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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Jack.「信義ある人生の彩り」

※ジャック視点の三人称です。

 ゼールによる突撃命令が下され、前列の人々が(いさ)んで魔物へと向かうなか、右方中陣に展開したタソガレ盗賊団の半数は最前線を補助すべく陣を前に進めていた。もっぱら負傷者と交代して戦線維持をする目的であったが、どうにもその機会が訪れない。グレキランスの兵は傷を負おうとも意に介さず、血気(けっき)(ふる)い、刃を止めないのだ。彼らの勇猛さに度外(どはず)れな、ある種異常なものがあることに盗賊団の誰もが大なり小なり気付いただろう。右方の盗賊団を指揮する、副リーダーのジャックが一番はじめに悟ったことである。


 果敢に戦ってはいるが、前列の兵士は遠からず全滅するのではないか。そのようにジャックは予見したが、今のところその(きざ)しはない。しかし無数と表して差し(つか)えない大軍勢に比して、人間の兵数はあまりにも少なく感じた。魔物だけで、北門防衛の総員を遥かに(しの)いでいる。そして魔物の隊列の先には本命の血族が控えているのだからなお悪い。


 ジャックはすでに、前列の兵士からやや離れた、右方の末端に展開する魔物から順に討ち取るべく歩みを進めていた。盗賊団の面々には前線兵の補助をするよう言い渡して。次々と砲台が破壊されるなか、敵の動静を待つばかりでは旗色がどんどん悪くなるのは明白だ。


 ジャックの単独行動に関し、誰も異を唱えなかったものの、同道しようとする者もいなかった。もとよりあまり信頼されていない向きがある。それも当然だ。過去を(かんが)みれば。


 かつてジャックはタソガレ盗賊団のリーダーに座し、夜間防衛のビジネス化を実行した立役者だった。しかし個人的な理由から消息を絶ち、ハルキゲニアの騎士になった経歴を持つ。それだけならまだ、団員たちから(けむ)たがられることはなかったろう。


 ハルキゲニアによるタソガレ盗賊団襲撃事件。ジャック当人が直接関わってはいないものの、彼は悲劇を黙認した立場にある。そしてハルキゲニアで革命が成功し、処刑されるであろう状況から彼を救い出したのが当時の団長ウォルターだった。かつて自分をもっとも(した)っていた男である。


『――あんたにはタソガレ盗賊団の副リーダーをやってもらう』


 (つぐな)いとして求められたのがそれだ。以来、忠実に勤め上げたつもりではいる。しかし遺恨(いこん)が消えるはずもない。それが自然だとジャック自身理解していた。それでも投げ出さずに副リーダーとしての仕事をまっとうし続けたのは、たったひとつの理由からだ。


 かつての自分は間違った世界に順応しようと生き、膨大な空虚さを抱えていた。そして負けたのだ。このどうしようもなく間違った世界で足掻(あが)き続け、信義を貫いたひとりの女性に。どんな状況であれ正しさを追い求める刃に。


 敗北の日からずっと、ジャックは正義を探している。それは不定形で、とかく揺らぎやすいものだった。万人にとっての正しさなど存在しない。ただ、道義に照らせば大抵の物事は正義の反射を返す。彼はそれに従って、今日この日まで歩んできたといっても過言ではない。


 グレキランスに来た理由もそうだ。正義を()すため。それ以外の理由もないではないが、ごくごく個人的なものである。空っぽだった自分を満たしてくれた――あるいは空虚さを忘れさせてくれた女性、クロエの恩義に(むく)いるため。そして(あた)うなら、クロエに再会したかった。


『鏡の森』で一度再会を果たしているが、どうやら彼女は変わってしまったらしい。目を見てすぐに分かった。なにか途轍(とてつ)もなく巨大な出来事により、精神のかたちが(ゆが)められてしまったように思えたのを、昨日のことのように感じる。ジャックは森で、結局彼女とひと言も声を()わさなかった。手前勝手だと思うが、あのクロエは自分の会いたかったクロエではない。もう二度と、望む彼女に再会出来ないとして、それはそれでかまわなかった。記憶のなかの、正義に()える姿はいささかも損なわれない。現存するか(いな)かは問題ではないのだ。多少の寂しさは、自分で始末をつけるべき感情である。


 レイピアを手に魔物の隊列にひとり足を踏み入れた。四方八方から訪れる魔物の凶刃に対し、ジャックは呼吸を乱すことなく回避し、無駄なく致命傷を負わしていく。小型大型問わず、対処は変わらない。手数が違ってくるくらいだ。もとよりこれまでの人生で魔物相手に全力を出した記憶はない。あまり馴染みのない(しゅ)であっても、それが尋常(じんじょう)の生物の姿をしている限り、弱点は一目で見抜けた。


 キュクロプスの脚の健を斬り、キマイラの喉笛を裂く。タキシムの放つ弾丸を切っ先で()らし、すぐに間合いを詰めて八つ裂きにした。グールや子鬼は言うにおよばず。頭上からときおり襲撃してくるハルピュイアの動きさえ手に取るように分かる。つまり敵ではない。


 ジャックは右方の末端に展開した魔物を一手に引き受けながら、彼から離れた場所で戦闘を繰り広げるグレキランス兵や団員の様子を(うかが)う余裕さえあった。視界に入っていない魔物をも容易(ようい)に斬り伏せるほど卓越した察知力の賜物(たまもの)である。魔物の気配はもちろん、魔力の感知においてもジャックは人並み外れたところがあった。意識して磨いた能力ではない。生きる過程で自然と身についた力だ。


『今日はこれだけ? ああ、そう』


 乞食だった亡き母の口癖。


『次、うちの作物を盗みやがったら殺すぞ、クソガキ』


 畑で捕まったときに農夫から浴びせられた脅し文句。


『ジャック。早いとこそいつの首を切れ。これは仕事だ。それとも、そいつの代わりにお前が死んでみるか?』


 タソガレ盗賊団に入ったばかりの頃、お目付け役の男に言われた台詞。


『もう少し安くなりませんかね……? いや、ゴネているわけではなく……』


 ビジネスとしての夜間防衛で集金した際に、その町の長が呟いた声。


『お願いします、お願いします。お願い、お願い、お願い!』


 ハルキゲニアの騎士――帽子屋を名乗っていた時代に、処刑対象の上げた哀訴(あいそ)の悲鳴。


『――これは人間の未来にとって必要なことなのだよ。彼らは皆、(いしずえ)となる。ゆえに愛している』


 ハルキゲニアの科学者が、犠牲となる子供たちを横目に平然と(つむ)いだ言葉。


 平坦な人生ではなかったと思う。ただし、空っぽな年月だ。振り返ってみると、それらがいかに空疎(くうそ)だったかよく分かる。己が信義を欠いていたからこそ、いかなる物事も無味無臭だったのだ。クロエに出会い、刃を交わし、敗北しなければ、おそらく終生(しゅうせい)、欠落に気付かなかっただろう。


 今は違う。あらゆる瞬間が(きら)めいているとまでは言わないし感じないが、良くあれかしという信義がある。信義を通して接する物事には色彩があり、匂いがあり、確かな輪郭が備わっていた。世界は依然(いぜん)として間違いだらけだが、目に見える範囲から少しずつ正そうとする意志を持ち続ければ、自然、景色も違ってくる。なにもかも上手くいくわけではないにせよ、間違った世界を肯定し、芯を持たずに生きる空虚さに比べればどんなにか手応えのある人生か。


 魔物を斬り伏せ、血族に立ち向かわんとする今の状況も同じだ。危なげなく戦っていようと、虚しくはない。彼我(ひが)の戦力差に(うれ)うこともない。


 信義において刃を振るう必要がある。ただそれだけが重要で、自分に明日が訪れるかどうかも問題視していない。おそらくはこれもクロエの影響だろう。ウォルターから聞き出した彼女の像は、苦笑を禁じ得ないほど一本気だった。タソガレ盗賊団の正常化――魔物警護のビジネスを推し進める穏健派のために奮闘するさまは、いささか短慮(たんりょ)なほど性急で、しかし強い意志を感じさせる。正道を重んじる意志を。


 正義が勝つとは限らない。ハルキゲニアで処刑した人々を(かえり)みて思う。死にゆく彼らは格差是正(ぜせい)を叫び、圧政を嘆いた。彼らは正しかったが、負けたのだ。


 数百メートル離れた地点で異質な気配を感じ、ジャックは意識をそちらに向けた。


 ちょうど前列の兵士とタソガレ盗賊団が戦っている位置である。


 魔物の間を縫って進む、魔物ではない気配。その正体は考えるまでもない。


 血族だ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジャック』→『タソガレ盗賊団』元リーダー。ハルキゲニアでは帽子屋を名乗り、騎士団長をしていたレイピア使い。魔力察知能力に()けている。現在は『タソガレ盗賊団』に復帰して副団長を任されている。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』『幕間.「Side Jack~正義の在り処~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『タキシム』→人型の魔物。全身が黒い靄に覆われている。指先から高速の呪力球を放つ。警戒心の強い魔物で、なかなか隙を見せない。詳しくは『341.「忘れる覚悟」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて

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