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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Alice.「狂乱の殺人鬼」

※アリス視点の三人称です。

「なんだい、あいつは」


 アリスは両の魔銃を抜き放ち、ハイメに問いかけた。


「テッド……殺人鬼だ。夜会卿の部隊に配属されている」


 やや緊張を()びた声を耳にして、血に汚れた少年を見据(みす)える。見る限り外傷はない。ただ、黒い血が口からシャツに至るまで散っているあたり、それなりの相手に叩きのめされたのだろう。


 自分の魔力を意識し、さてどこまで戦えるか、と思案する。ハイメとの戦闘と長時間の夜影潜行(シャドウ・ダイブ)で消耗していた。しかしなにも出来ないほどではない。


「テッド。なにがあった」


 ハイメに対する少年の返事はない。彼は痛みに顔を歪めながら、よろよろと立ち上がった。


「痛い。憎い。痛い、憎い! 殺してやる……あの混血を排除してやる! 不純、不純物は、ボクが始末しなきゃ」


 目の焦点が(さだ)まっていない。呂律(ろれつ)も回っていなかった。ごぼごぼと咳込み、黒の血を地面に吐く。それから彼は、アリスとハイメを睨んだ。


「おかしいなぁ。なんでキミらは戦わないの。なんで敵を殺さないの」


「我々は此度(こたび)の戦争から降りる。ゆえにアリスたちを手にかける理由がない」


「そう。じゃあ――」


 不純物だ。


 言葉の直後、テッドのそばにいた夜明けの翼団のひとりが首を飛ばされた。少年の腕は剣に変化している。(ほとばし)った殺意が周囲の景色を歪ませるように感じた。


「貴様……! 夜明けの翼団に告ぐ! テッドを排除せよ!」


 団員が少年の周囲を覆う。アリスも援護のために銃口を向けたのだが、ハイメが射線を(ふさ)いだ。彼女は両の剣を抜き放ち、前傾(ぜんけい)姿勢を取る。


「アリス。貴女は手出ししなくていい。これは我々の問題だ」


 言うや(いな)や、彼女は包囲されたテッドへと駆けていく。マリウスとレフも、彼女と同じタイミングで突撃した。人垣(ひとがき)の中心で絶えず血液が宙を舞う。テッドとやらがハイメの部下を次々と殺傷しているのだろう。


 手出し無用と言われようとも、アリスはテッドを野放しにするつもりなんてなかった。ハイメたちが撤退を誓った以上、敵ではない。なにより、彼女は友誼(ゆうぎ)を結ぶと言ったのだ。友達が殺されるのを黙って見てるなんて、友情とは程遠い。


「私がやる! 皆は一旦退け!」


 ハイメの一喝(いっかつ)で団員たちが一斉に後退した。彼らの間を突っ切って三人の影が踊り()る。ハイメとレフ、そしてマリウス。


 アリスもそこに加わろうとしたが、団員が伸ばした手に(はば)まれた。


 ハイメの忠実な部下たちは、彼女の指令をとことん守るつもりらしい。テッドの排除は自分たちの役目であり、アリスに出番はないのだと無言のうちに主張している。


 彼らの立場というか、矜持(きょうじ)は分かる。だからどうした。自分にだって誇りと意志がある。


 アリスは団員たちに囲まれ、肩と腕を押さえつけられた。この状態で魔術を行使したなら――たとえば影の怪腕(シャドウ・フィスト)を使ってテッドのところまでジャンプすれば――そばの団員まで巻き添えになる。


 ならば出来るのは、影の魔術を遠隔で行使するくらいのもの。腕の自由が()かない状況で魔銃を使うという選択肢はない。


 早くもテッドと剣戟(けんげき)を繰り広げるハイメに、レフとマリウスは剣を構えて様子を(うかが)っていた。無理はない。この部隊のなかでもっとも強いのはハイメで、彼女が本気で斬撃の嵐を繰り出しているのだから割って入るのは無茶な話だ。テッドを討つどころかハイメの邪魔になりかねない。アリスとしても同じ状態だ。絶えず互いの位置を入れ替えて、素早く刃を(まじ)えるテッドを影の魔術で捉えるのは困難極まる。


 そうした苦々しい状況にも増して、テッドの異様な姿が神経を刺激してやまない。


 彼は全身に剣やら槍やらを()やした(いびつ)な身体に変形していた。武器の数はみるみる増えていき、武器化した腕からさらに別種の武器が飛び出し、ひとのかたちを失いつつある。


「不純物、不純物、不純物!!」


 武器化した全身を素早く動かして応戦するテッドの声は、いつからか(にご)った金属音になっていた。


 あれは魔術ではない。身体変化は魔術でも実現出来るが、魔術としてあるべき確固たる魔力が感じられなかった。血族特有の異能だろう。


 ハイメが剣を(はさみ)に変化させて斬り裂こうとするのが見えた。一瞬の早業(はやわざ)だ。しかし、彼女の動きは止まった。鋏が閉じてくれないのである。テッドの首を両断すべく迫った鋏が、少年の首に(しょう)じた盾の(うろこ)に阻まれている。


 焦りが(つの)ってやまない。


「ハイメ! (さび)の力を使え!」


 思わず叫んだが、返る言葉はなかった。それにアリスも、無意識とはいえ馬鹿げた指摘だったと忌々(いまいま)しい思いに駆られる。


 鼻腔(びくう)に入り込む臭いを忘れていたわけではない。おそらくハイメはテッドと刃を交わした最初の段階で、錆の能力を使っていた。テッドの身体の重要な箇所――関節を徐々に錆びさせていたに違いないし、今もそれは続いているはず。事実、武器の間から覗くテッドの肌が錆色に変色しているのが見える。武器の一部も錆に侵食されている。それでも殺人鬼の動きが一向に止まらないのは、新たに出現する武器が彼の関節となり、手足の代用品となり、身体を支えているからだろう。


 積み重なった鉄の塊が、テッドを少年ではなく異形の怪物にしている。


 身体の幅は縦にも横にも、刻一刻と増えていた。動きの速さこそ失いつつあるが、ハイメの刃が通る気配はない。テッドの本体を攻撃する以外に活路はなさそうだが、すでに肌は武器に覆われてしまっていた。顔のあった場所に存在するのは幾本(いくほん)もの剣であり、盾であり、(つち)であり、槍だ。


 レフとマリウスも加勢していたが、まったく刃が立たない。ハイメの鋏で斬れない硬度なら、二人の剣でどうにか出来るものではないだろう。


「あ、あ、あ、れ? れ? おか、しいよ。戻ら、ない」


 不意にテッドが動きを止め、ひどく歪な声を発した。


 戻らない。その意味は考えずとも誰もが理解したはずだ。異能で()んだ武器をもとに戻そうとしているが、上手くいかないのだろう。それどころか、武器はどんどん()えていく。


 自信過剰な魔術師は長生き出来ない、と昔聞いた覚えがある。過信ゆえに実力以上の魔術を扱った結果、制御出来ずに己の魔術に命を奪われるのだ。魔力暴走と名指(なざ)される現象。


 テッドの身に起きているのは異能の暴走に違いない。もはや彼の意志とは無関係に力が漏出(ろうしゅつ)しているわけだ。この場合の末路がどのようなものか、アリスはもちろん、この場の誰にも見通せなかった。膨張(ぼうちょう)する武器の塊によって、団員は後退を余儀(よぎ)なくされている。ハイメたち三人だけがテッドの周囲で蛮勇(ばんゆう)(ふる)っていた。


 悪いことには、テッドも戦意を失っていないようである。肥大化した腕を振り、ひたすらハイメを狙っていた。


「テッド! 死にたくなけりゃ大人しくしてろ! もう戦うな!」


 アリスの叫びが金属音で塗り潰される。それでも相手の耳には届いたらしい。


「嫌、だ。嫌だ嫌だ嫌だ! ボクは、不純物を、潰すんだ! 殺して、殺して、殺して――あれ? 殺して、どうなるん、だっけ? なんで、殺すん、だっけ? 分かん、ない。なんにも、分かん、ない」


 思考まで混濁(こんだく)している。ハイメを執拗(しつよう)に狙っているのは、彼の意志の名残りだろう。おそらく。


「全員、私から百メートル離れろ!」


 テッドの攻撃を何度か身に受け、服に血を(にじ)ませたハイメが叫ぶ。その間も、テッドが滅茶苦茶に振るう腕を避けてはいた。ただ、じき回避も難しくなるのは目に見えている。


 団員が一斉に距離を取る。アリスも何人かに抱えられるようにして、後退させられた。前線から退いたのはレフとマリウスも同じである。なにをするのか、彼らには分かっているのだろう。


 テッドの腕を転がるようにして回避し、ハイメが敵の(ふところ)に入ると、閉じた鋏を突き出した。


 金属音ののち、緑青流鋏(アドラスティア)の魔力が煌々(こうこう)と夜を照らす。


腐食領域(スポイル・エリア)


 強烈な錆の臭いが鼻を突いた。眼球に痛みを感じ、(まぶた)を閉じる。


 目を開けると、ハイメを中心とした半径百メートル一帯が錆に覆われていた。土も草も、誰かが落とした剣も。


 ハイメは突き出した鋏を引き、溜め息をついたようだった。彼女の眼前にいたテッドは、変形した全身すべてが錆びている。動く気配はない。


「ひとまず、これで終わり――」


 テッドの身体から不意に突き出した槍が、まっすぐにハイメを狙った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『テッド』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。無邪気で子供っぽい性格。戦争までの間、殺人鬼としてアスターの牢獄に繋がれていた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜影潜行(シャドウ・ダイブ)』→影に潜る魔術。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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