Side Walter.「神に祝福を」
※ウォルター視点の三人称です。
敵の弱点を見出したというのに攻撃手段を欠いている状況は、ウォルターを冷静にさせた。そこに諦めは一ミリも含まれていない。
「ストーミー。シーザーはあと何発、さっきみたいなデカい光線を撃てる?」
「一発、撃てるか、どうか、です」
「そうか」
大規模な攻撃をしたとしても核を一瞬だけ露出させる程度なのは知れている。それでは意味がない。露出した核を攻撃する二の刃が必要で、そいつを食らわすにも困難がつきまとう。鼠径部でさえ地上から三メートルほどの高さに位置するのだ。
だからこそ、すべき行動は決まっている。
「人間も血族もよく聞け! これから奴の足を全員で潰すぞ! 合図する! それからシーザー! あんたはタイミングを計って、ありったけの力で弱点に攻撃してくれ! 核は俺がなんとかする!」
まず、鼠径部を地上まで下ろさなければならない。でないと、たった一発の攻撃がフイになる。
血族も人間も異論の声を上げない。相変わらず敵の的を担っているシーザーもだ。多くの場合、沈黙は肯定を意味するが、ウォルターは肯定だけでは到底足りないと感じた。それゆえ、一層声を張り上げる。
「お前ら! 覚悟決まってるか! 死ぬ気で突撃出来る奴は武器を掲げろ!!」
逡巡。葛藤。それらの入り込む隙は一切なく、全員の得物が静かに、熱気を帯びて掲げられた。
オーケー。ここにいる奴らは全員、死ぬ覚悟が出来ている。シーザーとしても文句はないだろう。口癖のように覚悟云々と口にしてきた奴だ。ここで異論を挟むようなら、覚悟を問い続けた者の名折れだろう。
それにしても、自分の発する『覚悟』という語にちっともスマートさがないことに、ウォルターは自嘲を覚えた。ほんの束の間だが。
怪物は待ってくれない。今もシーザーを標的にし続けている。彼が潰れてしまったら作戦が台無しだ。一刻の猶予もない。
息を大きく吸う。奥歯を砕けんばかりに噛み締め、そののち、ウォルターは咆哮に似た声を発した。
「総員突撃!!!」
一糸乱れぬ動きとは、このことだろう。誰もがウォルターの言葉と同時に怪物めがけて猛進した。そこに人間と血族の区別はない。皆が決死の形相で、握った武器を振り上げて進む。
ひとり、またひとりと怪物の身体から突き出た骨に貫かれて殺された。それでも死地への突撃は止まらない。
やがて生き残った者たちの刃が怪物の両足に集中した。一挙に繰り出される打撃や斬撃により、再生する間もなく両足が掘削されていく。やがて怪物はお誂え向きに仰向けに倒れた。
なおも混成部隊の攻撃によって、足は膝から太腿まで削られていく。右の鼠径部まで、もうすぐだった。崩壊する骨の身体が間断なく放射する槍が兵士の身体を貫き、掘削の人員は着実に減っていく。それでもなお、再生を上回る速度で破壊しているのは確かだった。
あと少し。
あと少しで。
「シーザー!!」
いつの間にか姿の見えなくなった壮年魔術師を呼ぶ。もうじき彼の出番だ。そして自分の出番でもある。
死ぬ覚悟は出来ているか。
イエス。イエス、イエス、イエスだクソ野郎!
ウォルターは布袋からマッチを取り出すと、片手で器用に火を点けた。そして、腕に抱えた爆弾の導線に点火する。
その直後、背後から爆弾を奪われた。
誰に。
シーザーだ。
「上出来だ、青二才。命はしばらくとっとけ」
それだけ口にして駆け出したシーザーに、ウォルターは手を伸ばすことしか出来なかった。必死で追いかけても無駄だったろう。なにしろシーザーは足が速い。ストーミーの魔力を借りているのだからなおさら。
ウォルターが描いていた作戦は、こうだ。
怪物の足を破壊し、鼠径部を地上に下ろす。
シーザーの光線で核を露出させる。
そして最後に、爆弾を抱えて自分ごと核に飛び込む。
爆弾を核付近に投げ込むのでは勝算が薄いと見込んでいた。爆発前に再生されたら、核を消し飛ばせないかもしれない。だからこそ、爆弾ごと自分が核に飛びつくのがもっともスマートだと算出したのである。それであれば仮に再生がはじまっても、核に接した自分ごと骨の外皮に覆われるわけで、敵の弱点に最大の一撃を入れる目的は達成されるわけだ。
誰かに託すつもりなんてなかった。盗賊団を束ねる者として、最大のリスクを負うべきは自分であると頑なに信じていたし、絶命の覚悟ならある。この作戦において自分の死は前提ですらあった。
「シーザー!!」
叫ぶことしか出来なかった。続く言葉はない。やめろ、と言うには遅すぎる。頼んだ、と発するのは無責任だ。
白光が閃き、視界を埋め尽くす。シーザーの最大火力の光線が放たれたであろうことは誰もが察したはずだ。それからやや間を置いて、鼓膜を破らんばかりに轟いた爆音の正体もはっきりしている。
耳鳴りがした。
ろくに音が聴こえない。
ただ、自分がたったひとつの名前を何度も叫んでいることだけは分かった。
やがて視界が正常になり、夜闇に浮かぶ人影を見出す。人間が三人。血族が六人――自分の隣にいるストーミーを含めれば七人――。怪物は影もかたちもなく消えていた。霧散する骨の欠片から、元デボンが死滅したのだと察せられる。
ウォルターはゆっくりと、無言で歩んでいた。無意識に。随伴するストーミーも、おそらくは同じ心理状態だったろう。
生き残った者は皆、地面のただ一点を見つめている。仰向けに倒れている、焼け焦げた者へと。
なぜシーザーの肉体が爆発で消滅しなかったのか不思議ではある。ただ、「ぼくは、無力だ……。ぼくの、防御魔術じゃ……」というストーミーの呟きで、一切が理解出来た。
目的地にたどり着いてようやく分かったが、シーザーは信じがたいことに生きていた。しかし、間もなく死ぬであろうことが否応なしに突き付けられる。なにしろ全身黒焦げで、間遠い呼吸だけが、失われゆく生を象徴していたから。
『よくやった』
不意に響いた声は、紛れもなくシーザーのものである。しかし、現実の彼は声を発していない。交信魔術だ。
『人間も血族も、よくやった』
静かな、淡々とした声だ。いつものシーザーとなにも変わらない。
『ウォルター。アンタの役目を奪って悪かったな。だが、こういうのは年長者の仕事だ』
悪びれないあたりもシーザーらしい。
『タソガレども。アンタらはウォルターの指示に従ってさっさと仲間を救い出せ。魔物はまだ消えちゃいない。そうだろ』
こんな状態になっても状況をよく分かっている。確かに、ゾンビとグールの群れは健在だ。
『で、ストーミーと血族ども。アンタらは好きにするといい。俺たち人間を襲うのもかまわない。ハナから敵同士だ。ただ、なにを選び取るにせよ、覚悟だけはキメろよ。矜持のねえ殺しはダセえからな。もし人間側に寝返るってんなら――ウォルター、手厚く迎えてやってくれ。大切な仲間として』
シーザーのそばで膝を突き、嗚咽している者がいる。ストーミーだ。敵の死に涙する理由がどこにあるのか、とは思わない。敵味方の軛を越えるだけの因果がこの場にあったのは誰もが承知しているからだ。生者も、死者も。
『神に、どうか祝福を』
シーザーはその言葉を最期に、息を引き取った。
結局、シーザーという男についてほとんどなにも知らないままだ。それにしても、奇妙な台詞だと思う。神に祝福を。神よ、ではなく、神に。言い間違えだろうか。しかしシーザーが口ごもったり、言い淀んだり、語句を間違えたりした記憶はない。もっとも、妙なことばかり口走る男ではあったが。
胸に空白が生じた感覚のまま、ウォルターは一同を見やった。人間も血族も隔てなく。
やがて血族のひとりが長いまばたきののち、「投降する」と小さく、しかしはっきりと口にしたとき、彼ら全員が頷いた。数の上では血族に利がある状況である。とはいえ、もはや戦う意味を見出していないのは表情で分かる。ウォルターとしても、デボンの配下とこれ以上やり合うのは気分が悪い。
「もし、お前らが良ければ――」
ウォルターは夜闇に手を差し出す。
「俺たちとともに戦ってくれ。同族同士で殺し合いはさせねえ。魔物の相手だけしてくれりゃあいい。もし人間がお前らに危害を加えようモンなら、俺らが盾になる」
生き残った血族が次々とウォルターの手に触れ、固い握手を交わした。ストーミーだけはちょっと弱々しかったが。
「それじゃあ」とウォルターは顔を引き締めて後方を見やる。「うちの部下が魔物と絶賛格闘中だ。助けに行くぞ」
怪物は討たれ、偉大なる魔術師は死んだ。そして敵と味方が手を取り合い、戦場を切り開こうと、各々の武器を手に踏み出す。
夜明けには程遠いが、明日の訪れを感じさせるなにかが確かに存在した。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『デボン男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。怪奇趣味の男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて
・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて
・『ゾンビ』→腐乱した人型の魔物。詳しくは『16.「深い夜の中心で」』にて




