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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1709/1736

Side Alice.「花は真夜中に蠢く」

※アリス視点の三人称です。

 煙宿からの援軍が別行動をはじめてから、しばし経過した頃まで(さかのぼ)る。


 約二千名の人員を引き連れて、アリスは先頭を小走りに駆けていた。ここまで何度か振り返ったが、兵士は皆、粛々(しゅくしゅく)とついてきている。ひとりとして脱落していない。


 まもなく敵方左方の部隊とぶつかるだろう。予感はひしひしと伝わってくる。魔物の気配と言い換えてもいい。


 自分のすぐ斜め後ろを行く、ボロボロのローブをまとった大柄な少年に呼びかけた。


「本当にいいのかい? これからアンタは死ぬよ。相当運が良くても重症さ」


「その覚悟でついてきましたから、かまいません」


 深く被ったフードの下で、誠実な瞳が(きら)めいている。その手には一本の槍。ただの武器ではなく魔具だ。


「ならいいさ。せいぜい頑張るんだね。誰かがアンタの武勇を煙宿のお仲間に伝えてくれるさ。全滅しなけりゃ、だけど」


 少年――元騎士見習いのロットは素早く頷いた。


 彼は本来煙宿に居残るはずだったのだが、なぜか隊列に(まぎ)れ込んでいたのである。発覚したのは戻るに戻れなくなってから――つまりは援護部隊の行動開始直前。


 ラニとの戦闘で手傷を()ったものの、『頑丈だから』の一点張りでアリスの隊に加わったのだ。ほかの見習い連中はいない。彼だけこっそりついてきた理由なんて、確かめるのも野暮(やぼ)だ。ここにいる全員と同じく、命を差し出すだけの芯を持っている。


 戦力になるかは分からない。墨を(ほどこ)した兵士たちとどっこいどっこいだとアリスは察していた。独力ではないにせよ、ルドラの長女と戦って生き残ったのだから。


 戦力という意味ならマヤが好ましかったが、生憎(あいにく)彼女はヨハンたちと一緒に中央突破を(はか)る勢力に割り振られた。彼女の目的としてもそのほうがいいだろう。


『最後までエスコートしてって言ったのに。まあ、いいけど』


 そんな嫌味を思い出す。


『なに、中央で合流すりゃいいさ。そのときは一緒にヴラドの野郎を殴ってやるよ』


 ほんの軽口だ。けど、実現を願っている。敵方の左部隊を突破すれば待っているのは中央部隊で、つまりは夜会卿がいるだろう。仇敵(きゅうてき)を前に()えるマヤの邪魔をするつもりはない。ただ、巻き込んだ責任はある。それゆえ、共闘の機会があればと思うのだ。


 なんにせよ、今は目の前の物事をひとつひとつ始末していかなければならない。


 手始めに――。


「魔物ですね」


 ロットが呟き、アリスと同じく足を緩めた。


 前方に展開する巨大な植物群を眺めて舌打ちする。大小様々な花が、太い茎に支えられて揺らめいていた。魔物の気配はあの植物から感じる。見たことのない種類だ。


「アルドラッド……」


 ロットが息を呑む。


「知ってるのかい?」


「はい。厄介な魔物です。花の部分に牙があって、それで捕食するんだとか。あと、(たね)を飛ばしてきます」


 アルドラッドとやらの群れとは百メートル程度の距離がある。種がどれほどのものか知らないが、危険域には入っていないと思いたい。


「それで、弱点は?」


「花の部分に近い箇所の茎です。そこを断ち切れば消滅するはず」


 ロットの自信なさげな口振りから、彼もアルドラッドに出遭ったのははじめてなのだろうとアリスは推察した。おおかたグレキランスの本やら、騎士の誰かから聞いたのだろう。


 種の射程圏は不明だが、捕食可能な範囲は察しがつく。地面から花まで伸びた茎の長さが攻撃範囲。そして、一見するとその場に釘付けになっているようだが、そうではないことにも気付いている。地面から直接()えているわけではなく、末端の根が地に接して身体を支えているのが見えた。根は(うごめ)きを隠していない。大した速度ではないだろうが、めぐらした根を使って移動するわけだ。そして捕食範囲に入った獲物に首を伸ばしてかぶりつく。


「でも、おかしい」とロットが呟いた。


「なにがだい?」


「アルドラッドは人間以外にも小型魔物を捕食するって聞いてたんですけど……」


 アルドラッドの展開された戦列には、グールやら子鬼やらも群れていた。しかしいずれも静寂を(たも)っている。互いに(むさぼ)り食う様子は見受けられない。


 当然の話だ。アリスはロットを見下ろして、こいつは少し取り乱してるな、と思った。戦場についてくる勇敢さや覚悟を持っていても、冷静でいられるかは別事だ。


「ロット。落ち着きな。連中が大人しくしてるのは煙宿と同じ理由さ」


 ロットはハッとした表情になり、それから少し頬を赤らめた。そう恥じ()ることでもない。考えれば分かることが頭から抜け落ちるなんてよくある。


 今グレキランスを侵攻している魔物は血族に統率されている。煙宿を囲ったキュクロプスの軍勢と同じだ。野良(のら)の魔物とは性質が異なる。


 アリスたちは魔物が見えてから進行速度を落としたものの、歩みは止めなかった。アルドラッドおよび小型魔物は、こちらの進行方向から見てほぼ横一列に展開されている。中央左方の横腹に牙を()く勢力を(さまた)げるように。


『こちら左方。魔物を目視。このまま排除する』


 アリスは声なき声で言葉を送った。相手はヨハンである。事前に交信魔術をあちらから繋いでもらい、相互にやり取り可能にしたのだ。ただし、敵に傍受(ぼうじゅ)される前提で、必要最低限の情報しか送らないと示し合わせてある。こちらの動きが相手に筒抜けなのは、交信魔術以前の問題だ。頭上の蝙蝠(こうもり)が一切を監視している以上、動きは隠せない。一方、人間側は相互に戦況を共有する手段が交信魔術しかないのだから、傍受されていようとそれを使うのは妥当である。


 アリスの交信に対し、ヨハンの返事はなかった。それで問題ない。緊急事態を除いて彼からは返事を送らないことになっている。


「さて」アリスは足を止め、煙宿の兵士たちが隊列を整えるのを待った。魔物との距離はおよそ五十メートル。兵士たちへと振り返り、敵に背を向けた。「これからアタシらは魔物と戦う。アルドラッドだっけ? そいつの特徴はロットが言った通り。必要最低限の通路(・・)を確保して、魔物の壁の先にいる血族を退治する。オーケー?」


 まばらな頷きを確認するなかで、ロットが「あっ!」と叫びを上げた。槍を振るおうとするその肩に手を置き、彼の動きを(とど)める。


 アリスは自分の身に弾丸じみた速度の攻撃がいくつか迫っているのを感知し、そのいずれも、最低限の防御魔術で無力化した。この程度は振り返る必要もない。


「見ての通り」とアリスは平然と続けた。「連中の飛ばす種はこのくらいの速さだよ。威力も大したことないさ」


 実地確認は重要だ。自分だけなら必要なくとも、ほかの全員がそうとは限らないのだから。敵の遠距離攻撃を視認した以上、そう易々(やすやす)餌食(えじき)にはならないだろう。


 (きびす)を返し、敵に向き直る。断続的に放たれるアルドラッドの種に加え、グールや子鬼の突撃もはじまっていた。


「それじゃ、行動開始だ」


 兵士たちが(とき)の声を上げる。それを背後に聞きながら、自分がこんな役目を演じるなんて、と自嘲した。それもこれも全部、ハルキゲニアでクロエと出会ったからだ。もちろん彼女以外の多くの人々との縁も、この因果に含まれている。自分を煙宿に配置したルカーニア(しか)り。分隊の指揮を任せたヨハン然り。


 因果はここで終わりじゃない。まだ途上にいる。だからといって命を()しむ気はなかった。一瞬で命が吹き飛ぶような場所にこそ、興奮を感じるのが彼女である。


 アリスは兵士たちに先んじて、最初の一歩を踏み出した。後戻りすることの出来ない――そうするつもりもない一歩を。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。戦争において元騎士見習いたちともに、縫合伯爵ルドラの長女ラニを追い詰めた。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ラニ』→縫合伯爵ルドラの長女。我儘で嗜虐的。指輪型の魔具『虚実の指輪(ライアー・リング)』を使用。魔術を使えないコンプレックスから、魔術師である妹マヤをいじめていた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。貴品(ギフト)万世一糸(サビー・タンカ)』を体内に埋め込んでいる。煙宿を一度は制圧したが逆襲され、捕虜の身に。戦争の趨勢に関し、ヨハンと賭け(契約)をしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『アルドラッド』→巨大な花そのものの魔物。地表に露出にした根を波立たせるようにして歩行する。サイズはまちまちで、大きなものでも三メートル程度。花弁には細かい牙が生えており、それを使って捕食する。また、種を弾丸のように飛ばすこともある。詳しくは『612.「夜に咲く花」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて

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