Side Zell.「既知の異形」
※ゼール視点の三人称です。
ゼールは戦況を俯瞰し、より一層気を引き締めた。
砲台は残り二機まで破壊され、突撃した前列の兵員も魔物を相手にほぼ散った。これらは事実である。白銀猟兵が自爆する点も事実だが、むろん遺恨があった。当の兵器を配置したオブライエンが機構を明かしていれば、もっと有効な作戦を組めた可能性はある。少なくとも、白銀猟兵とともに兵士が爆散する事態は避けられただろう。魔物を巻き添えに出来たとしても、数的不利は変わらない。
ゼールは自爆の事実を知った時点で、交信魔術師を通じて爆発範囲を算出し、いまだ稼働していない白銀猟兵も含め、巻き込まれる憂いのない位置取りで戦闘ないし待機するよう全軍に命じた。それによって隊列が歪に広がったものの、やむを得ない。敵の遠距離攻撃で非稼働の白銀猟兵が破壊されれば、陣形の崩壊どころの騒ぎではないのだから。
まだ敵の出現から一時間程度しか経っていないが、先行きは暗い。暗いが、各人の働きが灯明となって総員を照らしているように思う。王都の守護者たる者の光、人間そのものの光だ。
特にハルキゲニアからの援護部隊の活躍は目覚ましい。
壁上の狙撃手は、敵方の射手を討ったと聞いている。多くの砲台が破壊されたが、ふたつだけは守り抜いたのだ。
そして左方に生じた異変――血族の途絶えぬ突出は、盗賊団の片割れが封じたと見るべきだろう。魔物の軍勢を切り抜け、異様な作戦を指揮する者をどうにかしたはずだ。
右方の盗賊団もまた、武勇を上げた。多くの魔物を討ち取り、敵将のひとりから敗北宣言を勝ち取ったのだ。
右方での朗報が届く以前に、ゼールは中陣の半数に、敵中央への突撃を命じた。砲台がほぼすべて潰えた今、いつ魔物が進軍してもおかしくない。その前に、比較的層の薄い中央の魔物を突破させ、本命を引きずり出す。それがゼールの狙いだった。兵士を捨て駒として扱っているよう受け取られかねないが、そのような批判は承知の上である。戰場に立つ大将が部下の死を嫌って命令を躊躇するなどあってはならない。守る戦いだからこそ、いまだ果ての見えない戦力差があるからこそ、常に最善のときを選んで兵を動かす義務がある。ひとりの命、ひとりの亡骸は終わりを意味しない。流れた血と、温度を失った肉体が王都の明日に、未来に、希望に繋がっている。ゼールもまた、礎となることになんら抵抗を感じていない。
とはいえ、中央だけ手薄なのは不自然ではあった。誘い込まれている印象が拭えない。兵士たちは雄叫びを上げて果敢に突っ込んでいるが、巨大な落とし穴が存在するだろう。それはいかなる罠だろうか。
意想外は常に存在するとして、心当たりはひとつある。
不意に、中央の遥か先から高速で飛ぶ影を見た。球。そのように映る。猛スピードで放たれたそれは、壁上に残った砲台を狙う軌道だった。投擲物が一キロ圏内に入った瞬間、並び合う両の砲台が光を照射し、謎の物体を消し炭にする。残骸は地上に降り注ぐことなく、中途で霧散した。
一連の経過を余すことなく目にしたゼールは、なにが起きたのか正確に読み取った。
スピナマニスという魔物がいる。アルマジロに似た姿だが遥かに巨大な身体を持つ中型魔物。強固な外殻を持ち、弱点は腹部。引っくり返せば始末出来る手合いだが、厄介なことに攻撃時には身体を丸めて突進する特徴がある。その間、弱点は完全に隠れるものだから通常は討ち取れない。攻撃態勢が解除されるまでひたすら回避に徹するほかないのだ。
壁上への投擲物は、スピナマニスに違いなかった。敵方は丸まったその魔物を、鉄球よろしく放り投げたのである。異常なまでの遠距離から。
そして次に起きることも予見出来た。
「魔術師に告ぐ! 空中に防御魔術を展開し、投擲されるスピナマニスから砲台を守り抜け! 逸らすだけでいい! ただし、決して壁内に入れぬように! 落下した魔物は地上の部隊で討て!」
ゼールの指示からほとんど間を置かず、次々とスピナマニスが投げ込まれた。いずれも標的は砲台。直撃する軌道は少ないものの、数が尋常ではない。
砲台に欠点があるとすれば、次弾の射出まで約五秒を要する仕様が挙げられる。壁上に砲台が居並ぶ状態であれば、弱点は問題なくカバーされただろう。敵にもっとも近い砲台が攻撃を放つため、自然と待機状態の砲台が生まれる。しかしながらふたつに減ってしまえば五秒の間隔はもどかしいほど長い。
魔物の進軍を留めている要因は、いまだに残る二機の砲台だろう。それが失われれば、大群が押し寄せる。いつかの王都襲撃の日とは比べ物にならない数と種類の大群が。
幸いなことに、魔術師による防御壁が成果を発揮し、生ける凶弾が砲台を破壊することはなかった。今のところは。ただ、壁に激突し、地上に落ちたスピナマニスは被害をもたらす。白銀猟兵も稼働し、陣形も乱れるはずだ。一体や二体ならさして問題ではないが、およそ一秒ごとに投げ込まれるものだから、ゼールが歯噛みしたのも無理からぬことだろう。スピナマニスの相手をするのはもっぱら後方部隊だ。北門を守護する最後の砦といっても過言ではない。防衛に長けた人員を配置している。裏を返せば、攻撃面に多少の不安があった。
策を講じるか迷ったのは一瞬である。
結論として、ゼールは最前の言葉以上の指示を出さなかった。まだ明かすわけにはいかない手札がある。必ずや戦場にいるであろう仇敵が勇んで突撃を仕掛けない限り、無闇に消費すべきではない手札が。
『追加の人員で中央の魔物を突破! 血族の隊列を視認!』
中陣の半数を投入してほどなくの交信だった。交信魔術師の何人かは、主要な兵士と視覚を共有している。ゆえに最前線の状況を常に認識でき、遅滞なく報告出来た。
中央の魔物は切り崩せている。中陣の戦力は続々と血族に迫るだろう。
この段階で動くはずだ。血族どもが血を流さず、魔物をひたすら盾にする腹積もりならば。
『うっ――』
交信に呻きが乗ったのも無理はない。ゼールの位置からもその異変は捉えられたのだから。
轟音とともに舞い上がった土煙のなか、異形の影が揺らいでいる。
「突撃した兵士に交信せよ。中陣まで退け」
ゼールは隣に侍る交信魔術師に命じた。
ようやくか、と思う。ゼール自身は、夜闇に現れた奇怪な魔物を直接目にしたのはこれが最初だったが、話には聞いていた。
キュクロプスに匹敵する巨躯に、四つ足。長い鼻の付け根から二本の巨大な牙がそそり立つ。そして周囲を威圧する単眼。
王都襲撃の日、東西南北の門を破壊した巨象の魔物。どの文献にも記されていない未知の怪物。名はガジャラ。双子の血族が異能で顕現させている魔物。そのあたりの細かい情報は、共益紙経由でクロエから聞きおよんでいる。
居ると読んでいた。壁を破壊するに足る力を持つ異形を、此度の戦争で使わない理由はない。そしてガジャラが出現したならば、起こす行動はひとつ。
巨躯が身動ぎし、やがて付近の魔物を薙ぎ倒して進行した。砲台の攻撃を身に受けても、即座に再生していく。その状態になんの不思議も感じない。あれは双子の血族の妄想の産物なのだ。いかなる攻撃を受けても死滅はありえない。
ガジャラを先頭に、魔物たちが進軍を開始する。砲台の標的になるのはもっぱらスピナマニスとガジャラなのだから、魔物どもが歩みを進めるのは道理だ。
王都の門を破壊した仇敵を見据え、ゼールは深く息を吐いた。
「あの日の王都の借りを返してやろう」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて
・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場
・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『共益紙』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて




