Side Walter.「骨が喰らう」
※ウォルター視点の三人称です。
ウォルターらタソガレ盗賊団に爆弾という秘策があったように、デボン男爵も奥の手は持っていた。ただ、少々意味合いが異なる。彼の最後の言葉にも表れているだろう。男爵はずっと、本物の怪物になるのを願っていたのだ。願いながらも同時に躊躇していたのは、倫理観からではない。臆病さに足を取られたわけでもない。単に、適切なきっかけを欲していただけのこと。『触接幻影』の破壊はこれ以上ない好機だったろう。
彼が嚥下したのが不純な固形アルテゴ――血族の言うところの毒石だったことなど、人間はもとより、配下の血族の多くも知らない。どこでどうやってそれを入手したのか分かる者も皆無だろう。毒石を体内に取り込むことで後戻りの出来ない変異、文字通り怪物への変態を起こす事実をデボン男爵が把握した経緯も余人の知るところではない。ただ、ひとつ言えることがあるならば、気も狂わんばかりに怪奇にのめり込む者に、怪奇の側から歩み寄ってくるケースはままある。化け物になりたかった男は、いつからか抜け出すことの出来ない泥沼にはまっていたのだろう。そして男は腐臭漂う沼を奥深くまで、嬉々として進んだのだ。
夜闇を貫いて出現した骨の巨人が、デボンの成れの果てであることをウォルターは疑わなかった。どういう理屈でこんな化け物になってしまったのか定かではないが、この場において探究心は役に立たない。
「哀れな奴だ」雨滴に似た小声がウォルターの耳に入る。シーザーだった。「あれに意識はないだろうな。お望みが叶ったってのに、それを感じる心がねえんだから虚しいモンだ」
盗賊団も血族も、今や遠巻きに骨の怪物を見上げている。どこからどう見ても、この生体に感情が宿っているとは思えない。実際のところは知りようがなかったが。
やがて悲鳴が上がり、血族たちが八方へ散っていくのが映った。耐えられなくなったのだろう。自分たちを率いていたリーダーが怪物と化したのだから。ウォルターとしても、正視に耐えないおぞましさは感じている。
不意に、骨の怪物から蛇行する糸のようなものがいくつも放射状に伸びた。それらは逃げる血族へと向かい――。
「――!!」
絶叫が風音を幾重にも塗り潰す。糸状の物体は骨で形成された槍であり、逃げ出した血族を貫いたのだ。
悲鳴は終わらない。
伸びた骨が縮み、串刺しになってなお生きている血族を、宙のひとつところに集めている。骨の怪物の頭上だ。怪物は大口を開けて、かつての同族の生き血を飲んでいた。そしてひとり、またひとりと喰い殺していく。
貫かれた血族も無力ではない。魔術や、身に着けた武器でがむしゃらに怪物の頭へと攻撃を浴びせたが、甲斐はなかった。攻撃の当たった箇所がぼろぼろと崩れるだけで、喰らうという行為を一向にやめない。しかも崩れた骨は浮遊し、元の箇所へと回帰する。
あれをどうにか出来るのだろうか。脱力しそうになる身体をなんとか支えて、ウォルターはぼんやりとそんなことを思う。概して魔物は異形だが、肉体の構造自体は生物のそれに似る。生まれたての骨の怪物も同じと見做していいのかどうか、判断がつかない。
「放置は出来ねえよな」
誰にともなく呟き、手にした剣を一瞥した。怪物を退治するにはあまりに心許ない。
骨の怪物は逃避した血族を食い終えると、配下の血族を次々と手にかけていった。もとい、喰った。彼らが仲間を助けるべく戦ったのが理由かもしれないし、デボンの残滓が怪物の内部にあり、共喰いのほうがより怪物らしいと断定したのかもしれない。なんにせよ、行動原理など読めたものではなかった。
後方で蠢く魔物たちは健在である。無数のゾンビとグールが蟠り、ときおりウォルターたちに牙を剥く。そのたびに最低限の攻撃で蹴散らすのだが、刃が鈍って仕方なかった。デボンを始末し、魔物の群れに囲まれて必死に戦う仲間へと合流するのが当初の計画であるが、この状況はいかんともしがたい。怪物化した元デボンを討伐するなど、想定外にもほどがある。こんなことになるなら仲間全員を連れてくるべきだったとさえ思った。
「ウォルター、ビビってんのか」
ふと横合いから聴こえたシーザーの声に苛立ちを感じたが、隣を見てぎょっとした。シーザーが血族の肩に腕を回し、不敵にニヤついているのだ。
「こいつは」とシーザーは腕のなかの血族を紹介する。「ストーミーだ。俺に協力してくれる。見返りにこっちは仲間として受け入れる。ウォルター、悪いがアンタの意向は知ったことじゃねえ。俺が決めたんだ」
肩を回された血族はシーザーより小柄で、随分と気弱そうな顔をしていた。肌の色を抜きにして見れば、悪党に絡まれた小心者といった構図である。
それにしても手が早い。こっちが骨の怪物に意識を持っていかれている隙に、シーザーは敵を懐柔したのである。骨の怪物が血族にとっても脅威である以上、さっさと手を組むべきという判断だろう。そして、この気弱な血族は無作為に選ばれたわけではあるまい。
「お前、戦えるのか」
ウォルターが訊ねると、ストーミーとやらは小さく首を横に振った。戦えない手合いを仲間にすることに多大なる違和感を覚えたが、血族が呟いた「でも、魔術師です」という言葉で納得した。今にも泣き出しそうな表情なのは、まあ、仕方ない。
性格はどうでもいい。シーザーは必要な者を調達したわけだ。偉丈夫な男よりも魔術師のほうが戦力になってくれる。
ウォルターの勘違いが正されたのは、このときだった。
「ストーミーには俺の魔術の補助をしてもらう。ウォルター。アンタは知らんだろうが、俺は吸収魔術が得手だ。逆にそれ以外の魔術は微妙。特に攻撃に使えるようなモンは会得しちゃいない。ところが、ストーミーの魔力を吸わせてもらえりゃ、いっぱしの攻撃は出来る。要するにこいつは俺のための魔力タンクだ」
悪びれもせず言い放つシーザーに、ストーミーは「タンク……」としょぼくれた声を出す。そんな彼を一笑し、肩を小突いて「冗談だ」と言う吸収魔術師に、ウォルターは心底呆れ返ってしまった。こんな状況でよくもまあ笑えるものだ、と。
「さて、ストーミー。覚悟はキマってんな? 防御壁と魔力の注入を頼む」
ストーミーの頷きを確認し、シーザーは悠然と骨の怪物へと歩み出ていった。血族たちが次々と蹂躙されている地獄へと。
それから間もなくして、ウォルターは視界がガラスじみた半透明のものに遮られたのが分かった。周囲を見やると、ひとかたまりになった盗賊団たちも同じ円筒状のガラス内に閉じ込められている。もちろん、ストーミーもだ。シーザーの言った防御壁とやらだろう。
ストーミーは額に汗を浮かべ、じっとシーザーを見据えて両手を前に突き出している。思うに、魔力を注いでいるらしい。もっとも、ウォルターにはそれが演技なのか否か判別する材料はなかったが。
今出来ることはなにもない。骨の怪物へと向かうシーザーの背を見つめることしか。
やがてシーザーが足を止め、右手を振り上げた。開いた手のひらの先は骨の怪物の頭部へと向いていて――。
白光が迸り、視界が白一色に塗り潰される。
ややあって回復した目に映ったものを見て、ウォルターはほとんど無意識に拳を握った。自然と口角が上がる。
骨の怪物の首から上が丸ごと吹き飛んでいたのだ。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて
・『デボン男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。怪奇趣味の男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて
・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて
・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて
・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『毒石』→不純物が入り混じった『固形アルテゴ』。肉体を怪物化させる効能がある。詳しくは『920.「危険物を背に」』にて
・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて
・『ゾンビ』→腐乱した人型の魔物。詳しくは『16.「深い夜の中心で」』にて
・『吸収魔術』→魔術および呪術を吸い取る魔術。禁止魔術。ノックスは先天的に魔術を吸収してしまう体質。詳しくは『Side Leonel.「師に捧ぐ――憎悪と覚悟のうちに」』にて




