Side Jaime.「理想の男」
※ハイメ視点の一人称です。
私は今でもレフの人生に対する責任を負っている。彼を徹底的に改造したのが父だとしても、もとをたどれば私の軽率さが招いたんだから。自分の秘密を分かち合って、本当の親友になりたいだなんて思わなければ……。
全部私の弱さのせいなんだ。秘密を抱え続ける寂しさに耐えられなかったのさ。だから秘密を受け入れてくれたレフは、その瞬間から特別な親友になったんだ。……今でも特別だよ。もちろん。でも親友ではなくて、罪の結晶だ。
父はひとしきりレフの紹介をすると、私とレフを二人きりにした。
私は泣きながら土下座したよ。何度も何度も。彼の人生を台無しにしてしまったんだから、どんな報いも受けるとまで言ったさ。何時間もそうやって一方的に謝り続けたのは、レフの姿を正視出来なかったのも理由のひとつかもしれない。
レフは跪いて、じっとしていた。ようやく彼と目を合わせると、レフは首を横に振って、目だけで笑って見せたんだ。はっきりとね。
……正直に言うと、意味が分からなかった。なんで笑えるのか。それも、嘲笑めいた雰囲気は少しもないんだ。むしろ、再会出来て嬉しいと言わんばかりの表情だったよ。
それからレフは私の部屋で寝起きした。そうするよう父がレフに命じたんだよ。私としても、なんの抵抗もなかった。彼が私を憎んでいるなら、復讐のチャンスをあげたかった。
でもね、今日までずっと、彼は私に指一本触れてない。
レフの意志を確かめなかったのかって? 何度も訊いたよ。彼はね、字がとても綺麗なんだ。昔も今も。でもね、私とは筆談してくれない。父に禁じられていたのかもしれないけど、本当のところは不明だ。父に訊けばはっきりしたのに、曖昧なままにしておきたかった。彼自身の意志でコミュニケーションを拒んでいると知るのが、少しだけ怖かったのかもね。
もっとも、レフと再会して十年も経つ頃には、文字や音を介さなくても彼の考えていることが分かるようになった。視線の動きやちょっとした仕草で充分に理解出来るくらい、多くの時間を過ごしたのさ。レフは忠実な使用人としての態度を一度だって崩さなかったけど、私は彼を親友だと思ってるし、それを直接伝えもした。レフは困り顔をしてたけど。
……レフとの再会の日に戻っていいかな。すまない、話が長くなってしまって。上手に語れないんだ。なにしろ身の上話をする機会なんてなかったから。
レフと悲劇の再会をした十歳の私は、それまで以上に努力した。学問としての魔術への理解を高め、身体能力を磨いていったんだ。前者は父の魔術をどうにかするためだよ。父はレフを紹介した際に、あっさり全部明かしてくれたからね。私のプライベートを魔術で全部覗き見してるって。なんとか対処しようと躍起になる私を、父は微笑ましく監視したはずだ。そうなるのが分かって打ち明けた節があるから。まあ、私は魔術の才能がなかったから、魔術で対抗するのはついぞ不可能だったんだけどね。
身体能力を磨いたのは白鳥近衛隊に入るためだよ。父の望み通りにね。レフの一件があって、私は父を恐れたのさ。このひとは自分の願いを叶えるためなら、どんな非道も笑顔でやってのけるって。父は家でも外でも、笑みを絶やさないひとなのさ。レフの両親を殺したときも、きっと、例の無害な微笑みを浮かべていたと思うよ。貴女に話した白鳥の寓話と照らし合わせると、なんてグロテスクなんだろうね。過分な願いは身を滅ぼす。その戒めとして組織された白鳥近衛隊の長が、願望を成就させるために笑顔でひとの道を踏み外してるんだから。
私は必死だった。もし白鳥近衛隊を率いる実力を得られなければ、レフのような犠牲者を生んでしまうと思ったんだ。学友との交流を断ったのも、父の標的にされないようにするためさ。孤独だけれど寂しくはない。家に帰ればレフがいる。それはそれで辛いときもあったんだけれど、彼がいなければ駄目になっていたと思う。そう、私は自分勝手な奴なんだ。あんなひどい目に遭ったレフに依存したんだから。
私は十八歳で白鳥近衛隊に入った。二年後には隊長になる身分が約束されたかたちでね。
そうそう、レフも一緒に入隊したんだよ。ああなったレフが外に出られるようになったのは、そのときが最初さ。誰ひとりレフのことを記憶していないみたいだった。無理もない。五歳か六歳で消えた子供だもの。成長して顔立ちが変わったのも影響してるだろうね。
私とレフは歴戦の隊員から手解きを受けて、着実に技術を磨いた。驚いたのはレフの強さだよ。いつの間にあんなに強くなったんだろう。きっと私が学校に行っている間、家で鍛錬したんだね。
あ……うん、言われてみれば、そうかも。
私のいない間に父が鍛えたのか。そう、だね。だって、レフの入隊は父が決めたことだから。
そうだ……貴女の言う通りだ。私の性別がバレないように、レフをそばに置いて、万が一に備えたと考えれば論理的だね。彼はすべてを知っていて、それでいて忠実だから……。
すまない、少し気分が悪くなってきた。ちょっと話を変えよう。
マリウスのことを話そうか。貴女が一撃で倒した金髪の彼だよ。貴女にとっては大したことのない相手だったかもしれないけど、優秀なんだ。なにより度胸がある。
ファレノ・ウッズの事件を持ち出せば、貴女にも彼の性質が分かってもらえるだろう。ファレノ・ウッズというのはね、街道沿いの林のことさ。林は途中まで父の領地で、途中からは別の貴族の土地なんだが、そのあたりが曖昧でね。地図上ではっきり区分されているのだけれど、特別な資源があるわけでもない単なる林だから、誰も境界線を意識していないんだ。
ある夜、私たち白鳥近衛隊はファレノ・ウッズで賊狩りをした。ファレノへの交易馬車が襲われたんだ。白鳥近衛隊は治安維持組織でもあるからね、下手人を野放しにしない。賊の足取りはすぐに掴めて、林のなかで包囲したんだ。賊は全部で五人。身柄を拘束して監獄病院送りは確実。捕まえるだけで良かったんだけれど、入隊したばかりの新参隊員が賊のひとりを殺してしまったんだ。実を言うと、賊の狙いは傷を負うことだったんだよ。新参者を目ざとく見つけて煽り立てたんだ。
そんなことをしても賊になんの見返りもないと思うだろう? ところが、連中はこう主張したんだ。自分たちはファレノの者じゃないし、馬車を襲ったのも境界線の外側。そして今いる場所もお前たちの領地じゃないんだと。
余所の貴族の土地で犯した罪は、当該領地の規律に則って処断される。賊は最初からこちらを罠にかけるつもりでいたんだ。のちのち判明したんだが、賊の言葉はことごとく事実でね、馬車が襲われたのも、賊の仲間が殺されたのも境界線の外側。つまりファレノの権威は届かない。
奴らは金を要求した。でも、仲間が殺されるとまでは思っていなかったんだな、金だけでなく、代償として同じだけの傷を求めたんだ。白鳥近衛隊の長になったばかりの私に対して。おおかた、腹癒せに私の見た目を台無しにしてやろうと思ったんだろう。
私は要求を呑んだが、レフが庇った。言葉なく。そこで古株のマリウスが代表として名乗りを上げたんだ。この部隊で一番強い自分が責を負う、と。賊は悶着の末、マリウスの顔を滅多切りにした。
彼はひとつの呻きもなく、仁王立ちだったよ。血まみれの顔で、これで満足か、と問うと、さすがに怖気づいたんだろう、連中は捨て台詞もなしに逃げ出した。肝心の金も受け取らずにね。それだけマリウスに威があったんだ。彼は本物の戦士だよ。白鳥近衛隊の精神を誰より体現している。
申し訳なかったよ。そして情けなくもあった。マリウスに謝罪したのだが、彼は滅相もないと言うだけ。後日、私宛に差出人不明の手紙が届いたんだが、きっとマリウスの筆だ。そこに書かれていたのは、白鳥近衛隊のかつての長が、身代わりになった部下を激励し栄誉を与えた小話だった。ファレノ・ウッズ事件を指しているわけだ。隊長はかくあるべし、と糾弾したのさ。彼なりの方法で。その日のうちに隊員を集めてマリウスに勲章を与えたんだが、彼は固辞して、隊員として当然のことをしたまでですと声を張り上げた。私はまたも過ちを犯したんだ。彼は昇進だとか勲章だとか、そんなものを求めていたわけじゃない。一人前の隊長としての正しい振る舞いを諭したかっただけなんだ。器用なのやら不器用なのやら……。
そうそう、私が隊長の座を正式に得た頃に、父から緑青流鋏を拝受した。魔術師の父には扱えない武器だから、というのも理由のひとつだろうけど、もっと別の目的があってのことだ。
私は授かった貴品で、ようやく父の監視――感覚窃取を断った。それを知った父は平然と笑っていたよ。一人前の男になったな、と言っていたっけ。
すでに私は父の監視なんて必要ないくらい、理想を反映した男になっていたんだろうね。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて




