表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1710/1736

Side Alice.「ハイメ子爵と白鳥近衛隊」

※アリス視点の三人称です。

 魔物と戦いつつ、アリスがずっと(いだ)いていた感想は『ガラじゃない』だ。腰に下げた野暮(やぼ)ったい布袋には包帯やら膏薬(こうやく)やら傷を縫う針と糸が入っている。そうした救護セットは煙宿を()つ前、兵士全員に支給された物だが、邪魔くさく感じてならない。なにより――。


 たったひとりで戦うならまだしも、リーダーを任されている。どうしたって目前の獲物よりも、仲間に迫る魔物を仕留めねばと思ってしまう。それも、兵士たちの士気や当事者意識を下げないように工夫して。それゆえアリスは、一体の敵にかまけて背後の魔物への注意が散漫になっている者に比重を置いて助け舟を出した。


 具体的には、グールに斬りかかる兵士を喰おうとしているアルドラッドの首に魔弾を撃ち込んで破裂させる。グールを倒した矢先の爆音に仰天(ぎょうてん)する兵士に、簡単な(げき)を飛ばす。そんな具合だ。


 これがなんの能力もない寄せ集めの兵士なら、もっとアリスの仕事は目まぐるしいものになったろう。ここで勇を奮う彼らは誰ひとり軟弱ではない。肉体に墨を入れ、身体能力を向上させた者たちだ。アルドラッドの首元まで跳躍して剣で一閃する男もいる。注意力が不足していようとも、単体としての能力は申し分ない。まったくの無傷ではないが、魔物の群れに突っ込んだ状況にもかかわらず、死者は数えるほど。


 死者を数えて、望ましいと見做(みな)せない自分が腹立たしい。名誉の死には違いないが、死者はいずれもアリスの弾丸が届く前にアルドラッドに呑み込まれてしまった。距離的にも、彼女から離れた位置にいたのでどうにもならなかったとはいえ、決して気分のいいものではない。


 ハルキゲニアで用心棒をやっていた時代も、グレキランスでルカーニアの部下と共闘したときも、死者は目にしてきた。救おうとして救えなかった者は両手足の数じゃ到底足りない。それらの死と比較して、やけに気が重いのは、自分が率いる立場に置かれているからだろう。当人の覚悟はさておき、こちらの指揮で死に至った事実を黙殺するのは違うと思った。


 目の前のアルドラッドを次々と撃ち、破裂させ、意識を研ぎ澄ます。


 後悔も追悼(ついとう)も、全部終わってからすべきだ。ゆえに動作は乱れず、周囲へ向ける意識にも隙はない。


 兵士たちの雄叫びが(とどろ)いていた。そのなかには元騎士見習いの少年――ロットも含まれている。


 彼について、アリスは素直に驚きを感じていた。最初はぎこちなく攻め()っていたし、今も動きは流麗と言えない。持ち前の魔具による水の刃でアルドラッドを刈っているが、危うさもあった。なので(こと)に注意を払っていたのだが、彼は魔物の隙を突いているのかなんなのか、ほんの小さな傷さえ()っていないのである。魔物が攻撃に入る前に仕留めているとしたら大したものだが、そこまで器用ではないだろう。


「いいぞ、坊主!」

「はい!」

「ひとを褒めてる場合じゃねえだろい、酔っ払いめ!」

「うるせえ、今は酔っちゃいねえよ!」

「普段は酒場に入り(びた)りだろうがヨォ!」


 兵士たちは雄叫びの合間合間で、こんな余裕さえみせている。最期の振る舞いくらい好きにさせてやりたいから、アリスは放置していた。もちろん、生き残るほうがずっといい。それでも今は死線のうえを歩いている状態だ。いつ誰の命が消し飛んでもなにひとつおかしくない。襲いくるグールの爪が、子鬼の凶器が、アルドラッドの牙が、絶え間なく命を脅かしている。だから、どんな言葉が最期になるか分からない。それが軽口ならば、煙宿の者にとっては本望だろう。夜にこそ活気(あふ)れる宿場町。その地に(きょ)を置き、遊蕩(ゆうとう)(ふけ)った経験を持つ者にとって、この戦争は夜を取り戻すための戦いだ。永遠に続くかのように思われる悪夢の夜ではなく、昼と交代でキッチリ訪れる愉快な夜を。


 前進するごとに意識が鋭利になっていく。神経がちくちくと痛い。おおむね十人が横列を組んで魔物の壁を貫いて進んでいるのだが、最前線の兵士は果てしない道のりだと感じているだろう。倒しても倒しても先には魔物がいて、また、横合いからも襲撃の手が、首が、牙が伸びる。


 だが、アリスは終わりを感知していた。思ったよりも動きがなかったと、肩透かしめいた感覚すら覚える。こちらが一点突破を狙っているのはすでに把握しているだろう。幅広く展開していた魔物をもっと巧妙に操って、魔物の壁を局所的に厚くする戦略だって()れただろうに、そのような動きはなかった。


 壁の終わり(ぎわ)で、アリスは目の前を(はば)むアルドラッドを討ち倒し、ひとり先行した。迂闊(うかつ)な兵士が罠にかかるのを懸念(けねん)してのことである。魔物の壁から十数メートル先に血族がキッチリ隊列を組んでいる事実を悟っている者は少ないだろう。連中が矢を構えていたら蹂躙(じゅうりん)されること()け合いだ。それゆえ、防御魔術を得手とするアリスが先行して壁を突破したのである。


 数メートル歩んでから、アリスは足を止めた。敵の様子を(かんが)みての判断である。


 不意打ちはなかった。連中は横に二十人ほど等間隔で整列し、律儀(りちぎ)にも手を後ろに組んで身じろぎひとつしなかったのだ。隊列の先頭には三人が並んでおり、彼らがリーダー格とみえる。


 先頭中央の血族は、黒の長靴(ちょうか)に、夜目(よめ)にも(まばゆ)い白のズボンを履いていた。ぴったりと肌に吸い付くような細身の仕立てである。腰の両側に、大袈裟(おおげさ)な半円を描いた持ち手の(つか)と、太い(さや)が下がっている。上は黒地に金糸をあしらった、丈の短い長袖のジャケット。広い肩幅。やけに整った、面長な小顔と(つや)やかな内巻きの黒髪は、さながら絵本のなかの王子様じみている。


 彼の左隣の男はグレーの髪を真ん中で分けて、三白眼(さんぱくがん)のせいか目付きが鋭く感じる。しかも、妙なことには針金かなにかで口が縫ってある。


 右隣の男は金髪を逆立てて、いかにも剛毅(ごうき)な面立ちだった。顔に走ったいくつもの傷痕がそうした印象を与えるのかもしれない。


 どちらも中央の王子様野郎とおおむね同じ服装だったが、二点だけ異なる。下げている武器は鞘に収まった通常の剣。そしてズボンの色は灰色。彼らの後ろに控える者たちは、ズボンの色だけが青、深緑、山吹、茶、と違いがある。おそらくは階級だろう。


 ひと目で分かったが、先頭の中心にいる王子様野郎がリーダーだ。こいつだけ()びている得物(えもの)がまったく別。左右どちらの武器も、質の高いまとまった魔力が感じられた。


 煙宿の兵士が次々と壁を突破しては、アリスの周囲で足を止める。だがこちらの人員は約二千だ。後方で魔物の相手をし続ける者も当然いた。彼らに助力するだけの余裕は、今はない。


『血族に接触』


 ヨハンへ交信を垂れ流す。この声なき声は、目の前の敵部隊も拾っているだろうか。


 口火を切ったのはアリスである。


「ご機嫌よう、襲撃者ども。死ぬ覚悟は出来てるかい? アタシらはとっくに出来てる」


 魔銃を向けても、王子様野郎をはじめ、敵の隊列はぴくりとも動かなかった。


 よく調教された部隊だと思う。銃口を向けられた当人はもとより、部下らしき者が一切動じないあたり、厄介だ。ビビって足がすくんでいるなら、もっと違った反応になる。


 例の王子様野郎の唇が開き、やがてハスキーな声が響いた。


「我が名はハイメ。爵位は子爵。貴族であり、この白鳥(はくちょう)近衛隊(このえたい)の長を任じている」


 ハイメとやらの演説じみた仰々(ぎょうぎょう)しい口調に、アリスは一瞬で嫌気がさした。


「なんだい、白鳥近衛隊って」


「我が領地ファレノの守護隊だ。此度(こたび)の戦争にあたって、白鳥近衛隊の精鋭五百名を動員してある。ここにいる者がそうだ。貴女がたに勝ち目はない」


 いちいち数える気にはならないが、確かにそれくらいの気配はある。そして、彼らの遥か後方にいる大量の気配も。


「人数ならこっちのほうが多いねえ。ハイメだっけ。悪いけど、アタシらも生半可(なまはんか)な力じゃないよ」


「笑止千万! 人間ごときが我々に太刀打ち出来ようはずがない。分かったら、即時撤退せよ。貴女がこの部隊を率いているのだろう? 指示を誤れば全員の命が果てる。もし退くのなら手出ししないと誓おう。私は誓いを破らない」


 逃げたら命を助けてやる、か。


 馬鹿王子め。


「逃げるつもりならはじめから魔物に突っ込んでいかないさ。アタシはアリス。よく覚えときな。地獄でアタシの名前を出せば、被害者の会に仲間入り出来るよ」


 言って、アリスは引き金を引いた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『アルドラッド』→巨大な花そのものの魔物。地表に露出にした根を波立たせるようにして歩行する。サイズはまちまちで、大きなものでも三メートル程度。花弁には細かい牙が生えており、それを使って捕食する。また、種を弾丸のように飛ばすこともある。詳しくは『612.「夜に咲く花」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ