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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Alice.「匿名の言葉を連れて」

※アリス視点の三人称です。

 アリスの魔銃から放たれた一発の弾丸は、敵将――ハイメの額に到達することなく、鋭い残響を鳴らしたのみである。


 ハイメの左右に(はべ)る二人の男が、それぞれ同じタイミングで抜刀し、着弾寸前で彼の額を守ったのだ。そうして二人は、そっくり同じ動作で剣を納めたのである。


 発砲されてから守られるまで、ハイメは一切の動きを見せなかった。顔色ひとつ変えない。といっても、()てついた無表情の印象はなく、凛々(りり)しい王子様(ぜん)としていた。


 魔弾一発で得られた報酬に、アリスは小さく舌打ちをする。


 あれで撃ち抜かれる相手じゃ話にならない。だからハイメが死ななかったのはむしろ望ましかった。問題は奴の態度。お付きの従者が攻撃を防ぐと確信しているからこそ、回避動作ひとつ取らなかったのだろう。ハイメ当人の実力は一向に(うかが)えず、(かえ)って二人の男の厄介さ、ひいてはハイメの引き連れる白鳥近衛隊とかいう組織の統率具合が知れた。これはアリスにとって悪い情報の部類に入る。もし相手にするなら、たったひとりの突出した強敵のほうが好ましい。全員がそれなりの強さとなると、煙宿の面々のリーダーという立場上、重荷を感じてしまう。


 この(かん)も魔物の壁を突破した兵士が、背後の魔物に注意しいしい、横列に広がりつつあった。


「総員、抜剣せよ」


 ハイメの声で、一斉に金属の擦れる音が鳴り響く。腰の剣を抜き、真っ直ぐ構えた敵兵たちの動きは、一糸(いっし)乱れぬものだった。まるでひとつの意思のもとで肉体を動かしているような印象すら覚える。もしこれが魔術か、それに(るい)するなにかによる操作なら、どんなに楽だろうと苦々しく思った。多少なりとも魔術のイロハを知った今となっては、彼らが何者かに操作された存在ではないと分かってしまう。それゆえ、結論はひとつ。


 完璧に統率された軍隊。姿勢ひとつ、呼吸ひとつに至るまで統御された兵。敵としてこれ以上厄介な代物はないとまで感じた。


碧玉(へきぎょく)兵と褐色(かっしょく)兵、半数直進ののち、二列横隊で右方に展開。蒼天(そうてん)兵と山吹(やまぶき)兵、半数直進ののち、二列横隊で左方に展開。進め」


 五百の血族がハイメと二人の男の姿を隠し、こちらと対峙するまであっという()の出来事だった。白鳥近衛隊とこちらの勢力との間は(わず)か数メートル。


「で、どうするよ姐御(あねご)さん」


 アリスの横で、煙宿のならず者がへらへらと言う。彼はすでに剣を抜いており、切っ先をゆらゆらと遊ばせていた。


「とりあえず」アリスは弐丁(にちょう)の魔銃を構える。「敵の前衛部隊を始末するよ」


「そいつは頼もしいが、ちょいとがっかりだ」


「なにが不満なんだい」


 苛立(いらだ)ちを隠さずに問う。


 すると男は、切っ先をピンと固定させた。ハイメのいるであろう位置に。


「姐御さんは大将首を()ってくれ。俺たちの心配して、一緒に戦わなくていい。未練がねえと言えば嘘になるが、まあ、死ぬ覚悟くらいとっくに出来てらぁな。姐御さんから見りゃ俺たちは弱いんだろうが、あんまり気遣ってくれるなよ。背中預けろって言ってるわけじゃねえ。このガキ――ロットだって、全部分かってここまで来たんだ。俺みてえな裏稼業のモンも、酔っ払いも、賭場中毒も、みぃんな分かってる。お別れはとっくの昔に済ませたさ。だからよぉ、俺たちのことは気にしないで思いっきり暴れてきやがれってんだ」


 ときに飄々(ひょうひょう)と、ときに淡々と流れ出した言葉に、アリスは深く長い息を吐いた。


 分かっていても感じてしまう責任とやらを、この男には――あるいは煙宿の多くの兵士に見抜かれてたってわけだ。こんなふうに背中を押されるなんて思いもしなかった。それで重圧がなくなるわけじゃないにしろ、覚悟は固く引き締まる。


「それじゃ、頼んだよ。アタシは親玉を潰してくる」


「へいへい。行け行け、行っちまえ。なにがあっても振り返んじゃねえぞ」


 あちこちで煙宿の兵士が笑っている。引き()った苦しい笑みもあれば、この男のように身軽な笑みもある。もちろん、敵から目を離さない真剣な顔もある。凶悪な目付きの奴もいる。武者震いしてる奴もいれば、早くも前傾(ぜんけい)姿勢になってる男も。


 様々だ。


 ひとりとして同じ顔はない。同じ身体はない。しかし誰ひとり、(おび)えを(さら)してはいなかった。ロットでさえ槍を構えてじっと敵の様子を(うかが)っているのだから立派だ。


 アリスは返事をすることなく、敵の隊列へと駆ける。これ以上の言葉は野暮(やぼ)だ。それに、どんな台詞が彼らにとって好ましいかなんて知ったことじゃない。


「前衛隊、突撃」


 ハイメの声がする。敵兵が一斉に動き出す。素早く、(なめ)らかに。進行方向の敵兵が斬りかかる寸前、アリスは足で地面を蹴った。厳密には、地面のうえに展開した魔術を。


 身体が宙を舞う。敵兵の頭上を軽々と越えて。


 羽根布団(クッション・コート)。衝撃緩和(かんわ)用途(ようと)で使う魔術だ。任意の位置に、柔らかい、()えざる緩衝材(かんしょうざい)を展開するようなもの。弾性(だんせい)を加えればこの通り、敵の頭を飛び越えるバネになってくれる。


 地上からこちらを見据えるハイメに、弐丁の魔銃を向けながら思う。


 あの男の言葉はずっと忘れない。一言一句とまではいかないが。生き残るにせよ死ぬにせよ、名も知らぬ男の発した声を、どこまでも連れて行くつもりだ。地上だろうと地獄だろうと。匿名(とくめい)の町に生きた匿名の兵士たち。死んでくれるなという想いは今でも変わらないが、もし命が(つい)えても、死者の魂を、心意気を、引き継いでいかねばならない。ひとはそうやって生きて、繋いで、死んで、また繋ぐのではないか。


 感傷はなかった。あるのは敵を討つ意志のみ。ゆえにアリスは空中で何度もトリガーを引いた。着地まで合計七発。それらすべてが防がれたのは驚くに(あたい)しない。そもそもが防御される前提で放った、なんの芸もない魔弾なのだから。


 着地したアリスは、三メートル先のハイメを睨んだ。相手は相変わらずなんの変化もない。そして、こちらが空中にいたというのに――つまり隙だらけだったというのに――なにも仕掛けてこなかったのも気に食わなかった。


「随分大人しいじゃないか、ハイメ。アタシらに撤退しろだのなんだの言ってたけど、平和主義なのかい? だったら戦争なんかに参加すべきじゃなかったね。じっと領地に引き()もってりゃ、アタシみたいな狂犬に遭遇することもなかった」


 言いながら、次々と発砲する。それら弾丸は最初の一発がそうであったように、ことごとく二人の男が防いだ。


 よくよく考えると奇妙に思える。どうせ防ぐなら、同じ位置に剣を重ねる必要はない。なのにこの二人はぴったりと息が合っている。いや、少し語弊(ごへい)がありそうだ。


 口を縫った男と金髪男は動きこそ乱れがないものの、互いにどちらの剣が弾丸を防ぐか相争(あいあらそ)っている様子がある。縫合男が防げば、次は金髪が防ぐ。どちらも着弾箇所に剣を差し出して盾にする動作自体は変わりないし、目も合わせない。剣以外には眉ひとつ動かさなかった。だからこそ、余計に微妙な差が目立ってしまう。


「ハイメ様」


 金髪の男が不意に口を開き、ハイメに向き直った。それでいて剣での防御は(おこた)らないのだから、なかなかに優秀である。


「なんだ、マリウス」


「失礼ながら、アリスとやらの始末を俺に一任いただけないでしょうか」


「レフ。お前はどう思う」


 縫合男はハイメに水を向けられて、最低限の動きで首を横に振った。そして自分を指さし、それからアリスへと指先を向ける。レフとやらも、今はアリスを視界に収めていないが、魔弾の対処に瑕疵(かし)はない。


「レフも戦いたいそうだ。マリウス。貴方がたの力は買っている。どちらが戦ったとしても必ずや勝つだろう。ただ、二対一は卑怯だ。白鳥近衛隊の名を(けが)すのは許さん。鍛え上げた男のみで作り上げられた、歴史ある組織の重みは分かっているはずだ」


 アリスが空へ発砲した瞬間、レフとマリウス、そしてハイメの視線が彼女を捉えた。


「ごちゃごちゃうるさいよ。まとめてかかってくればいい。二対一で結構。なんなら三対一でもかまわない。アタシの狙いは大将首なんだ。雑魚に用はないよ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『羽根布団(クッション・コート)』→対象を包み込み、衝撃を緩和させる魔術。詳しくは『Side Alice.「自由の旅のアリス」』にて

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