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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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1023.「射手と殺人鬼」

 金属質の音色が夜を震わしていた。土を(えぐ)る靴音も。しかし戦場にあるべき咆哮(ほうこう)や悲鳴の(たぐい)はない。


 背後で繰り広げられる戦闘――のようなものを見返ることなく、隣のヨハンに問う。


「いつまで続けるつもりなの」


「アリスさんが左方の部隊と衝突するまでは継続します」


 ヨハンはじっと前方を見つめている。わたしの視線もそちらに固定していた。スピネルが負傷し、煙宿からの援護部隊との合流を余儀(よぎ)なくされた際に敵方の隊列は確認済みだ。がむしゃらな飛行で高度が下がったからこそ視認出来た情報である。


 中央部隊、中央右方部隊、中央左方部隊、後方部隊、最後方のベアトリス部隊。それぞれ間隔を置いてまとまった隊列を()していた。今わたしが数百メートル先に見据えているのは後方部隊である。背後で衝突しているのはベアトリス軍と煙宿の援軍だ。


 もっとも、衝突というより合戦ごっこ(・・・)と呼ぶほうが適切だろう。


 煙宿の兵士が襲いかかってくるのは、ベアトリスや竜人たちにとっては想定外だったと見える。いくらか当惑していたから。しかし、すぐに気付いたようだ。援軍の()り出す刃がことごとく手を抜いていることに。隙を見つけてもあえて狙わないことに。それで一切を承知したらしく、余計な声を発することなく無言の演技を続けている。


 ベアトリス軍の襲撃は敵方の後方部隊を刺激しないため、というのがヨハンの言い分だ。蝙蝠(こうもり)の目を通じて戦況を確認している夜会卿に、ベアトリスの裏切りを露見(ろけん)させない狙いがあるらしい。裏切りが明白となれば、後方部隊や中央の兵力を()いてでもベアトリスを潰しにかかるとの(げん)である。


 ヨハンにしては雑な作戦だ。夜会卿がどんな人物かなんて知らないが、戦場を俯瞰(ふかん)しているなら稚拙(ちせつ)な演技くらい見抜く。もし夜会卿の目が節穴(ふしあな)だったとしても、末端の部隊が襲われているとなれば後方部隊を援護に回すわけで、どのみち夜会卿の兵士が差し向けられるだろうに。


 そう思ったけれど口には出さなかった。どうでもいいからだ。煙宿の人々に包囲されたベアトリス軍を捨て置き、わたしが後方部隊を見つめているのは敵方の動きを見逃さないためである。もし敵の援軍ないしは裏切りを看破(かんぱ)した連中が攻め()ろうとするなら、即座に対応すればそれでいい。敵兵の数にもよるが、雑兵(ぞうひょう)であればわたしひとりであってもどうにか出来る。水も漏らさず、とはいかないかもしれないが。


 かくしてベアトリス襲撃ごっこには加わらずじっとしているわけだが、あにはからんや、二十分は経過していた。少なくとも五分以内に事が起こると思ったのだが。シャオグイはとっくに右方の部隊を落としたことだろう。


「夜会卿は愚者(ぐしゃ)ではありません」とヨハンは出し抜けに言う。「ベアトリス卿の裏切りはほぼ正確に把握しているでしょうな。それでも部下を動かさないのは、慎重を期しているわけです。こちらの出方を(うかが)っている。もっとも、私たちが本気でベアトリス卿を討とうとしたなら、即座に援軍を寄越したはずです。あの男は礼節を過度に重んじる性格ですから」


「見抜かれてるなら演技なんかせずに、ベアトリスと一緒に中央まで行けばいい」


 ヨハンが首を横に振るのが視界の端に映った。


「反旗を(ひるがえ)すなら捨て置けない。この場合もすぐに兵を送り込みます。礼儀に反する行為を放置しませんので。というわけで、敵兵を硬直させておくにはベアトリス卿と仲良く戦うのが一番というわけです」


 夜会卿には後方以外にも注視(ちゅうし)しなければならない場所が複数ある。シャオグイの脅威は承知しているはず。左方に迫る人間の存在も視認済み。なにより重要なのは北門を攻める前衛部隊だろう。ヨハンは礼儀云々(うんぬん)と言ったが、後方にかまけていられない状況を作り出したのはシャオグイに違いない。彼女が右方の部隊を殲滅(せんめつ)したにもかかわらず、大人しくそこに(とど)まっているのはさぞ忌々(いまいま)しいはず。いっそ前衛部隊の背後を取りに来てくれれば、そちらに有力な援軍を送るか、中央部隊そのものを前方へと移動させる決断が出来た。前衛部隊を一旦退かせて、彼らと中央部隊とでシャオグイを挟み撃ちにする戦略も取りうる。残った兵員は後方や左方で時間稼ぎをさせればいい。シャオグイが右に留まり、後方も都合良く足を止めているため、一切の判断を留保(りゅうほ)して行動を起こさずにいるといったところか。


 ヨハンの読みが当たっていたとして、それが戦況に望ましい影響を与えるかは(さだ)かではない。今のところ夜会卿の部隊を硬直させ、遠巻きに包囲しているわけだが、前線に展開した魔物や血族だけで北門の人間が壊滅すれば終わりだ。夜会卿は北門の襲撃に割いた前衛部隊を総動員してこちらを逆襲するだろう。そののち、(うれ)いなく北門を突破すればいい。


「アリスさんが魔物に接敵したようです」


 不意にヨハンが呟いた。ギリギリ聴こえる声量で。


 彼はアリスと視覚を共有しているわけではないと思うのだが、どこで情報を得ているのやら。とはいえこちらの行動が決まっている以上、興味はない。


「そう。じゃあ進軍開始ね」


「いいえ。アリスさんたちが魔物の壁を突破して血族の部隊に接触するまで動きません」


 魔物に足止めされるようなら、左方の部隊を動かされる懸念があると想定しているのか。敵の陣形を固定させる狙いならば、大人しく待つほうが賢明ではある。左も気を抜けないと分かれば、夜会卿はますます動きにくいだろう。


 とはいえ、部隊を構成しているのはひとりひとりの血族で、誰もが夜会卿の忠実な手足というわけでもない。


 後方部隊から弾丸のごとく疾駆した影がひとつ。抜刀し、敵の軌道上へとわたしが動いたのは当然の対処だ。風の刃を放ったのも。


 接近する影はことごとく()えざる刃を回避し、生身で突っ込んでくる。


 敵の姿を目で捉え、それが癖毛(くせげ)の少年だと分かっても躊躇(ためら)いはなかった。彼の疾駆に合わせて刃を振り――。


 金属音ののち、相手は前方へ吹き飛ばされたが、余裕の表明なのかなんなのか、宙返りして着地した。


 半袖の白シャツに、グレーの膝丈(ひざたけ)ズボン。血の(あと)は一滴もなかった。そして武器らしきものも()びていない。わたしに斬られる寸前、胸の前を右腕で(かば)ったのを確認している。そのときは金属質のなにかが見えたのだが。まさか錯覚ということはないだろう。魔術による幻覚ならまだしも、今のわたしが見間違えるなんてないはずだ。


 少年――よく見ると少年じみた顔と背丈をしているだけで、実年齢不詳(ふしょう)の男――は、ニヤニヤとこちらを指さした。


「いいね、キミ。結構強そうじゃん。ボクはテッド。よろしくね」


 高く澄んだ声だ。やっぱり少年なのかもしれない。なんであれ、かまわないけど。


「で、なんでみんな本気で戦ってないの?」


 どうやらテッドと名乗った男にはお見通しらしい。離れていようと、分かる者には分かるのだ。殺意の有無は。


「お嬢さん」と、いつの()にか後ろに下がったヨハンの声が届く。「彼の相手は任せました。無邪気な見た目ですが、アスターでは悪い意味で有名人ですのでご注意を。猟奇(りょうき)殺人鬼です」


 それを聞いてもなんら心が動かない。彼が同胞(どうほう)を何人手にかけていようと知ったことではないからだ。


 それより、もっと気にすべきものがある。


 テッドがひょいと身を()らすとともに、彼の頭のあった場所を大振りな矢が駆けた。彼を狙ったのか不明だが、わたしにも直撃する軌道である。速いが、対処は遅れなかった。風切り音で事前に察知していれば準備は出来る。


 ただ、意外だったのは射手(しゃしゅ)の接近速度である。あっという間にテッドの横合いから彼に衝突し、互いに衝撃のまま数メートル吹き飛んで着地した。


 仲間割れだろうか。だとしたら都合がいい――と思ったのだが、わたしを捉えた闖入者(ちんにゅうしゃ)の無表情がみるみる崩れていくにつれ、このまま敵同士の潰し合いにはならないのを悟った。


 金糸で唐草(からくさ)模様を描いた薄絹(うすぎぬ)をまとい、下は鈍色(にびいろ)のゆるいズボン姿。手足の宝飾はルドラの配下を思わせるが、違うのは分かっている。その褐色(かっしょく)の肌にも、中性的な顔にも覚えがあった。額から突き出た角のようなものは謎だが、間違いない。


 以前王都を襲撃した妄想の魔物――ガジャラを操っていた混血の双子の片割れ。


 彼――あるいは彼女――の目は見開かれ、顔のあちこちに青筋を立てている。それなのに口元には興奮を(おさ)えきれないような(よこしま)な笑いがあった。


 どうやらあちらも、わたしをしっかり覚えているらしい。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『テッド』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。無邪気で子供っぽい性格。戦争までの間、殺人鬼としてアスターの牢獄に繋がれていた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。貴品(ギフト)万世一糸(サビー・タンカ)』を体内に埋め込んでいる。煙宿を一度は制圧したが逆襲され、捕虜の身に。戦争の趨勢に関し、ヨハンと賭け(契約)をしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて

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