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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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1026.「蕩ける同類」

 気絶したテッドへ淡々と足を運ぶナーサを、わたしはじっと見つめていた。


 アリスが血族の部隊と接触した以上、こちらも歩みを進める必要がある。後方部隊を切り崩しながらの前進。事前にヨハンから共有されている道のりだ。煙宿のときのように、生かして捕虜(ほりょ)にする必要はない。(はば)む敵は殺し、逃げ出すようであれば無駄に追わない。ただまっすぐに中央部隊――北門襲撃の総大将である夜会卿のもとへ進軍するだけ。


 その過程において、後方部隊のリーダーであるナーサは討つべき標的となる。


 ナーサはテッドのもとへたどり着くと、彼の髪を掴んで持ち上げ、腹部に殴打を見舞った。


 (にご)った声と吐血とともに、テッドの意識は回復したらしい。彼の双眸(そうぼう)がナーサを捉えている。そしてナーサこそが仇敵(きゅうてき)であるかのように、ノコギリ状に変化した腕を振るった。


 ナーサはテッドの髪から手を離し、身軽に回避すると同時に相手の顔面を殴打する。拳は腹、腎臓、心臓、肺を次々と襲った。テッドも抵抗している様子だったが、どうも武器化が追い付いていない。ナーサの拳よりも遅いのだ。厳密には鈍っている。わたしの連撃を受けて心身ともに消耗しているといった印象だ。


「混血! ボクの! 邪魔を! するなァ!!」


 悲鳴に似た叫びが、殴打のまにまに発される。やがてそれも不明瞭となり、かろうじて、不純物だの世界だの、断片的な単語が乱れ聞こえた。


 やがてテッドが身体の前面に大盾を展開したのは、限界を示唆(しさ)していたのだろう。自分の視界さえ奪ってしまう防御は愚行(ぐこう)とイコールだ。彼は盾の横合いへと回り込むナーサが見えていない。横腹に強烈な一撃を叩き込むその姿も、認識していなかったはず。


 (えぐ)るように打ち込まれた拳によって、彼は宙を舞った。そこへ次々とナーサの矢が放たれる。テッドの異能の賜物(たまもの)か、貫通はしないものの、尋常(じんじょう)でない衝撃の連続により、彼の身体はみるみるうちに彼方(かなた)へと消え去った。正確な落下位置は不明だが、おそらく敵の中央左方部隊の方角。一瞬アリスの顔が頭に浮かんだが、たぶん問題なかろう。瀕死(ひんし)の異能者が増えたところで人間側に大きな影響はないはず。


 なんにせよ、ようやく邪魔者が消えた。


「気分は晴れましたか、ナーサさん」


 ナーサへと踏み込もうとした矢先、ヨハンがそう発した。自然とわたしの足も止まる。


 テッドの吐血が散った顔を手の甲で(ぬぐ)い、ナーサは冷めた目付きを寄越す。ヨハンではなくわたしにだ。


「別に。テッドみたいな糞袋(くそぶくろ)なんてどうでもいい」


「ご冗談を。随分といがみ合っていたじゃありませんか。私としてはスッキリしましたね。お礼を言いたいくらいです。ところで、貴女のご兄弟はどちらに?」


 するすると言葉を吐くヨハンに、ナーサは一瞥(いちべつ)も返さなかった。ただひたすらわたしを見ている。再会したときとは一転して、完璧な無表情のまま。


 ナーサの口が(なめ)らかに開いた。


「トリクシィがどうなったか、教えてやろうか?」


 ナーサとダスラ。双子の相手を()()った、騎士団ナンバー3、落涙のトリクシィ。ずっとわたしを王都の裏切り者だと見做(みな)して追いかけ続けた女性。わたしの記憶を追体験し、ようやく誤解がとけた矢先に消えたのだ。


 追体験。


 そうか。


 じゃあ、トリクシィも知ったのか。わたしが血族のハーフだという事実を。そうと分かってなお、わたしに代わって双子を――。


 不意に放たれた矢を、サーベルで空中へと()らす。その一瞬のうちに、相手はサーベルの間合いよりも内側まで距離を詰めていた。


 この距離で矢を射られたら逸らせない。(はじ)くにしても大きな隙が生まれるだろう。仕方ないが、避けるのが妥当(だとう)か。これまでは後方で戦闘ごっこをしているベアトリス軍と人間たちに被害がおよばないよう対処していたが、こうなってしまっては仕方ない。


 ナーサの両腕に魔力が(ほとばし)り――。


 わたしがサーベルを両手に持ち替えたのは、瞬時に察したからだ。次に訪れるふたつの攻撃がいずれも重いと。


 実際、その通りだった。


 ナーサの左腕は曲刀(・・)と化してサーベルと激突し、右腕から放たれた矢はわたしの頬を(えぐ)った。


 嗚呼(ああ)


 やっぱり、こうじゃなきゃつまらない。


 急激に高揚(こうよう)する心を抱えながら、ナーサの連撃を(しの)ぐ。相手の両腕は曲刀に変化しており、こちらに休む暇も与えない。もとより休むつもりはないけど。一撃一撃は対応に困るほど速くはないが、重い。かつて受けたダスラの曲刀とは比べ物にならないほど。距離を置こうにも、相手はわたしの呼吸に合わせてぴったりと有利な位置取りを(たも)っている。つまりサーベルの有効範囲の内側だ。窮屈(きゅうくつ)な防戦を()いられている状況。


 テッドと違って、ナーサはちゃんとしてる。偉い。


 だって、テッドみたいに自分の手札を無駄に(さら)さなかったんだもの。


 ヨハンの言葉に(じょう)じてトリクシィの名前を出したのもそう。こっちの意識を逸らすため。前のわたしだったらきっと油断して、あっという()に死んでたと思う。それくらい見事なタイミングだった。矢を射るのも、接近するのも。


 近付いてからは、サーベルの力が乗り切らない位置取りで曲刀を振り回しているのも立派だ。両手で構えていなければ、たぶん一撃防御しただけで骨折したかも。いや、さすがにそれはないか。でも、確実に動きが鈍ったとは言える。次の一撃に対応出来ない程度には。


「いつダスラに魔術を習ったの?」(たの)しくて、ついつい()いちゃう。「ダスラもあなたと同じくらい強くなってるの?」


 だったらいいな、と思ったんだけど――。


「ダスラは私だ。ナーサもワタシだよ」


 ナーサの表情が、口調が、(とろ)けていく。


 なんだ、この子もわたしと同類か。興奮したときは、普段と全然違った感じになっちゃうタイプ。でも、この子の場合はあのとき――王都襲撃の日に戦闘したときの印象に近付いてるみたい。背伸びした印象が取り払われて、()の自分が表れるみたいな。


「合体したのかしら?」


「ひとつになったんだよ。あの日。グレキランスで遊んだあの日に。トリクシィがダスラを殺して、まだ動いてるダスラの心臓を食べたんだ」


「ほんと、仲良しね」


 ナーサがにっこり()む。それでも連撃を止めず、ときどき矢を射るものだから、本当に偉い。でも、わたしもちゃんとしてるつもりだ。後退しながら位置を調整して、矢を射られても邪魔者――じゃなかった、ベアトリスたちに当たらないようにしたから。だから避けても問題なし。実際、ちゃんと弓矢の予兆を読んで回避出来てる。曲刀への対処も抜かりない。最初に受けた矢で頬に()った傷は、もうすっかり消えてるはずだ。それはナーサも分かってるよね。わたしの自然治癒が異常なのを理解して、曲刀も矢も致命的な箇所に集中するようになったんだから。


「その角も、ダスラとひとつになったときに()えたの?」


「ううん。これは(いまし)めだよ。私が、ワタシが、ボクが、二度と油断しないための」


「そう。偉いわね」


「それでね、トリクシィのことなんだけど、知りたい?」


「教えて頂戴」


「それじゃ、特別に話してあげる。ねえ、ねえ、ねえ。聞いて。ボクがお仕置きしたの! ぐちゃぐちゃに手足を折ってね、それから、それから」


 まるで子供みたいに、早く言いたくてたまらなくてもどかしいその感じを隠さずに、ナーサは続けた。


「殺さない程度に遊んで遊んで遊んで、そのあとポイしたの」


「殺したってことかしら?」


「ううん、違うよ」


 それからナーサはこう言ったのだ。舌っ()らずな声で。


 ジーザスにあげたの。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『テッド』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。無邪気で子供っぽい性格。戦争までの間、殺人鬼としてアスターの牢獄に繋がれていた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『ダスラ』→人間と血族のハーフ。ナーサとは双子。夜会卿の手下。ナーサと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を曲線状の剣に変化させることが可能。トリクシィと戦い、死亡。その後肉体をナーサに摂取された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。夜会卿に仕えている。黒の血族と人間のハーフ。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて

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