1028.「異能ゆえの寵愛」
雷の魔術をまとったわたしのサーベル。それを自前の刃で対処するナーサ。互いの武器が接するたびに、ナーサだけが痛みと痺れを受ける。でも、この子はわたしにちゃんと食らいついていた。痛みを堪え続けているからなのかなんなのか目を剥き、噛み合った歯列を晒し、顔面の筋肉という筋肉に力を入れて壮絶な表情をしながら。
血族の肉体は丈夫というのが定説であり、わたしの実体験でもある。ナーサの攻撃の威力が衰えないのはそれで説明がつくけど、徐々に力が上昇しているのは別の理由からだ。
「そんなに夜会卿のことが大事なの?」
わたしが夜会卿と口にするたび、彼女は睨んでくる。刃も重みを増す。
「ヴラド様は、私を――」
また一人称が変わった。わたしのような人格交代とかではないと思うけど。
特定の単語や出来事に触れると意識が切り替わる。そう不思議でもない話だ。
「私を、唯一大切にしてくれた」
刃が散らす火花と響音のなかで、ナーサはそう口にした。若干もつれた声なのは致し方ない。ずっと雷撃を受け続けている状態なのだから。
「唯一? ダスラは違うの?」
「ダスラと私は同じだから、分けて考えたりしない」
「そう。大切な手下だから、後方部隊のリーダーを任せたのね」
ナーサの刃が重くなる。まだ対処出来る範疇だけど、言葉による刺激はこちらが思っている以上に彼女を強くするらしい。
「それは結果のひとつだ。ヴラド様は私たちを救って、狩られる者から狩る者へ変えてくれた。ヴラド公爵領では、混血は狩られる立場にある。人外よりはマシだが、純血からは劣等種の扱いを受ける。悪ければ遊び半分に殺され、良くても奴隷の身分。そこのメフィストやジーザスは例外だ。私とダスラは例外じゃなかった。無抵抗な獲物として狩られるところを、ヴラド様が掬い上げてくださった」
あんまり興味のない話だけど、ちゃんと聞いてあげる。ナーサは話していても一切油断しないし、段々強くなってるから。語れば語るほど強くなるなら、その口を自由にしてあげたい。
「ヴラド様は獲物だった私たちを引き取り、狩人になるまで育ててくれたのだ。罪を犯した純血を殺す仕事も任せてくれた。狩る喜びを、浴びる血潮の熱さを与えてくださった」
「それってあなたが異能を持ってたからじゃない?」
ナーサとダスラが百般の混血だったなら、見向きもされなかったのではないか。
勢い込んで否定するかと思いきや、ナーサは素早く頷く。
「そうだ。私たちが特別だったから、特別であり続けたから、ヴラド様の寵愛を受けた。それがどうした? なにが悪い?」
「別に。悪いことじゃないよ」
持って生まれたもので評価されるのは、謗られることではない。誰もが大なり小なりそうだから。人間に生まれた。血族に生まれた。混血に生まれた。貴族の子供だった。娼婦の落とし子だった。親を知らない孤児だった。ルーツは変えられないし、生まれによって人生の航路は左右される。これは自然の摂理で、良いとか悪いとかいう話じゃない。
そもそも、一般的な善悪なんてわたしにはちっぽけなの。戦うのが一番愉しくて、それ以外に意識を向ける気にならない。戦う相手が強ければ強いほど興奮するし、より愉しくなる。だからナーサが血を浴びて興奮する性癖になっちゃったのを、指弾出来るわけないよね。ある意味、同類みたいなものだし。
ナーサも今、愉しんでるかな。
……そんなわけないか。
確かにこの子の刃は一撃ごとに鋭く重くなってる。なのに顔は生真面目になっちゃってるんだもの。彼女の場合、強さと愉悦は比例しないんだろうな。わたしと違って。
「あはっ」
ナーサが不意に距離を取ったから笑っちゃった。わたしが反応出来ないくらい滑らかで速かったから余計に。その後の動きも無駄がない。彼女は長弓と化した腕で矢を引き絞っていて、それはわたしに向いてなかった。
後方でオママゴトしてるベアトリスたちを狙ってる。
ちょっとがっかり。矢の先がわたしを指していればもっと感心したんだけどな。興醒めです。
ナーサへと駆ける。一直線に。彼女との距離は五メートル程度で、矢をどうこうするつもりなんてない。勝手に射抜けばいい。わたしには今この瞬間が一番大事なの。兵士を守る必要性も分かってるし、ベアトリスたちが犠牲になるのは良くないと知ってる。でも関係ないの。これはわたしとナーサの戦いで、それ以外のものは大抵邪魔。全部が全部そうとは言い切らないけど。
「あはは」
笑いが溢れる。腕が痛む。サーベルから迸る電流がわたしの神経を意地悪に撫でて、痛くて辛くて嬉しい。
ナーサは気圧されたのか、矢を射ることなく、後退の一途をたどっている。なにか計算があるなら嬉しいけど、なにもないならがっかりしちゃうな、きっと。
ああ、そうか。
ナーサは、いわゆる以前のわたしと戦ったんだっけ。なら、彼女がベアトリスを狙った意味も、矢を放たずに後退した理由も分かる。
うん。そうだろうな。あえて名前で呼ぶけど、クロエならチャンスをフイにしてでも仲間を守ったもの。そうなる想定で弓を引いたナーサが驚くのは不思議じゃない。今のわたしは表情が蕩けてて、彼女しか目に入ってないんだから。となると、やっぱり結論は『ナーサちゃん偉い!』だ。彼女の作戦を台無しにしたのはわたしで、それなら乗ってあげたほうが良かったかも、なんて思う。まあ、やらないけど。
それはそうと、追いかけっこは好きじゃない。
「行雲飛雷」
ナーサとわたしを結ぶ直線上に突きを放つと同時に、鋭い痛みが右手から肩、半身から全身へと駆け抜ける。痛いな。でも、ちゃんとイメージ通りに出来た。
わたしのサーベルはナーサに届かなかった。その代わり、切っ先から迸った稲妻が宙を駆け、彼女を貫く。その過程でナーサは強烈な痛みに襲われただろう。悲鳴はないけど、呻きはあった。夜会卿への忠誠心を取り戻した彼女にとってはそれが、敵から手痛い一撃を食らったときの正しいリアクションに違いない。
まだ扱いきれてない自覚はあるけど、マヤに感謝だ。煙宿での喧嘩で浴びた強烈な雷撃のおかげで、このサーベルは充分に雷の魔術を吸収した。まだ未熟な技なのに、ナーサの羽織った薄衣が焼け落ち、腹部を中心にその肌を黒く焦がす程度には強烈な一撃になってくれたんだから。
でも、まだ死んでない。
焦げた匂いを漂わせて立ち尽くすナーサへと距離を詰め――。
「あ」
口が緩む。声が漏れる。喜びの音階がひとつ。
首を刎ねるべく薙いだサーベルを、ナーサは瞬時に防いだ。曲刀になった腕で。わたしが思わず嬉しくなったのは、その防御がしっかり堅固だったのが理由のひとつ。空いたほうの腕も曲刀にして、わたしに逆襲を仕掛けたのがふたつ目の理由。またしてもはじまった高速の剣戟のなか、ナーサの瞳が真っ直ぐわたしを射ていたのが最後の理由。
まだ痛いだろうに、痺れてるだろうに、苦しいだろうに、彼女の心は折れるどころか研ぎ澄まされた。
シフォンやユランにはおよばずとも、ナーサも猛者の領域に足を踏み入れつつあるんだと思う。わたしよりもずっと若い――というか幼いのに、驚異的だ。
ナーサは階段のどのあたりにいるだろう。強さの階段。わたしよりはまだ下だけど、そんなに離れてない。厳密には、一段飛ばしで駆け上がってきた印象。もうじき追いつかれて、追い越される。そうなったら、わたしも一緒に上へ行けるかな。
そのときは踊るみたいにステップを踏んで、手を繋ぎながら上がっていこうね。
ナーサの瞳に反射して、喜悦に歪んだ顔が見えた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『ダスラ』→人間と血族のハーフ。ナーサとは双子。夜会卿の手下。ナーサと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を曲線状の剣に変化させることが可能。トリクシィと戦い、死亡。その後肉体をナーサに摂取された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて
・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』
・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。夜会卿に仕えている。黒の血族と人間のハーフ。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品『シュトロム』を使用。実は騎士団長ゼールの養子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』にて
・『赤竜卿ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品『貴人の礼装』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて




