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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Alice.「縫合と金髪」

※アリス視点の三人称です。

 明確に(あお)られたというのに、ハイメの側近二名――縫合男レフと金髪男マリウスはなんの反応も示さなかった。


 雑魚と言われて表情筋ひとつ動かさないなんて、よく(しつ)けられた犬だとアリスは内心で毒づく。煽ったこちらのほうが苛立(いらだ)ってくるくらいだ。こうも相手にされないとなると。


「マリウス。貴方に決闘の機会を与える」


 金髪男は粛然(しゅくぜん)とハイメに(ひざまず)き、瞑目(めいもく)した。「光栄に存じます。白鳥近衛隊に恥じぬ勇姿をお見せすると誓いましょう」


 アリスは隙だらけのマリウスに弾丸を撃ち込んだが、いずれも彼の剣で防がれた。これまで通り、必要最小限の動きで。


 目を閉じても対処される事態に、アリスはなんら違和感を覚えなかった。かつての自分なら忌々(いまいま)しく感じただろうし、相手への警戒心も(つの)らせただろう。今は違う。魔力察知は五感に依存するばかりではないと身をもって知っているからだ。


 ハイメに指名されたマリウスに対し、レフは静かなものだった。少し目を伏せたのは、残念な気持ちの表れか。殊勝(しゅしょう)なものである。口を縫われていなければ、文句のひとつも口に出来よう。ただ、レフも含め、白鳥近衛隊が無駄口を()く手合いでないのは先般(せんぱん)承知の通りである。


 マリウスが立ち上がり、アリスを正面に見据えて剣を構える。傷だらけの勇猛な顔面は固く引き締まり、両の瞳は敵をじっと見つめていた。


 真面目そうな男だ、と思いつつ、銃口を両目に合わせる。こいつが歩んできた人生なんてちっとも知らないが、ひととなりは顔に出るものだ。この男には芯がある。半端なことでは折れないくらい強い芯。それが実力に見合ったものかは、戦ってみなければ分からない。


 引き金に添えた指に力を入れた瞬間、意想外の出来事が起きた。


 背後から靴音が駆け、青く透き通った刃が彼女の横を過ぎ去り、マリウスの剣で一蹴(いっしゅう)されたのである。


 横槍を入れた闖入者(ちんにゅうしゃ)は、やけに意気込んだ様子で肩を上下させた。


「アリスさん! 俺も戦います!」


 アリスは隣にやってきた少年――ロットを見下ろし、思わず額に手を当てて溜め息を吐く。


 煙宿の男どもを責める気にはなれない。敵の隊列を突破したのはロット自身の働きだし、煙宿の兵士はそれぞれ血族の相手で手一杯だろう。誰かの面倒をみながら戦えるほど甘い相手ではないはずだ。


「ロット。下がってな」


「嫌です! 戦います!」


 意気は()んでやりたい。彼もひとりの兵士として、自らの意志で戦場に立ったのだ。大人の兵士たちと区別するのは筋違いである。そんなことは重々承知していても、この場をロットに任せる気にはなれなかった。


 剣を構えて静観しているマリウスは、白鳥近衛隊とやらのなかでも腕利(うでき)きなのは明白だ。ハイメの隣に(はべ)っている点からも推測出来るし、魔力を察知可能なのは実地で確認済み。縫合男のレフも同じだ。ロットの手にした魔具では太刀打ち出来ないだろう。


 どうしたものかと思案しているうちに、ハイメに先を越された。


「レフ。あの少年の相手をしろ」


 小さな頷きののち、レフの身体が消えた。(いな)、極度に姿勢を低くして、アリスとロットの間に踏み()ったのである。そしてレフは少年の襟首(えりくび)を掴むと、すぐに投げ飛ばした。あっという間の出来事である。


「ロット!!」


 叫びとともに銃口をレフに向ける。相手は一瞥(いちべつ)しただけで、すぐにロットのほうへと足を運んだ。これまでの動きに比して、異様にゆっくりと。


「こいつは」とレフの先で立ち上がったロットが言う。「俺に任せてください!」


「アンタが倒せる相手じゃないよ。こいつらは魔力が感知出来る。アタシの攻撃だって全部防がれたんだ。勝てやしない」


 慎重に言葉を選び、次の行動へと意識を(そそ)ぐ。


 まずはレフをなんとかしなければならない。そのための戦略は組み立ててある。通用するかは別だが。


 そんなアリスの算段を破ったのは、ほかならぬアリス自身であり、ロットの言葉だった。


「俺は全力で戦うって決めたんだ。だから、アリスさん。俺の邪魔をしないでください。俺をいつまでもガキだと思わないでください!」


 呆れた英雄気取りだ、と声に出さず呟いた。


 子供扱いされるのがどんなに苦しいことか、自分自身よく分かってる。今でも、ハルキゲニアから自分を追い出した父親を憎く感じてしまうときがあった。放逐(ほうちく)がたとえ優しさであろうとも、だ。当人の意志を無視した優しさは暴力と似た傷を残し、記憶のなかで()み続ける。


「せいぜい、頑張んなよ」


 この声がロットに届いたかは分からない。ただ、レフとロットの刃が打ち合う音が鳴り響いたのは言葉のあとだ。


 アリスはマリウスに向き直り、両の銃を構えた。相手は律儀(りちぎ)になにもせず待っていてくれたわけで、少しは感謝してもいいかもしれない。


「待たせたね、マリウス。それじゃ、はじめようか」


 返る言葉はなかったが、金髪がこちらへと踏み出したのが立派な返事だ。距離を詰めるべく疾駆をはじめたマリウスに、アリスは四発の弾丸を放った。


 そのうち二発が先行してマリウスの胸に迫り、彼の剣によって(はじ)かれた。残り二発は剣が届く範囲ギリギリで上空へと舞い上がり、その背を狙う。


 銃弾に射抜かれる寸前で振り返り、剣で弾くさまは見事だ。きっちりこちらの魔力を読んで、狂いなく対処したといえる。


影の怪腕(シャドウ・フィスト)


 地面に落ちた黒い影から、巨大な腕が現れ、こちらに向けたマリウスの背を貫かんばかりに殴打した。金髪男の口から真っ黒な血液が(ほとばし)り、その身が吹き飛んでいく。影の魔術を展開したのは一瞬で、おそらくは誰の目にも見えなかったろう。術者であるアリス以外には。


 後方に控える白鳥近衛隊の前に落下したマリウスは身動きひとつしなかった。むろん、声もない。


 誰しも井の中の(かわず)だ。少し(ひい)でているだけで自分が一番だと思い込んでしまう。閉じた環境にいれば自然とその意識が強くなり、やがて変えがたい代物になって、いつかツケを払う羽目になるのだ。


 魔力の隠蔽(いんぺい)。そのコツらしきものは、マヤ直伝(じきでん)の手法である。ここぞというときまで、ひたすら魔力を(おさ)える。抑えているという意識さえ持たないくらい希薄(きはく)に。言葉にしてしまうとシンプルなものだが、会得(えとく)するのは難しい。アリス自身、まだまだ(あら)い隠蔽だと自覚していたが、自分を敏感だと思い込んでいる真面目な金髪男を(あざむ)く程度にはなってくれた。


 敵の意識を制御したのも、死角からの一撃に役立ってくれただろう。アリスはこれまでずっと、直線の魔弾しか撃ってこなかった。そこで今回だけは軌道を調整した弾を放ったのである。魔力はそのままに。


 敵は内心で(わら)ったろう。出来の悪い詐術(さじゅつ)だと。魔力を感知すればどうということもないと。より注意深く探知されれば、気取(けど)られる可能性はあった。しかしマリウスの思考はそこまで届かなかっただけの話。


 さて、ロットの助力を、とはいかない。王子様野郎――ハイメがこちらへと歩むのが見えた。


「大事な子分が一撃で潰されてご不満かい?」


「……マリウスは油断してしまっただけだ」


「そうかい。で、子分にさっきなんて言ってたっけ? 必ず勝てるとか聞いた気がするんだけど」


 それとなく、レフのほうへと魔力を伸ばす。慎重に。誰にも気付かれないように。


 だが、ハイメには通用しなかった。


 彼は踊るように跳躍してアリスとレフを結ぶ魔力の流れのそばに着地すると同時に、片方の剣で地面を斬りつけたのである。瞬間、魔力が断たれたのが分かった。


 ハイメは切っ先をアリスへ向ける。


「私が直々(じきじき)に相手をしよう。光栄に思え。白鳥近衛隊の隊長であり、子爵であるこのハイメと切り結ぶ機会は二度とない」


 百般(ひゃっぱん)の雑魚が口にしたなら笑いを誘う台詞だ。


 演技じみた口調など、ちっとも意識に入らない。それはハイメが正確に魔力を察知出来るばかりではなく、剣を抜いた瞬間の変化にあった。


 ハイメの構えた剣から、どうしようもなく(ただよ)ってくる血の(にお)いを嗅いだのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて

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