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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Jack.「シキ」

※ジャック視点の三人称です。

 右方前列の兵士は、犠牲を出しつつも順調に敵を討っていた。少しずつではあるが魔物の隊伍(たいご)に食い込んでいたのである。彼らが魔物を討ちつつ直進したのは、特別な理由があってのことではない。もっとも近い敵が常に前方にいただけだ。このままの速度で討ち続ければ、いずれ(ひし)めく魔物の壁に穴が()くだろう。その前に尖兵(せんぺい)が全滅する可能性が非常に高いのだが、どこであれ敏感な者はいる。魔物が豊富なうちに、突出した人間を狩ろうと考えたのが臆病さゆえであろうとも、間違った戦略ではなかろう。


「ウハハハ!」


 夜闇に響く笑いを聞き、ジャックは駆けた。兵士たちが、そして団員たちが戦い続けている場所へと。


「我が名はザレハドラ! 爵位は男爵である! 脆弱(ぜいじゃく)なる人間どもよ、聞け! 貴様らは今宵、我らに敗北する! 敗軍の兵として我らに拝跪(はいき)する運命(さだめ)にあるのだ! 死にたくなくば――待て、シキよ! 突出するでない! ああっ」


 声の源は魔物を盾にして数メートルほど後方にある。そのあたりに血族の気配がわだかまっていたが、単独で動く気配があった。兵士たちへ向けて、一直線に。


 すぐ戦闘になったとしても、自分が駆けつける猶予(ゆうよ)はあるとジャックは踏んでいた。だからといって足は緩めなかったのだが――。


 タソガレ盗賊団の背にたどり着き、ジャックは歩みを止めた。団員は扇状(おうぎじょう)に広がって、誰もが膝を突いている。彼らの視線の先には、痩せた小柄な影がひとつ。


 横に撫でつけた黒髪に、眼鏡。長袖の開襟(かいきん)シャツのボタンを(えり)まできっちりと留め、下はスラックスである。怜悧(れいり)な顔立ちと相まって、役人のようであった。ただ、それは外見のみの印象である。


 片手には両刃の細い剣が握られ、周囲のグレキランス兵はひとり残らず斬り殺されていた。悲鳴は聞いていない。(うめ)き声も。それらを上げる余裕さえなく殺されたのだろう。


 不思議なことに、団員はひとりも死んでいなかった。ただ、ひとりとして剣を構えていない。武器を地に捨て、(あえ)ぎ、苦悶の表情を浮かべていた。


 不意に、魔物の群れから野太い腕が伸び、眼鏡の男の肩を掴んだ。やがて現れた姿は、実に戦場に似合う風体(ふうてい)である。鎧をまとい、大剣を背負った巨漢。逆立つ黒髪の下で、大きな眼が素早く周囲を眺め渡す。


「シキ。(いさ)むのは結構だが、貴君(きくん)は俺の側近だ。闇雲に突っ込んでなにかあったらどうする」


「なにかあったら……? なにもありません。ここにはなにも」


 (ひげ)の巨漢は先ほど名乗ったザレハドラなる男だろう。そしてシキというのは、兵士を手にかけた役人風の男だ。


 ザレハドラは(おびただ)しい数の兵士の亡骸を見やって腕組みし、目を(つむ)った。血族の顔色についてジャックは知らないが、少しばかり青褪(あおざ)めて見えないこともない。


「殺す必要があったのだな?」


 ようよう目を開け、ザレハドラは静かに問う。シキは間を置かず頷いた。


「意気が(くじ)けない手合いは殺すほかありません」


「まあ、それはそうだが……しかし、なぜ突出したのだ」


 眼鏡の男がこちらを一瞥(いちべつ)する。ジャックも視界に入っているだろうに、この男の目には()まらない。敵方がひとり増えたことに気付いた素振(そぶ)りもなかった。


「強き武芸者か、練達(れんたつ)の魔術師がいると思ったのです」


「なるほど。貴君は勇を(ふる)って危機を払ったわけだな。今回は大目に見るが、主君の命令に(そむ)いてはいかん。戦場での指揮官は――」


「いませんでした。武人に(あたい)する者など、ひとりたりとも」


 ザレハドラは機敏に周囲を見渡し、シキなる男は指揮官を見上げたまま突っ立っている。血を払い、剣を腰の鞘に納めさえした。彼の表情はザレハドラが現れる以前からずっと変わっていない。無だ。なにひとつ注視することなく、顔のすべてのパーツが凍り付いている。


 ジャックがなにより怪訝(けげん)に思ったのは団員の態度である。血族を前にして武器を構えさえしない。ちらと覗いた目は怯えからか、激しく震えていた。


 シキとやらが現れてから自分がここに来るまで、そう長い時間はかかっていない。グレキランス兵が蹂躙(じゅうりん)されたのがショックなのかもしれないが、味方の死でこうも狼狽(うろた)えるとは思えなかった。ひとりならまだしも、全員が戦意を失っているのだから、なおのこと異常である。


「それは残念至極。グレキランスの地に猛者(もさ)がおらずとも仕方あるまい。しかし、貴君が満足する相手をいずれ必ず用意してやろう。分かったら隊列に戻るぞ」


 よく見ると、魔物の群れの先にちらほら紫の肌が散見される。ザレハドラの部隊員だろう。魔物を盾にして応戦する構えか。誰もが長槍を手にしているようだった。()のある風貌(ふうぼう)に反して、ザレハドラとやらは慎重な男であるらしい。それとも、(ぶん)(わきま)えているのか。どうもジャックには後者に思えた。直感に()るところが大きいが、ザレハドラよりもシキのほうがよほど強者だ。まとっている雰囲気がまるで違う。


 退くよう(うなが)すザレハドラに対し、シキは視線を北門の中央に向けた。そして「ひとり」と呟く。


 ザレハドラは首を傾げ「ん?」と問うた。


「ひとりだけ武人と呼べる者がおります」


 敵陣の中央に。


 シキはそのように続けた。


 こちらを歯牙(しが)にもかけないシキの態度に、別段不快を感じはしない。特に『中央』という言葉には納得した。


 戦場における強さは単純化出来るものではない。それぞれ役割があり、得手(えて)がある。集団戦で力を発揮する者もいれば、敵の裏をかくのが得意な者もいよう。(もち)いる定規(じょうぎ)が異なるのだから、力を計ったとて比較は出来ない。ただし、個人の戦闘力という意味ならば、自分より強い者はひとりだけ思い当たる。騎士団の長であり、北門の総大将ゼール。邂逅(かいこう)した瞬間に悟ったものだ。この男は図抜(ずぬ)けて強いと。


「砲台が無化(むか)されたのち、私は中央に向かいます」


「それは許可出来ん。我々が任されたのは左陣だ。勝手な振る舞いは()らぬ混乱を招く」


「お言葉ですが、ザレハドラ様。混乱をきたすのは敵方です。私が単身で敵陣を斬り裂いてご覧に入れましょう。どうぞ、ザレハドラ様は左陣に控えていただければ」


「シキよ。先ほども言ったろう。貴君は俺の懐刀(ふところがたな)だ。勝手にそばを離れるな」


 二人が折り合いのつかない会話を繰り広げるなか、レイピアを片手に、ジャックは()いた片手で腰に下げた布袋からそっと円筒を取り出し、音もなくマッチに火を()けた。爆弾である。グレキランスの援護にあたり、ウォルターがほぼすべての団員に支給した品だ。壊滅的な威力はないものの、まともに食らえばひとたまりもない。深刻な傷に至る。人間ならば、よくて重症だ。


 シキが中央に目を向けている隙に、ジャックは素早く円筒を投擲(とうてき)した。導火線をあえて短く切り、すぐに爆発するようにしてある。シキに到達した瞬間に炸裂(さくれつ)する算段。


 (くう)を切る爆弾は、火が消えないギリギリの速度で放たれた。完璧な軌道と速さ。なにより、爆弾はシキの視界に決して入っていなかったはずだ。ザレハドラは気付いたようだが、声を上げるにも遅い。


 しかし、爆破は起こらなかった。シキまで一メートル強の位置で火が消えたのである。


 (いな)、導火線が斬られたのだ。そののち、爆弾を剣の腹で受け止め、血溜まりのなかにぞんざいに(ほう)ったのである。


「なんだ、今のは」とザレハドラは顔に汗を浮かべている。


 多くの者が知らずとも、あるいは歴史の流れにより忘れ去られていても、どこかに必ず知識を(ゆう)している者がいる。


 シキはなんでもないことのように答えた。


(いにしえ)の兵器です。火薬を用いた爆弾」


「ば、爆弾!?」とザレハドラは大袈裟(おおげさ)に身を()らす。そんな彼と比較して、シキは冷静である。


「鉱山などで岩盤の発破用に発明されたようですが、のちに兵法に転用されました。今はご承知の通り、魔術や魔道具で代用されております」


 あまりにシキが淡々としているからだろう、ザレハドラも多少落ち着いた風情(ふぜい)で「はあ、そうか」なんて言っている。


 上手くいかないだろうとは思ったものの、まさか爆発に至らないとはジャックも考えがおよばなかった。目眩(めくら)ましにすらならなかったのは痛手である。


 しかし、彼の想定外はその程度では済まなかった。


 剣を抜いたシキが一瞬でジャックとの間合いを詰める。敵の初撃は異様な速度で迫った。なんとかレイピアで受け流したものの、重い。


 しかし敵の二撃目は、初撃より遥かに速かった。


 あ、と思ったときにはすでに敵の剣は振り抜かれていて――。


 視界が落ちる。身体に力が入らない。


 首を真っ二つにされたと気付いたときには、すでにジャックは死んでいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジャック』→『タソガレ盗賊団』元リーダー。ハルキゲニアでは帽子屋を名乗り、騎士団長をしていたレイピア使い。魔力察知能力に()けている。現在は『タソガレ盗賊団』に復帰して副団長を任されている。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』『幕間.「Side Jack~正義の在り処~」』にて


・『ザレハドラ男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。豪放磊落な態度と大柄な見た目に反して小心な男。側近のシキに貴品(ギフト)を与え、自分の代わりに戦ってくれるよう懇願した。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『シキ』→黒の血族で、ザレハドラ男爵の側近。ザレハドラの貴品(ギフト)の実質的な所有者。線が細く、小柄で眼鏡をかけた男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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