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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Alice.「矜持の囁き」

※アリス視点の三人称です。

 剣を構える麗人(れいじん)ハイメを前にして、アリスの選択肢はふたつあった。


 縫合男レフと果敢(かかん)に戦っているロットを援護するか、ハイメに注力(ちゅうりょく)するか。本来ならば前者を選びたいものだが、数メートル先の王子様野郎はそれを許さないだろう。魔術に(うと)い相手ならばともかく、ハイメはつい先程、こちらが精一杯隠蔽(いんぺい)した魔力の流れを断ち切って見せたのである。半端な助力は届かないと思ったほうがいい。


「いざ、尋常(じんじょう)に勝負!」


 ハイメが一歩踏み込んで、数秒の()を開けた。それから一瞬で距離を詰められたのは、フェイントではないだろう。相手の準備を促すためにあえて時間を与えたに違いない。


 袈裟(けさ)斬りを(かわ)し、魔弾を放つ。銃口は確かにハイメの額を捉えており、易々(やすやす)と回避出来る距離ではなかったが、彼は小首を(かし)げるように鮮やかに避け、横薙ぎを()り出した。


 円を描くように後退しつつ、魔銃で応戦する。しかしハイメはこちらを常に刃の射程圏内(けんない)に収めるよう追跡した。影の魔術で足払いでもしようかと思ったが、そんな余裕はない。


 余力の大部分に、使いどころを決めてあるのだ。


 一瞬の隙を突いてレフの命を、あるいは意識を奪う。ハイメを始末するのはそのあとでいい。


 そう。つまりアリスは選択したのだ。目の前の敵ではなく、勇敢で無謀(むぼう)な少年を救済する道を。


「戦場の音を聴け」


 防戦に回っているアリスの耳に、ハイメの呟きが届いた。それは彼女にしか届かない――つまりほかの白鳥近衛隊には聴こえない程度の囁きである。低く(つくろ)った声ではなく、(うる)みを()び、凛とした声だった。これが彼の()の声なのだろう。血なまぐさい剣とは対照的だ。


「は?」


「音を聴け。レフと少年はまだ戦っている」


「そりゃそうだ。そんなこと分かってる」


 斬撃と銃撃を緩めることなく、言葉が二人の間に流れた。


「レフは弱くない。マリウスも弱者ではないが……彼はああ見えて自信過剰なところがある。だから貴女に足元を(すく)われた。レフにはそんな油断など一切ない。この意味が分かるか?」


「うちのガキンチョが案外強いってことだろう?」


「違う。レフが本気を出していたら、とっくに少年の命はない」


 ひどく暗鬱な気付きだが、確かにハイメの言う通りに思える。剣戟(けんげき)の音。それを耳にしているだけで、ロットがいかに必死であり、レフがいかに手を抜いているか、(いや)(おう)にも分かってしまった。


「それで? ロットの命を奪わない代わりに撤退しろって言うんじゃないだろうね」


 敵からすれば妥当な要求だ。呑まなければ拷問だって可能だろう。


 退路はない。分かってる。中央の左側面を押さえられなければ、ヨハンの思惑(おもわく)も上手くいかないだろう。中央にいる夜会卿とやらを釘付けにしておくためにも、なにがなんでも踏ん張る必要があるのだ。


 だとしても、ロットの悲鳴に耐えられるだろうか。少年の勇気が消し飛んで、嗚咽(おえつ)を漏らしても自分は揺らがないといえるだろうか。


 自然と奥歯を噛み締めてしまった。


「そんな顔をしないでくれ。私は、私たちは、少年を殺さない。傷ひとつ付けないと約束しよう」


「それで、見返りは?」


 ハイメの剣が目のそばを()ぎる。


「なにもない。我々は子供を決して殺さないと心に誓って戦地に(おもむ)いた。これは我々の矜持(きょうじ)だ。白鳥近衛隊の誇りだ」


「……仮にそれが本当だとして、なんでアタシに伝える必要があるんだい」


 刃の速度が上がり、アリスは後ろへ大きく跳躍した。


 ハイメは追撃することなく、斬撃を放った場所に(とど)まり、切っ先を向ける。そして、演技じみた低い声を朗々(ろうろう)と発した。


「本気で戦え、アリス。貴女は今、白鳥近衛隊の頂点と刃を()わしているのだ。あらゆる意識を私に向けるがいい。それでこそ決闘が成り立つ」


 嗚呼(ああ)、と吐息をこぼした。


 ハイメは戦闘に飢えているわけではないだろう。単に、ちゃんと戦いたいだけなのだ。よそに意識を向けている軟弱な手合いではなく、首ひとつになっても敵の喉元を喰い破ろうとする狂犬を相手にしてこそ、こいつの体面(たいめん)(たも)たれるのだろう。


 確かに手を抜いているといえばその通りだ。マリウスが一撃で倒されたのは皆が目撃している。大将であるハイメが、本気の敵を討ち取るのでなければ白鳥近衛隊の面々の溜飲(りゅういん)は下がらないといったところか。


 ロットが殺される懸念(けねん)(ぬぐ)い去れないものの、ハイメの言葉に嘘はないとも思った。考えてみれば最初からそうだ。ロットがアルドラッドはじめ魔物の攻撃を一度も受けなかったのも、白鳥近衛隊の前線を突破出来たのも、敵の側で傷付けまいとする意志があってはじめて成り立つ。子供を傷付けるなという指令は、白鳥近衛隊全員に共有されているのだろう。いざというときに、勇敢な少年兵を脅しの材料にするための計略ならば、魔物にまでその指示を徹底させるのは不自然だ。世の中には猛者と呼べるガキだっているのだから。


 つまり、ハイメは本当に矜持だけでロットの不殺を(かか)げていることになる。囁き声で情報を与えたのも、ほかの白鳥近衛隊に聞かれたくないわけではなく、今も懸命に戦っているロットの耳に入れないための配慮だとしたら頷けた。はなから周知されているのなら、わざわざ囁く意味なんてそれくらいしかない。


「オーケー、分かったよハイメ。アタシは今から全力で戦う。でも、後悔しないことだね」


「私は……人生のあらゆる局面において、ひとつの後悔もない。今までも、これからもだ」


 それならいい。こっちは全力で潰すだけ。そしてこの部隊を前に進める。全兵士を進軍させる。人間の勝利のために。


 そしてなにより、自分の本能のために。


 (なぎ)のような静寂ののち、双方が同時に動いた。アリスは後退して両の魔銃から弾丸を放ち、ハイメは前進しつつ迫る攻撃を(はじ)く。ただ、今度の魔弾は単なる弾丸ではない。


 剣によって明後日の方角へ飛び去った弾丸が、弧を描いてハイメを襲う。


 追尾弾。


 アリスとハイメの距離は縮まらず、しかし弾丸は次々と発射される。直撃こそしないものの、ハイメの周囲を常に弾丸が飛び()っている状況だった。彼は今のところすべての弾丸を防いでいるものの、数は天井知らずに増えていく。


 いつか限界が訪れる。しかしどうにも遠い印象だった。ハイメはもう一本の剣も抜き放ち、今や両の剣ですべての弾丸に対処している。半円状の異様な護拳(ごけん)を、鉤形(かぎがた)にした指に引っかけて、剣をぐるぐると回転させていた。それでいくつもの弾丸を(しの)いでいる。


「随分器用じゃないか、ハイメ」


「貴女の本気はこの程度か? アリス」


 (あお)られて黙ってるのは(しょう)に合わない。それに、まだちっとも本気を出しちゃいなかった。追尾弾なんて手持ちのカードの一枚だ。


「それじゃ、ギアを上げようか」


 新たな魔弾を放つ。それも、二発。


 一方は触れた瞬間破裂する魔弾。アルドラッドの撃破に使ったものだ。


 もうひとつは閃光弾。これも触れた瞬間に発動する代物。


 両者ともにハイメの剣に触れ、爆音と光が炸裂した。


 破裂する魔弾は彼の剣を吹き飛ばしたなら重畳(ちょうじょう)。そうでなくとも腕への衝撃は大きい。光で目隠しされた状態で追尾弾すべてに対応するのは困難。


 加えて、仕掛けはそれだけではない。


 ハイメの背後に忍ばせた魔力。そこからマリウスを気絶させた影の魔術――影の怪腕(シャドウ・フィスト)を展開したのである。追尾弾の対処で手一杯なら、勝負を決する一撃になるだろう。


 アリスは光に潰された視界のなかでも、ハイメの姿を失わなかった。彼の肉体の魔力と、血族特有の気配で、位置も姿勢も分かる。だからこそ転がるように後方へ移動した。


 光のなか、ハイメは追尾弾に対応しつつ、影の怪腕(シャドウ・フィスト)の出現位置に素早く片足を添え、現れた魔術を足場にこちらへと跳躍したのである。そして、最前(さいぜん)までアリスのいた場所を片方の剣で薙ぎ払ったのだ。回避していなければ狩られていただろう。


「見事な技芸(ぎげい)だが、私には通用しない。白鳥近衛隊を(あなど)るな」


 追尾弾を悠々と弾きつつ言い放ったハイメは、確かに大将に相応(ふさわ)しい強さだと感じた。


 少なくとも、マリウスより遥かに格上だ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『アルドラッド』→巨大な花そのものの魔物。地表に露出にした根を波立たせるようにして歩行する。サイズはまちまちで、大きなものでも三メートル程度。花弁には細かい牙が生えており、それを使って捕食する。また、種を弾丸のように飛ばすこともある。詳しくは『612.「夜に咲く花」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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