Side Jack.「死を、何度でも」
※ジャック視点の三人称です。
ジャックは死んだ。紛れもなく死を経験した。疑いはない。
だからこそ、首を飛ばされて死を迎えた直後、目の前に膝を突いた団員の背があり、その先にシキとザレハドラが立っていたのはひどく奇妙な幻覚に思えた。だが、幻覚はいつまで経っても消えない。そっと首に触れると、ちゃんと繋がっていたし、血液の流れも手指に感じた。身体はともかくとして、手が震えているのは仕方なかろう。誰しも死は一度だけの体験なのだから。
「君は死んだ」
シキの目がジャックを冷たく射る。それから彼は手にした剣に視線を落とし、やはりなんでもないことのように続けた。
「この剣はザレハドラ様の持つ貴品だ。今は故あって私が使っている。名は『死随剣』。戦わずして斬り合った結果のみを与える代物。幻覚ではあるが、誇張は一切含まれていない。純粋に相互の実力が反映される。『死随剣』には欠点があってな、生憎、私はその幻覚を知るすべがない。しかしその必要もないだろう? 君は死んだ。戦闘開始から一秒少々で」
弛緩しそうになる身体を持ちこたえ、ここにいるタソガレ盗賊団の面々がどうして腑抜けた状態になっているのかようやく知った。彼らはシキにより、等身大の死を与えられたのだ。それで意気を挫かれたらしい。
なるほど、と思う。シキが虚言を弄しているようには聴こえない。一度殺され、この説明を受ければ再び立ち向かう勇気はなかなか持てないだろう。死はあまりにも唐突に、それでいて否定しようのない強度で展開されたのだから。
おそらくグレキランス兵はそれでも立ち向かい、現実の死を迎えたのだ。
彼らの猛進が勇気の産物ではないのは、ジャックも悟っている。魔物相手への異様な殺意と死を恐れぬ奮闘ぶりはこれまでの夜でも目にした。内情は分からないが、彼らが帯びた剣が魔具であることから、戦意を否応なしに向上させるものだろうとアタリはつけている。死してなお、彼らはシキに挑んだに違いない。戦意の導くまま。
たった二撃。
異質な雰囲気は感じていたが、これほど強いものなのか。理不尽なまでに。
クロエに敗北してから、それなりに剣術を磨いたつもりだった。彼女は歩みを止めない。強くなり続けるだろう。だからこそ彼女と再戦する機会がもしあるならば、停滞するわけにはいかないと強く思ったのである。実際『鏡の森』で眺めたクロエは、以前とは比較にならない強さを有していると直観した。
ハルキゲニアの城で流血し、倒れた己が覚えた『生の実感』は今でも記憶のなかで煌々と光を放っている。空虚さの付け入る隙のない満足が我が身を包んでいた。
このシキという男はとんでもなく強い。ハルキゲニアでのクロエは優に越えている。
「ウハハ!」ザレハドラの笑いが耳を打つ。「爆弾なんぞでシキをどうにか出来ると思ったか、人間よ! シキの言葉に嘘はないと俺が保証しよう! 男爵の権威をもって! シキと実際に剣を交わさない幸運を噛み締めるがいい!」
いい加減、ジャックにもザレハドラの言葉の底意が読めてきた。この、一見すると偉丈夫な巨漢は、戦闘を忌避している。実力面でシキに後れを取っているばかりが理由ではない。生粋の小心者なのだ。それでいて傑物を気取っているのは、虚栄心と実際の立場とが手を取り合った結果だろう。
ザレハドラの言葉は文言通りに受け取る必要はない。変換するならば『大人しくしていてくれ、これ以上不安がらせないでくれ』といったところか。
「ひとつ聞かせてくれ……」ジャックは不確かに鼓動する心臓を意識しながら、なんとか声に出した。「お前にどんな信義がある……?」
「ウハハ! 俺の信義は――」
「ザレハドラだったか、お前には聞いていない……。俺はシキに訊ねているんだ……」
露骨に赤面するザレハドラとは対照的に、シキは顔色ひとつ変えなかった。そもそも黙っているときも口を開いても、この男には表情というものがない。
「信義などない。私は武の極地にしか興味がない。武を極めるのに不要なものはすべて捨ててきた。武に寄与せぬものは私にとって夾雑物だ」
「虚しいな……」
「虚しさすら感じない」
シキの言葉を得て、ジャックは完全に死の困惑から立ち直った。クロエが信義による強さならば、シキのそれは虚空の強さだ。昔の自分と似ているようで違う。武というたったひとつの芯があるから、虚無感とは無縁なのだ。あらゆる情動を排してなお、虚しささえ感じ得ない。
ジャックは半身になってレイピアを構えた。
「もう一度、死を教えてくれ……」
「本物の死か? それとも幻覚のほうか?」
「後者で頼む……」
実際の死を恐れているわけではない。確かめたかったのだ。自分が先ほどとまったく同じ経緯で死ぬか否かを。
果たして、経緯は異なったがジャックは二度目の死を経験した。
踏み込んできたシキに対し、今度はジャックから初撃を見舞い、悠々と払われた。返す刀で横薙ぎを繰り出したシキに、ジャックは跳躍で回避して高速の斬撃を放ったのだが、レイピアが大きく弾かれたのち、首を刈り取られたのである。
現実に回帰しても死の感覚が残っていた。自然、呼吸も荒くなる。
「もう一度――」
シキが間合いを詰めて初撃を放つのを回避し、ジャックはレイピアで逆襲したが、逸らされた。本来ならば弾かれるほどの威力であったが、敵の剣速も威力も承知している。分かっていれば弾かれる愚は犯さない。シキの高速の二撃目をしゃがんで回避しながら足へ刺突を繰り出したが、無為に終わった。すべての軌道が読めているように、敵は剣を避けつつ前進し、こちらの身体を真っ二つに薙いだのである。
現実に還り、構えを解かずにシキを見据えた。ここまでで分かったことがある。死の克明なビジョンのなかで、シキとは異なり、自分は自由に戦える。死を経験した者として、最前の死を糧に次の段階へと進めるのだ。
「何度やろうとも君は死ぬ。死ぬまでの時間は延びているようだが、結局は死ぬ」
「それでも付き合ってくれるんだな、お前は……」
「砲台が消えるまでの退屈凌ぎだ。それに、少しばかり興味がある。君のように何度も死にたがる弱者には会ったことがない。大抵は心が先に死ぬものだ。そこにいる人間たちのように」
団員のことを指しているのだろう。異論はない。死の繰り返しには耐え難い苦しみがある。ただ、ジャックの場合は繰り返すだけの理由があった。今の実力では決して敵わない相手と何度も再戦するのは有意義である。
しかしながら、シキの底が見えないのも確かだ。勝てるイメージが一向に描けない。とはいえ、試せばいいだけでもあった。死の繰り返しで成長があるならば、それは歓迎すべきである。
四度目にシキが接近したとき、ジャックはあえて砲台の認識圏内――つまり壁から一キロの地点まで後退した。シキが一歩踏み込めばこちらは斬られる。そんな位置取りである。しかし敵は決して踏み込まなかった。それだけ確認してから、あえてシキに飛びかかって八つ裂きにされたのである。
五度目も確認に費やした。壁から一キロ圏外ではあるが、白銀猟兵の稼働領域である半径百メートルにおびき寄せたのである。これに対し、シキはなんら躊躇なく領域内に踏み込んでジャックを殺しおおせた。シキの脚力であれば、白銀猟兵を振り切って百メートル圏外に逃れるなど造作もないと示している。砲台に関しては、味方への被害の憂いがあると判断したのだろう。妥当だ。
死を繰り返して進む。その歩みは幻想の血溜まりで汚れているだろう。死は常に新鮮で、慣れることはなかった。それでも『もう一度』と願ったのは、信義ゆえである。シキは疑いなく敵方の強大な戦力だ。それを削げたなら、戦況も好転しうる。
もうひとつ。
武への異常なまでの希求という思想を否定するつもりはないが、いささかなりともシキに満足を与えてやりたかった。かつて自分がクロエに贈られたように。これほど強い男が、強さ以外になにひとつ持っていないことに憐れみを覚えてしまう。余計なお世話だろうが。
砲台がほぼ壊滅したのは、およそ百度におよぶ死を経験した頃だった。そこに至るまで、戦闘時間は最長で五分まで延びている。いずれもこちらが死んだ。
「もう頃合いだ。私は中央に向かう。君が邪魔立てするなら、次に与えるのは本物の死だ。どうする?」
突破を許せば、グレキランス兵はシキによって蹂躙されるだろう。死の幻覚で意気消沈しないのだから。
むざむざ強敵に道を開けるのは、己の抱く信義に、正義の姿に反する。正しさの在り処を穢してはならない。
ジャックはレイピアを構え、切っ先をシキへと向けた。
「手合わせ願おう……」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ジャック』→『タソガレ盗賊団』元リーダー。ハルキゲニアでは帽子屋を名乗り、騎士団長をしていたレイピア使い。魔力察知能力に長けている。現在は『タソガレ盗賊団』に復帰して副団長を任されている。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』『幕間.「Side Jack~正義の在り処~」』にて
・『ザレハドラ男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。豪放磊落な態度と大柄な見た目に反して小心な男。側近のシキに貴品を与え、自分の代わりに戦ってくれるよう懇願した。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『シキ』→黒の血族で、ザレハドラ男爵の側近。ザレハドラの貴品の実質的な所有者。線が細く、小柄で眼鏡をかけた男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて
・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて




