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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Alice.「緑青流鋏」

※アリス視点の三人称です。

 敏感に魔力を察知し、これまで展開した細工すべてに遺漏(いろう)なく対処したハイメに対し、アリスは相反(あいはん)する感情――高揚(こうよう)忌々(いまいま)しさを覚えた。


 相手が厄介であればあるほど血が騒ぐ。心が(たか)ぶる。どう攻略してやろうかと、腹中(ふくちゅう)のケダモノが舌なめずりする。


 他方、自分の置かれている立場も無視出来ない。敵はハイメだけではないのだ。彼を討ったあとには、白鳥近衛隊の後ろに控える中央部隊とぶつかるはず。双方睨み合いとはいかないだろう。どうしたって余力を残しておかなければならない。体力も魔力も有限で、無駄遣いは自分の首を絞めるだけ。自分だけならそれでも一向にかまわなかったが、少なくない部隊を率いる者として、どうにも制約を感じてしまう。


 すべて出し尽くすわけにはいかないが、余裕を残して勝てるほどハイメは甘くない。


 必要なだけの力を駆使したスマートな戦闘。


 なんて自分に不向きなものだろう、とアリスは自嘲(じちょう)した。


 眼前に刃が(ひらめ)き、すんでのところで回避する。同時に、ジレンマに引きずりこまれつつあった思考も断たれた。


「集中しろ。貴女は部隊長なのだろう?」


 追尾弾に対応しつつ、距離を詰めて斬りかかる程度には余裕なのだろう、ハイメは。


 そうだ、と思う。こいつの言う通り。今は余計なことを考えるべきじゃない。ここで負けたらどのみち終わりだ。なら、(しょう)に合わない意識なんて捨てろ。


 無意識に口の端が持ち上がる。目が(よろこ)びのカーブを描く。


「叱ってくれてありがとうよ、ハイメ王子様」


 もう出し()しみはナシだ。全力でいく。それで消耗し尽くすのなら、自分はその程度の魔術師だったというだけの話。この目を通して一切を傍観(ぼうかん)しているヘルメスに盛大な溜め息をつかせてやろう。


 意識は明確に切り替わったが、アリスの行動は傍目(はため)にはなんら変化がないように映ったろう。ハイメの接近を忌避(きひ)して後退しつつ、追尾弾を連射する。魔力の読めない者には一本調子の戦闘とさえ感じられたに違いない。


 事実は異なる。


 アリスは魔弾を射出しながら、魔力を拡散していた。ハイメを取り巻くように。あるいは地面に浸透させるように。加えて、(かたまり)や糸状の魔力を放出した。


 ハイメが対処したのは塊や糸といった、明確なものだけだ。追尾弾を防ぐなかで、それらを切断し、霧散させたのである。彼は魔術に(いた)っていない魔力を断ち切る能力を持つ。ロットへの助力を防がれたのが証拠だ。ゆえに、塊などの分かりやすい魔力は未然に封殺されるのが当然。ただし、彼を包む霧状の魔力や、広範囲の地面に浸透した魔力まではどうにも出来ない。ハイメはこちらへと接近しつつ、それら魔力のエリアから逃れるよう足を運んでいる様子だった。つまり、すべて感知出来ていることを示している。それでも放出され続け、周囲一帯に充満した魔力にはどうにも手出し出来ないようだ。


局所魔壁(ディック・ヴァント)


 追尾弾の発射と同時に、ハイメの周囲でいくつもの小粒な防御魔術を乱雑に展開した。数十もの小さな壁。追尾弾を防ぐためにハイメが振るう剣の動きを阻害(そがい)するには充分な数である。


「くっ」


 ハイメが(うめ)きを漏らしたのは、剣の先端が防御魔術に触れて(はじ)かれた瞬間である。刹那(せつな)のうちに顕現(けんげん)した障害物を瞬時に避けるのは不可能だ。


 ただし、その後の対応は完璧だったといえよう。ハイメは身を(ひるがえ)して回避動作を取ることにより僅かな時間を稼ぎ――それで防御魔術の位置を把握したのだろう――防御を縫って追尾弾をことごとく防いだのだ。結果として一発も被弾していない。


小癪(こしゃく)な真似だな。この程度の邪魔など、私には効かん」


「そうみたいだねぇ」


 と返しつつ、アリスは小さく笑いを漏らした。ちゃんと通用してるじゃないか。少なくとも、ハイメの斬撃は防御魔術を破壊するだけの威力がない。


 障害物の混入したエリアから逃れるように、ハイメがこちらへと前進する。と同時に、彼はやや目を見開いた。


 意外に思うのも無理はない。このときアリスは後退ではなく前進したのだから。


 ハイメの身体の中心めがけて、破裂する魔弾を一発撃ち込んだ。相手はというと、右の剣を魔弾の軌道上に横たえ、左の剣でこちらへと斬りかかりつつある。コンマ数秒の差で、魔弾の衝突が先だ。それだけの時間があれば魔術の展開は出来る。周囲に充満した魔力は、魔術行使の準備としては不足ない。


 ハイメの剣が肩先に触れるか触れないかといったところで、魔弾が破裂した。衝撃はあるだろうが、斬撃がブレなかったのは見事だ。ただし――。


「なっ!」


 ハイメの剣はこちらの身を裂く寸前で制止した。壁状の防御魔術によって。防御はハイメの剣をがっしりと掴むよう、計算されている。


 本来なら破裂の魔弾を防ぎ、こちらを斬り、そのうえで間断(かんだん)なく追尾弾を跳ね返す予定だったろう。ご破産だ。左の剣は防御に呑まれて動かない。右の剣は魔弾の衝撃で鈍っている。


 無数の追尾弾がハイメの身体を蹂躙(じゅうりん)して終わり。


 そう思ったのだが、現実はまったく別の展開を見せた。ハイメを射抜くはずの追尾弾は彼に直撃したのだが、傷ひとつ与えなかったのである。彼へと向かうにつれて急激に速度を落とし、その身を力なく叩いて落下したのだ。


「は?」


 思わず口からこぼれ出た無意識の疑問。それに答える者はいない。ただ、追尾弾の唐突(とうとつ)な無力化と同時に(しょう)じた異変を、アリスは確かに感じ取っていた。


 血の(にお)い。それが一気に濃くなり、すぐに減退したのである。


 呆気(あっけ)に取られているうちに、ハイメに動きがあった。彼は固定された左の剣に右の剣の根本あたりを交差させたのだ。


 二本の剣が魔具――血族曰く貴品(ギフト)であり、なんらかの魔術行使が可能であることは気付いていた。それを常に頭の片隅に置いていたつもりだったのだが、戦闘は一瞬で推移(すいい)するものである。未知のなにかに対して適切な行動を即座に出来るとは限らない。


 交差し、重なり合った剣は、アリスにも見覚えのある物体を想起させた。


 (はさみ)。それも、巨大な。


 ハイメの両腕に力が入り、破砕音とともに防御魔術が砕かれるまで、あっという()だった。それまでにアリスが出来たのは、半歩分だけの後退。結果、肩から腰にかけて切り傷を()う羽目になった。深くはなかったのが不幸中の幸いである。


 呼吸が乱れ、後退するアリスに対し、ハイメは一体化した二本の剣――鋏を雄々(おお)しく地面に突き立てた。


「油断したな、アリス。しかし称賛に(あたい)する。この私の本領を引き出したのだからな。ファレノの領主に代々伝わる秘宝『緑青流鋏(アドラスティア)』の本来の姿を見せるのは久しい」


 演説調のハイメに対し、アリスは苦々しい想いを(いだ)きつつ、口元が弛緩(しかん)するのを感じた。ようやく王子様野郎が本気になってくれたんだ。(たの)しいのはここから。あの程度の小細工で終わってくれなくて、むしろ良かったとさえ感じる。


 そんな本能の闘争心に満たされつつも、頭は冷静だ。


 速度に特化した二本の剣。威力に特化した鋏の形態。それだけならいいが、追尾弾が無力化されたのがもっとも厄介な事実だ。まず間違いなく、緑青流鋏(アドラスティア)とやらの能力に違いない。だが実態が謎に包まれたままだ。


 想像なら出来る。魔術の威力を殺す能力。接近する物体の速度を落とす能力。すぐに思いつくのはそんなところか。だが、どうも的外れな気がしてならない。


 あの血生臭(ちなまぐさ)さが思考に入り込んで、妥当な結論に(いな)を突きつけている。


 アリスは魔銃を握ったまま、負ったばかりの傷を押さえた。そして、血に濡れた手を見つめる。


 それとなく血を嗅ぎ、違う、と分かった。


 あの(にお)いは血ではない、と。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『局所魔壁(ディック・ヴァント)』→半透明な壁を創り出す防御魔術。詳しくは『140.「眠りの広間」』


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて

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