処された。騎馬の男が杭を抜き、防御壁を破砕する。ガジャラの進行が再開され、しばしののちに再び同じ連合魔術で拘束するのが見えた。兵士たちはもっぱら騎馬の男に狙いを(さだ)めて攻撃を仕掛けているものの、一向に(みの)らぬ抵抗である。男の大剣のひと振りで、兵士の身体が四散した。


 ゼールは手元の双剣を一瞥(いちべつ)する。折れていない。ヒビひとつない。なにより自分は気絶してなお、この武器を手放さなかったのだ。


「全魔術師に告ぐ! 連合魔術を行使し続けよ!」


 言って、ゼールは前方へと駆けた。新たに展開された防御壁を迂回(うかい)し、騎馬の男へと猛進する。


 あの男をなんとかしなければ、ガジャラによって北門が破壊される。王都の民が危機に(さら)される。無辜(むこ)の人々が犠牲となり、グレキランスが壊滅するなどあってはならない。


 積み重ねた剣のひと振りが今この瞬間に繋がっているのだと強く感じた。騎士団長となり最前線で戦わない立場になっても、決して怠らなかった鍛錬の結果がこの戦場に直結している。


 騎馬の男が虫けら同然に人間を蹂躙(じゅうりん)するのが目に映った。ゼールは唇を噛み、一陣の風のごとく騎馬の男に斬りかかり――。


 またも吹き飛ばされた。今度は防御壁に背を打ち付け、否応(いやおう)なく吐血する。気絶こそしなかったものの、初撃よりも痛みは大きい。咄嗟(とっさ)に双剣で防いでいなければ胴が真っ二つになっていただろう。


 こちらの双剣よりも遥かにリーチの長い二本の大剣。相当の重量だろうに、騎馬の男の攻撃はあまりに速く、そして当然のごとく強力だ。


 肉体を(むしば)む痛みを無視し、ゼールは再び立ち上がった。呼吸は荒いが心に乱れはない。その証拠に双剣は傷ひとつなかった。


 生きている。ゆえに、まだ戦える。戦意には一点の曇りもない。


 ガジャラに刺さった杭を破壊する騎馬の男を見据(みす)え、両の剣を引いた。


氷爆斬(ひょうばくざん)!」


 右の剣を振り抜くと、軌跡(きせき)が白銀の刃となり騎馬の男へ迫った。


 氷の魔術と爆裂魔術。右の剣――『凍剣蓮華(リフルーレ)』にはそれらの魔術がブレンドされている。


 白銀の斬撃と、騎馬の男の振るった大剣が衝突した瞬間、冷気が()ぜた。男の全身は一瞬にして氷の結晶体の内部に閉ざされる。


 足止めには充分な一撃。ただし、相手が通常の手合いならば。


 氷塊が砕け散った刹那(せつな)、男は剣を引いて距離を詰めていた。異様な大剣の攻撃圏内(けんない)まで。


疾風雷火(しっぷうらいか)!」


 左の剣――『風雷万華(エルグロリア)』に即座に魔力を集中させ、大剣よりも素早く駆けると、敵の横腹に斬撃を見舞った。風雷万華(エルグロリア)には風と雷の魔術が籠められている。今の一撃は、風の魔術で高速移動しつつ、加速した刃で斬りつけた瞬間に雷撃を放つ技術である。


 騎馬の男の真横を通り抜け、振り返る。


 生半可(なまはんか)ではない、とつくづく実感した。


 騎馬の男は斬られる間際(まぎわ)に大剣で斬撃を(しの)いだのである。当然のごとく雷撃が(ほとばし)ったのだが、効いている様子はない。


 魔具の力を充分に発揮している自覚はあった。それでも、この男には通用しないのだと悟る。自分が積み上げてきた努力の遥か先にいるのだと思い知らされた。


 何度目かの防御魔術が展開され、杭が打たれた。騎馬の男はこちらを一顧(いっこ)だにせず、防御を粉砕し、杭を打ち壊す。ガジャラの身体は何度も貫かれているが、傷は徐々に再生していた。痛みさえ感じないのだろう。暴れる様子はなく、障害物が消えれば北門までの猛進を再開する。


 勝てない。


 この男を目にした瞬間から薄々感じてはいた。まだ技の引き出しはあるものの、眼前の強大な暴威(ぼうい)にどれだけの傷を与えられるというのか。そもそも、些細(ささい)な手傷すら()わせられない可能性のほうが高いくらいだ。


 このとき、ゼールは背後に血族たちの接近を確実に感じ取っていた。騎馬の男には到底およばないが、迫りくる血族も強者と呼んで差し(つか)えない。


 ゼールは一旦騎馬の男を放置し、後ろの血族を相手取る選択肢を頭に浮かべ、即座に破棄した。あの男とガジャラだけで、北門の総員が殲滅(せんめつ)されかねない。


 それに、勝てないから戦わない軟弱な精神は持ち合わせていないのだ。なにがあろうと、どんな窮地(きゅうち)に立たされようと、剣を振らねばならない。それが騎士だ。


 防御壁が張られるのが目に映る。しかし壁はこれまでのものより遥かに薄かった。もとより連合魔術は、ひとりひとりが呼吸を合わせて実現させるため、通常の魔術よりも負荷は高い。


 もはやガジャラの突進を(はば)むほどの力はなく、騎馬の男が対応するまでもなく防御は砕け散った。


 異能で顕現(けんげん)した巨大な怪物と、異常なまでに強い血族。北門の後方には精鋭を控えさせているが、ひとりと一匹の化け物に対し、彼らが対抗出来るとは思えなかった。


 ゆえにゼールは駆ける。騎馬の男とガジャラの両方を始末するために。(かな)わないと分かっていても、全身全霊で戦うのが騎士だ。


 ところで、実力と勝敗はイコールではない。(こと)、集団の入り乱れる戦場においては想定外の変数が存在する。


 背後の血族が何体か気配を消し、より強大で異様な殺気がゼールの神経を刺激した。きらびやかな着物がゼールを追い越し、騎馬の男へと迫り、大剣と鉄扇(てっせん)が打ち合う。ゼールが軽々と吹き飛ばされた一撃を、謎の闖入者(ちんにゅうしゃ)が受け止めていた。


「お久しぶりやなぁ、バルクハルトはん。相変わらずお馬さんでトコトコ遊んではるん?」


 皮膚を這う黒い(あざ)。額の(つの)


 その絢爛華美(けんらんかび)な他種族――オーガは、騎馬の男バルクハルトに拮抗(きっこう)する実力を備えているように感じられた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士や内地の兵士になる


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。血呑み、鬼人、生き肝食い、黒痣などの別称を持つ。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて

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