Side Zell.「連合魔術と騎馬の猛者」
※ゼール視点の三人称です。
煙宿からの援護部隊が行動開始した時点まで遡る。
かつて王都のすべての門を破壊した巨象の魔物――ガジャラを先頭に魔物の大群が行軍していた。悪夢の再来と言っていい。しかも王都襲撃の日より魔物の数も種類も豊富。さらに、連中はあくまでも後方に控える血族たちの前座なのだ。
「前線部隊は後退せよ」
ゼールは隣の交信魔術師に指示を送った。内容はすぐさま総員に伝達され、即座に行動へと移っていく。ガジャラの猛進は人間の兵士たちよりも少しばかり速い。何人かは犠牲になるだろう。
ガジャラの振り回す長鼻で、兵士らが宙を舞った。何人かは壁に叩きつけられさえする。ゼールは犠牲者に視線を送ることなく仇敵を見据えていた。瞳に憎悪と悲哀を滾らせて。
人間の命など塵芥。
そう言わんばかりの行軍だった。ガジャラにしてもほかの魔物にしても、ひとの命を一顧だにしない。連中にしてみれば虫けら同然だろう。何体かの白銀猟兵が稼働してガジャラへと突進したが、成果はなかった。いずれも天高く弾き飛ばされ、爆散する。頼みの綱の砲台は二機まで減らされ、それらも次々と投擲されるスピナマニスによってほぼ封殺されていた。
絶体絶命、ではない。ここからが正念場だとゼールは心得ていた。
ガジャラが中陣――門から五百メートル付近まで到達する。
頃合いだ。
「魔術師各員に告ぐ。砲台の防御を継続しつつ、盾と槍を準備せよ」
ガジャラはすでにゼールの百メートル先へと迫っていた。巨体ゆえ、眼前にいるかのごとく錯覚する。つくづく異様な敵だ。初見ならば対処は不可能だろう。
「魔術師各員、盾と槍を展開!」
突進するガジャラから、ゼールは決して目を離さなかった。
半透明の分厚い防御魔術がガジャラの頭を強かに打つ。防御にヒビは入らず、凶悪な突撃が轟音とともに停止した。
通常の防御魔術ならば、象の巨体を阻むのは不可能である。ガジャラの行動を止めるための手立てを生み出したのはゼールの功績ではない。この場にいるすべての魔術師の力と、魔具制御局長オブライエンの知恵に依る。
『本来、魔術は各人で独立して行使するものだが、互いの魔力を同調させることで、より強力な魔術を扱うのも可能だ。巨大な敵を相手にするのなら、もってこいの戦術だよ』
何度目かの会合の折に、オブライエンが口にした内容である。
連合魔術。ゼールはそう名付けた。複数の魔術師が魔力を同調させ、大規模な魔術を行使する技術。
今しもガジャラの進行を阻害したのはそれだ。数メートルもの厚みを持ち、強靭かつ高密度の防御壁。ガジャラの体長程度の幅なのは、硬度に重きを置いたためだ。あくまでも対ガジャラ用の策である。
そして、それだけではない。
頭部を激突させてすぐ、防御壁を迂回しようとしたガジャラの上空に魔力が集中し――。
「人間を舐めるなよ」
ガジャラの背を貫通して、地面に深々と杭が突き刺さる。ガジャラがどれほどもがいても、杭は不動だ。
これも連合魔術である。防御に比べて扱いの難しい岩石の魔術であるが、今日この日までに魔術師ひとりひとりが練磨した技術の結晶だ。
ガジャラは決して死なない。混血の双子の妄想により顕現した怪物なのだ。致命傷を負えば消滅するだろうが、双子の力で再び姿を現す可能性が高い。それゆえゼールは、抹殺ではなく封殺に重きを置いた。必ずや此度の戦争で姿を見せるに違いない巨象にターゲットを絞ったのである。
ガジャラの歩みが止まったことで、ほかの魔物たちも足を止めた。ほぼ機能を停止しているものの、ガジャラより先行すれば砲台の標的になりかねない。二機まで減り、例の投擲で封じられているにもかかわらず歩みを止めたのは魔物の意思ではなかろう。連中を背後で操る者は、相当に慎重な性格らしい。
ともあれ、これでガジャラを事実上攻略したとまでは言えない。身動きを封じただけでは、いずれ血族が出張ってきて連合魔術を破壊するだろう。ゆえに、速やかに根本を断たねばならない。すなわち、この怪物を駆動させている双子の混血を討つ。
「敵に動きがあれば迎え撃て。俺はしばし前線に出る」
交信魔術師に伝えるや否や、ゼールは疾駆した。ガジャラを止めた防御魔術を迂回し、巨象の脚に剣を突き刺して登攀する。背へ到達するまで、さして時間はかからなかった。騎士団長になって以降、長らく実践から遠のいていたが、幸いにも身体は問題なく動いてくれる。かつて騎士団のナンバー1として活動していた過去が、今の自分を確実に支えていた。無論、全盛期には遠くおよばないが。
双剣の魔具を手にしたまま、象の背中を見渡す。
双子は象の背に乗って操っている。それが前情報だ。しかし、ガジャラの背には誰ひとりいなかった。ならば近辺にいるのかと地上を眺め渡しても、それらしい血族は見当たらない。
情報に誤りがあったか、それともはじめから遠隔で操作可能な代物だったか。考えたところで益はない。ガジャラの使役者を討つのは今しばらく無理だ。肝心の双子がいないのだから。
地上に降りようとして、ふと視線を向けた先――魔物の隊列の中央に異様なものを見た。
馬を駆り、鎧で身体を覆った大男。他を圧倒する巨躯はもちろんのこと、手にした武器が奇怪である。右と左に一本ずつ、末広がりの剣を手にしていた。彼の身長よりもずっと大きい鈍色の剣。斬るためではなく圧し潰すための剣であることは、刀身の太さから容易に察せられた。
彼の後ろには武装した血族が連なっているが、いずれも馬には乗っていない。
猛者は一目で分かる。武装した血族は強者に違いないが、馬を駆る男はその比ではない。畏怖さえ催させる脅威。ガジャラさえ霞むほどの。
あれは、まずい。
騎馬の男が不意に動き出すと同時に、彼の背後にいた血族たちも前線へと駆けた。魔物の隊列も同時に歩みを再開する。
ガジャラが無力化されたと知り、物量戦に舵を切ったのか。
否である。
騎馬の男がガジャラの真下へと進行し、巨象の肉体が大きく揺れた。変化はそれだけではない。突き刺さっていた杭が、宙へと吹き飛んだのである。
地面に刺さったそれを騎馬の男が叩き折り、下から突き上げるようにして抜いたのだとゼールは直感した。平時ならば、ありえない空想と一蹴する類の事柄である。幾人もの魔術師が魔力を結集させて為した杭を単独でどうにかするなど、理解の範疇を越えている。しかしあの騎馬の男は、それを実現させるだけの力を備えているとゼールは悟ったのだ。
その後に起きたこともまた、尋常の理解を越えながらも、この男ならば不思議ではないと納得させる出来事である。
象の背中に、騎馬の男が飛び乗った。隆々たる肉体を前にしてゼールは双剣の魔具を構えたのだが、相手は一瞥もしない。一瞬のうちに彼の姿が消え、振り返ったときには破砕音とともに防御魔術が叩き割られていた。
行進を再開するガジャラの背の上で、ゼールは男へと猛進し――。
視界から彼の姿が消える。敵が馬で頭上を越えたのだと理解し、振り返った瞬間には大剣の横薙ぎが迫っていた。咄嗟に双剣を胸の前で交差させ、身を守る。
かつて経験したことのない衝撃とともに鎧が砕け、ゼールの視界は戦場から遠ざかった。
騎馬の男も、ガジャラも、みるみる遠くなっていく。やがて背が王都外壁に叩きつけられ、激しく吐血した。
朦朧とする意識のなか、魔物が行軍を再開した理由を把握する。騎馬の男であれば、ガジャラを封じる策など悠々と打ち破れるからこそ、歩みを進めたのだ。
理解に苦しむ異常時を納得し、地面に落下したゼールは意識を失った。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて
・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて




