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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Walter.「もっとも醜く穢らわしい怪物」

※ウォルター視点の三人称です。

 ウォルターの秘策とは、言わずもがな爆弾である。タソガレ盗賊団が、現在の魔物警護ビジネスの形態を取る以前――その名の通り盗賊として活動していた時代の残留物だ。それらを戦地に持ち込むのにウォルターは一切躊躇(ためら)わなかった。使えるものはなんでも使う。それが剣より強いならなおのこと。


 彼が想定していたのは、魔物の集団の先にいるデボンたちへ、導線に点火した爆弾を投擲(とうてき)する戦略だった。大量のゾンビやグールをなんとかする前に本陣を叩いてしまえという考えである。


 シーザーのアイデアはウォルターの策を最大化するものだった。ただし、リスクは跳ね上がる。傷や痛み、あるいはその先の死も(かえり)みず、魔物の群れを突っ切って、爆弾で混乱をきたした敵本陣へ切り込む。


 ウォルターは二つ返事で合意した。シーザーの戦略に利があるのは先刻承知済みである。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が残っているうちに敵陣に攻め()るのと同じだ。一度目の爆弾で敵を始末出来なければ、二度目に同じ攻撃をしても(しの)がれる公算が高い。だから爆弾から()を置かず二の太刀で終わらせるという理屈。つくづく、シーザーという男は機を見るに(びん)だ。


 かくしてウォルターは団員のうち十数名とシーザーを引き連れて破滅的な作戦に(おもむ)くと決めた。全員で動くのは魔物も連れ動くこととなるため、余計な面倒が増える。少数精鋭が最適。各員の所持する爆弾を数のうえで三分割して、今回、初撃として(もち)いた。


 魔物の群衆を切り抜けるなかで、当然ながら何名かは脱落したが、嘆く時間はない。この破滅的な激流を越えなければ人間たちに明日は来ないとまで意気込んで、ウォルターは前進し続けたのである。


 結果的に、爆弾の炸裂とほとんど同時に敵本陣へ到達することが出来た。メンバーはシーザーとウォルターを含めて八名まで減ってしまったが、それを()いる気はない。死者に背を押されてここにいる。託された仕事を果たすため、接敵する両脚に、武器を握る手に、並々ならぬ力を込める。


「――!」


 言葉にならぬ咆哮(ほうこう)がウォルターの喉から(ほとばし)った。自分は他者より冷静な人格だと――つまりスマートだと自己分析していたが、どうも違うらしい。心の奥底に煮えたぎるものが確かにある。それはきっと、ここ一番で唐突に表面化し、一挙に燃え盛るものだ。


 血族の何人かはこちらに気付き、迎え撃つ態勢を取りつつある。が、ウォルターの狙いはデボンだ。奴は横向きに地面に倒れ込み、しかも都合のいいことにまだ最前線にいる。黒く汚れた地面はデボンの血液によるものだろう。視界に映る限り、どうも右腕が肘と肩の間で消失している。あの爆弾は白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の自爆とは比較にならないほど小規模だ。爆弾を手掴みにでもしない限り、ああはならない。


 倒れたデボンは必死に左腕を伸ばしていた。どうやら彼の大事な壺――『触接幻影(レプリカント)』とやらを爆破の衝撃で手放してしまったらしい。彼の左側の二メートルほど先に転がっている。


 ウォルターは転がった品には見向きもしなかった。討つべきはデボンである。骨の詰まった悪趣味な壺に興味はない。


嗚呼(ああ)……(われ)の、吾の、子らよ」


 デボンの目はひたすらに例の壺に(そそ)がれ、わずかずつではあるが近付いている。足を駆使して這いずるさまは地虫(じむし)を思わせた。一メートル先にウォルターらタソガレ盗賊団の面々が迫っている事実をなんら意識していないようである。


「――!!!」


 再びウォルターは咆哮を放つ。振り上げた剣を渾身(こんしん)の力で振り下ろしながら。軌跡はデボンの首を両断するそれだった。


 勝った、と思ったのだが――刃は鋭い音色とともに弾かれる。デボンを飛び越して猛進した血族が剣を振り上げたのだ。ウォルターも血族もともに身を激突させ、地を転げる。すぐさま立ち上がったが、それは相手も同じだ。鍔迫(つばぜ)り合いをはじめた両者の目もそっくりだったろう。相手を討とうと血走り、鋭い意気を(たた)えている。


 戦闘のさなか、ウォルターの視界にデボンの周囲が映った。団員はいずれも敵の大将を討とうとしたはずである。しかし、全員失敗したらしい。今現在のウォルターと同様に、血族に(はば)まれ、刃を()わしていた。


 最大のチャンスをフイにした、とは思わない。まだ自分たちは好機の流れに立っているのだとウォルターは確信していた。目の前の敵を排除し、デボンを守る血族をことごとく討てば目的は達成されるのだから。途方もなく長い道のりではあるものの、勝機は依然として存在する。加えて言うなら、ウォルターはじめ、この場に突入した団員たちはいずれも爆弾をストックしていた。再度の爆撃で状況を好転させるのも可能だったろう。


 しかし、その場において爆音が(とどろ)くことはなかった。必要性が失われたのである。


「あっ! 返せ!! 返せ!!!」


 デボンの声が夜をつんざく。


 血族との戦闘を続けながら、ウォルターはいつの間にやらシーザーがデボンの壺を手にし、悠々と後退するのを見た。


「デボンだったか」シーザーの声には一切の愉悦がない。淡々と冷静に紡がれる。「アンタの大事な品は俺の手にある。返してほしけりゃ撤退しろ。それが無理なら、北門の決着がつくまで大人しくしやがれ」


 ウォルターを相手にしている血族は目の色を変え、数歩後退した。剣を振るうことなく、ただ構えは崩さずにいる。それはウォルターとて同じだ。ほかの団員や血族も、戦闘を停止して成り行きを見守ったことだろう。


 ここでデボンが白旗を振ればそれで済む。撤退するにせよ停戦を選ぶにせよ、どうやって約定(やくじょう)を守らせるかは二の次だ。あとで考えればいい。肝心なのは、デボンがシーザーに屈するか否かである。


 脳裏(のうり)に浮かぶのは、愛おしそうに壺を撫でるデボンの姿と、骨がどうとか言っていた気味の悪い声。どうあれ奴は『触接幻影(レプリカント)』に執着している。誰しもその点に異論はなかったろう。


「……返せ」


「アンタが撤退か停戦を選ぶなら返してやるよ。どっちがいい? 俺はどちらでもかまわねえが。もし戦いを続けようってんなら、この壺はブッ壊す。貴品(ギフト)だったか、名前はなんでもいい。こいつは俺ら人間に言わせりゃ魔具だ。魔術師が魔具を使ったら暴発して吹っ飛ぶのがオチ。壊すなんざ簡単なんだよ」


 シーザーの言葉に(いつわ)りはないだろう。デボンの沈黙がそれを裏付けている。男爵にとって無二の武器は――大袈裟に表現するならば心臓は――今、シーザーの心ひとつで破壊可能なのだ。


 それゆえ、固唾(かたず)を呑む一同が聞いたデボンの声に、誰もが耳を疑ったことだろう。


「……撤退はせん。停戦もありえん。吾は、お前らを殲滅(せんめつ)する醜悪な怪物なり」


 デボンは弱々しく、青褪(あおざ)めた顔だった。右腕の喪失とそれによる失血とで瀕死に見える。ただ、目は――眼窩(がんか)に落ち(くぼ)んだ双眸(そうぼう)だけは、異質な暗い輝きを放っていた。


 それに比して、シーザーの返事は淡白そのものである。


「そうか」


 たったそれだけ。そして行為にも冷淡さが表れていた。彼は一瞬たりとも迷うことなく『触接幻影(レプリカント)』を破壊したのである。ウォルターには自然に壺が割れたようにしか見えなかったが、シーザーの言葉を疑う理由はない。彼は貴品(ギフト)を使用すべく魔力を込め、結果的に暴発したのだろう。灰色の骨片が雪崩れとなって地に落ちるさまは、おぞましく、また、どこか呆気(あっけ)なくもあった。


「嗚呼あああああああ!!! 嗚呼っ!! 嗚呼っ! 嗚呼! ア!」


 デボンの絶叫が耳を打つ。その悲鳴は壮絶な嘆きではあった。ただ、どこか奇妙な喜びの音色が混じってはいなかっただろうか。


「嗚呼……」


 横たわったデボンが、胸元からなにかを取り出すのを誰もが目にしたことだろう。人間も。血族も。


「ようやくだ」


 デボンの血に濡れた物体は、どうやら小瓶のようだった。ガラスの内部には漆黒の物体が収められている。夜さえおよばない暗い固体。


「ようやく、踏ん切りがついた」


 デボンは上体を起こし、小瓶を天へと(かか)げ――。


「吾は怪物になる。本物の怪物に。もっとも醜く、(けが)らわしく、粗暴で、意志のない、一体の怪物に!」


 小瓶を口に放り投げ、嚥下(えんげ)するデボンを、部下の何人かは止めようとした。飲み込まれてからは、必死に吐かせようと無理やり口を開き、腹に殴打を入れさえしたのである。部隊の長に対して配下が取るべき行動ではない。しかし、その物体の正体を知っていたなら、立場など無関係に振る舞うのはむしろ適切だ。


 部下に蹂躙(じゅうりん)されるデボンを眺めて、何分が経過したろう。


 変化は唐突に起こった。


 轟音とともに、デボンを(なぶ)っていた血族が四散し、粉塵が上がる。


 煙が晴れたのちにウォルターが目にしたのは、無数の骨が複雑に絡み合って形成された、体長十メートルほどの巨躯だった。身体のあちこちに散った頭蓋骨の眼窩から、真っ赤な虚ろな目が覗く。頭部には一個の巨大な頭蓋骨。ただ、それも複数の骨で()()ぎされていた。眼球だけは骨ではない。瞼に決して遮られぬそれは、周囲を睥睨(へいげい)していた。身体に()びた頭蓋骨たちも同様に。


 見上げる巨体は、魔物でも血族でもない。


 それは何者とも判別の出来ない、一体のおぞましい怪物だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『ゾンビ』→腐乱した人型の魔物。詳しくは『16.「深い夜の中心で」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『デボン男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。怪奇趣味の男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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