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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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1025.「何度騙しても」

 ヨハンの言動すべてが計算に(もと)づいているかというと、そうでもないと思う。大部分はなんらかの思惑あってのことだろうけど、こちらにはそれを知るすべはないし、評価する気もない。だから、ヨハンの言葉の直後にテッドが彼へと飛びかかり、それをわたしが(はじ)いたのが計算であっても、そうでなくともかまわなかった。


 テッドの身が宙で弧を描く。放物線のちょうど頂点のあたりで飛来(ひらい)したナーサの矢を、彼が盾で粉砕する。ナーサがテッドだけを狙ったのは、これが最初だ。着地したテッドはナーサを振り返ることなく、ただひたすらにヨハンを睨んでいる。


「自分が殺されないと思ってるでしょ、メフィスト。ボクは殺すよ? 夜会卿の機嫌なんて知ったことじゃないしね。不純物を切除するほうがボクにとって大事だから」


 世のなかのほとんどの事柄は今のわたしにとってどうでもいい。関心があるのはひと握りで、ニコルと魔王の討伐に(つら)なる事情だけ。その流れのなかにはヨハンも含まれる。だからこそ、今のテッドの発言は捨て置けなかった。


「夜会卿の機嫌ってなに?」


 ヨハンを直々(じきじき)に殺そうとしているのだろうか。あるいは、捕縛命令を出しているとか。なんにせよ、ここで彼に死なれたり離脱されると、最終目的への道のりに影響が出る。ヨハンの存在はニコルと魔王の討伐に必須ではないにせよ、いないよりいるほうが随分マシだ。策謀(さくぼう)()けた協力者の存在は大きい。


 テッドは一笑し、呆気(あっけ)なく答えた。


「知らないの? メフィストは夜会卿に守られてる(・・・・・)んだよ。夜会卿はもちろん、アスターの全員がメフィストを殺せない。キミは知らないようだけど、アスターの革命でメフィストが生き残れたのは、殺される寸前に契約を交わしたからさ」


 なるほど。いかにもヨハンらしいが、彼にしては甘い。ヨハンは、革命失敗後にアスターの牢獄に(とら)われていたなどと言っていた。だとすると、その契約とやらに自由は含まれていなかったわけだ。殺してはならないだけなら、拘束はもちろん、命を奪わない程度の拷問も契約違反にはあたらないだろう。


 テッドは得意になって続ける。もっぱらわたしに向けて。


「ムカつくだろ? メフィストだけはなにをしても殺されないんだ。だからキミら人間の味方を出来たのかもね。考えると腹が立つだろ? 自分たちは命がけで戦ってるのに、たったひとりだけ、絶対犠牲にならない奴がいる。フェアじゃない。そういうのはちっとも純粋じゃない。キミもそう思うだろ? クロエ。ニコルに騙されて、メフィストに騙されて、そういうのはもううんざりしてるんじゃない?」


 テッドがわたしの名を呼んだことに別段違和感はない。わたしのたどった経緯を知っているのも不自然ではなかった。ラガニアの殺人鬼にも素性(すじょう)を知られているのか、という感慨(かんがい)すらない。


 そしてテッドの、共感を求める台詞の数々はことごとく的外(まとはず)れだ。


 一足で彼との距離を詰め、首を一閃(いっせん)し、再びもとの位置へと後退する。テッドの反射神経はさすがのもので、一瞬の横薙ぎに対し、腕をノコギリに変形させて防御の構えを取ったのだが、刃の打ち合う音が鳴らなかったのは彼にとっても意外だったろう。そして訪れた痛みと疑問とが僅かの間、彼の意識を奪ったはずだ。


 痛みだけを与える炎の刃。


 テッドは腕と首を切断される痛みと、焼け付く痛みの両方を味わったわけだが――どうにも反応が鈍い。一瞬顔を歪めて、それから、武器化していない手で首に触れ、なんの傷もないことを確かめた。


「あーあ」とテッドは冷めた声とともに肩を落とした。目だけはやけにギラつかせて。「キミって本当に間抜けだよ。何度も何度も騙されて、それなのにメフィストを信じるんだ。ある意味純粋かもしれないけどね」


「別に信じてはいない」


 なかば無意識に返していた。


「ならなんで(かば)うのさ?」


「協力者だから」


「いつ裏切られるかも分からないのに? 今だって協力者のふりをしてるだけでしょ。不純な奴はいつだってそうさ。いざってときには簡単に手のひらを返す。きっとメフィストは裏切るタイミングを(うかが)ってるだけ。キミら全員を夜会卿に捧げるつもりかもよ?」


 ヨハンは秘密主義者で、裏切り者。その点に異論はない。けれど、わたしと契約を()わしたあと、彼は一度だって裏切りはしなかった。騙しはしても、こちらの目的に反する意図はない。ルドラに捧げられたのだって、煙宿を奪還するために必要な一手だっただけ。


 だからテッドの言葉は(うわ)(つら)にしか聞こえない。もしヨハンがわたしを含めて人間すべてを夜会卿に捧げる腹づもりだとしても、それは裏切りを意味しないのだ。まあ、彼の考えなんて知ったことではないし、ヨハンに限らず他人の脳内を覗き見ることは不可能なのだから断定出来ないけれど。とはいえ、これまでのヨハンの行為を(かんが)みれば、テッドの指摘など一蹴(いっしゅう)出来る。


「ヨハン」後ろにいるであろう、不健康を体現した男へ呼びかける。「何度騙してもかまわない。目的に(かな)っていれば」


 肩を(すく)めるヨハンの姿が脳裏(のうり)に浮かんだ。笑い混じりの吐息が耳に入ったからだろう。


 テッドの殺気が肌を打つ。彼は瞳孔(どうこう)の開いた(まなこ)を、じっとこちらへ(そそ)いでいた。


 弾丸。そう呼んでいいほどの速度で接近したテッドは、矢継ぎ(ばや)に攻撃を仕掛けた。


 戦斧。大槍。(なた)。大剣。ノコギリ。鉄球。


 次々と変異する身体がサーベルと打ち合う。(はじ)かれることも織り込み済みで次の攻撃を仕掛けるといった具合に、武器のバリエーションは数知れない。攻撃範囲も手足の長さを逸脱(いつだつ)しており、鉄球は好例だった。彼は弾き飛ばされつつそれを()り出したわけだが、球とテッドとを直線で繋ぐ鎖を手繰(たぐ)って、鉄球を地面に直撃させて無力化するのに(ろう)はない。手足だけでなく、腹や胸から槍を突き出したのは意外だったが、対処出来ないほどではなかった。


 間断(かんだん)なくわたしを襲う攻撃を弾きつつ、思う。


 テッドの攻撃は単純だ。強者と戦った経験も少ないのだろう。でなければ、異能を十全(じゅうぜん)に発揮出来る戦法を選んだはず。たとえばノコギリ状の腕だけで戦いながら、隙が生まれた瞬間に別の武器を展開するほうが効果的。わざわざナーサの矢を防ぐために腕を盾に変えた時点で、彼の異能の内実は透けた。身体のいずれかを武器に変えられる。少なくとも、わたしのサーベルでは破壊不可能な硬度の武器に。飛び道具を使わないのは異能の制約か。


 切断は出来ずとも衝撃までは無にならないのも、ここまでの戦闘で得た経験である。少し強めにテッドの武器を弾いたら、彼は小さく(うめ)きを上げ、顔を歪ませたのだ。


 テッドが殺意を(ほとばし)らせて以降、ナーサは静観している。テッドの動きについていけない――わけではないはず。その気になれば、テッドとわたしの両方を射抜く軌道で矢を放つだろう。


 それとも、待っているのだろうか。テッドが死ぬのを。


『お嬢さん』耳元でヨハンの吐息混じりの囁きがした。彼独特の交信魔術である。『アリスさんが魔物の壁を突破して血族と対峙しました。もう時間稼ぎは必要ありません』


 これで敵軍の中央左翼部隊は身動きを封じられた。ようやく動き出せる。釘付けを余儀(よぎ)なくされた中央部隊へ斬り込めるわけだ。その中心に夜会卿がいるだろう。王都北門襲撃の総大将であり、マヤとベアトリスの標的が。


 ところで、ヨハンの交信は一方的だ。こちらから秘密の返事は出来ない。


 ゆえに、態度で示す。


「八つ裂きになれよ、馬鹿クロエ!!」


 サーベルを引いたわたしへと、全身から様々な武器を()やしたテッドが近寄る。


 馬鹿とはご挨拶だ。まあ、以前のわたしが馬鹿だったのは事実だし、今のわたしはどんな罵倒も馬耳東風(ばじとうふう)だが。


 金属音の重奏が鳴り響き、いくつもの火花が夜闇を一瞬照らし出した。漆黒の血を吐いて吹き飛ぶテッドが見える。本気の速さと威力で刃を振るい、最後に刺突を食らわせたのだ。


 地面に落下して白目を()いたテッドを見ても、なにひとつ思わない。


 なにせ、邂逅(かいこう)した瞬間に分かっていたから。彼が硬いだけの雑魚だって。わたしが高揚(こうよう)を覚えたのはナーサに対してだけだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『テッド』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。無邪気で子供っぽい性格。戦争までの間、殺人鬼としてアスターの牢獄に繋がれていた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。貴品(ギフト)万世一糸(サビー・タンカ)』を体内に埋め込んでいる。煙宿を一度は制圧したが逆襲され、捕虜の身に。戦争の趨勢に関し、ヨハンと賭け(契約)をしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて

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