Side Walter.「最高にご機嫌な作戦」
※ウォルター視点の三人称です。
身体強化魔術。それ自体は高度な魔術ではない。身に流れる魔力に沿って肉体を調整するだけ。ただし、己に施す場合に限る。
シーザーがおこなったのは他者への身体強化の付与だった。しかもウォルターおよび彼の部下全員に対してである。魔力の流れや量が個々に異なるのは言うまでもないだろう。それらを完璧に把握しなければ、身体強化の付与は成立し得ない。そのような把握力を持つ者はひと握りであり、かつ、個々に適切な強化を付与出来る術者となればより絞られる。皆無ではない。シーザーという例外がいる以上。
こうした実態などウォルターは知らないが、特段知る必要もなかった。強力な支援者により普段以上の力を発揮出来ている事実だけが重要である。それに、仔細が気になればあとで直接問いただせばいいだけの話だ。酒を奢らねばならないし、きっと要領を得ない返答ばかりだろうが、そんな束の間の平穏が訪れることをウォルターは願った。願いながら剣を振るった。生き延びるために命を死地に晒す経験なら、これまで何度もしてきている。魔物相手に戦う夜々は、おしなべてその風合いがあった。同様の体験はほかの団員もしている。
とはいえ、これほどまでに大量の魔物を相手にするのははじめてだった。しかも本命は血族なのだから、通常の夜間警護とは同一視出来ない。二度とこのような経験はしないだろうし、したくもないものだと、頭の片隅でウォルターは嘆息した。
ゾンビもグールも、討てども討てども減っている気がしない。いつからか魔物たちはこちらを取り囲んでいた。団員それぞれが僅かずつ位置取りを変え、円形の布陣で対抗している。今のところなんとかなっているが、円の一端が瓦解すれば一挙に魔物がなだれ込んでくる状況だった。身体はすいすい動くが、魔物のなかに血族が紛れ込んでいる以上、迂闊に突出することもない。ときおり上がる団員の呻きで、不意打ちにより誰かが手傷を負ったのだと察してウォルターは冷や汗を浮かべはしたが、現状問題はなかった。戦えなくなるほどの負傷ではない。
とはいえ、先の見えない戦いに精神的な意味で閉塞感を覚えていた。
「シーザー! 魔術でなんとか出来ないのか!?」
円の中心にいる魔術師へ呼びかける。しかし芳しい返事はなかった。
「生憎だが俺は万能じゃねえ」
万能な魔術師など存在しない。ただ、或る条件さえ整えばシーザーにより突破口を開くことは出来たろう。
吸収魔術は、文字通り魔術および魔力の吸収をおこなうものだ。吸収されたそれらはどこへ行くか。基本的には術者が蓄える。収集した魔力を一挙に放つことで攻撃するのも可能だ。フェイクを打ち破った魔術『解脱の風』はその限りではなく、魔力を霧散させて魔術を崩壊させる性質である。吸収するにはあまりに過分であるがゆえ、霧散という方法を取らざるを得なかったのが実情だ。
もし敵方が通常の魔術を使用したなら即座に吸収して攻撃へと転化出来たのだが、今のところその機会はない。そしてシーザーは、今後もないだろうと推測していた。この場においてデボンの貴品『触接幻影』による、本物そっくりの血族の生成はおこなわれていない。本来ならば、魔物の軍勢に加えてそれら偽物を忍ばせたはずだ。
なぜ使わないのか。
知っているからだ。こちらに吸収魔術師がいると。デボンの言が真実ならば、彼は偽物を通じてこちらの魔術の正体を見抜いたに違いない。ゆえに、肝心要の吸収魔術師を討ち取るまで『触接幻影』はもちろん、配下の血族による魔術行使も一切おこなわない心算なのだと容易に察せられる。
ウォルターもそこそこ知恵者ではあるが、シーザーのように、そこまで読めていたわけではない。魔術知識を前提とした考察である以上、思考のおよばぬ領域と言って差し支えないだろう。
では、包囲されたまま終わりの見えない戦いを続けるのか。
否。
「ウォルター」「シーザー!」
声が重なり合う。
訪れた沈黙を「お先にどうぞ」と促したのはシーザーである。ウォルターは小さく舌打ちして、言うべき言葉を紡いだ。
「敵の方角が今も同じか教えてくれ。特にデボンの野郎の位置を」
「変わっちゃいねえ。魔物のなかに紛れ込ませてんのは十数人だけで、残りは大人しく固まってる」
「そりゃ吉報だ」それで、とウォルターは続ける。「あんたはなにが言いたかったんだ?」
「確かめたかった」
「なにを」
「死ぬ覚悟だ。それと、あんたらの言う秘策をブチかます準備が出来てるかを」
秘策の準備なら出来てる。ただ、あらためて覚悟を問う理由がウォルターには分からなかった。魔物の隊列に突っ込む際に腹を括っている。もっと言えば、グレキランスの援軍に参加した時点で、死は織り込み済みだ。
「どっちも問題ない!」
ゾンビの頭部を両断して叫ぶ。
「上等だ。それでいい。両方に火を灯せ。最高にご機嫌な作戦を授けてやる」
◆
ラガニアはグレキランスに比して、魔術的に発展している。オブライエンという歯止めがないため、基本的にどのような魔術研究も可能だ。魔術による犯罪はしかるべき手続きをもって処断されるが、禁止魔術などという括りはない。都市はもちろん、町村も魔術に支えられて成り立っている側面がある。火も水も光も魔術で代用する土地は少なくない。
デボン男爵領も同様だ。アスターほどの都会ではないため、魔術製の車ほど便利な代物はないが、治水も火力も魔術ならびに魔道具により賄っている。そのような地においては、往々にして魔術に依らない技術は原始的と見做されがちだ。魔術が未発達の大昔に用いた歴史は残れど、どれほどの物が過去の遺物と化したことか。
グレキランス地方にもその傾向はある。ハルキゲニア地方も例外ではないが、発展度合いで言えばグレキランスに遠くおよばないだろう。
そんなハルキゲニアにおいて、魔術に縁遠いならず者集団が剣やら棍棒ばかりを頼みにするはずはない。ラガニアでは遺物とされている代物が、現在も彼らの強力な後ろ盾になっていてもなんら不思議ではなかろう。
デボン男爵は放物線を描いてこちらへと向かう円筒状の物体を複数認め、はて、と思った。火が点いているようだが、魔力の欠片もない。
直撃しないよう避けはしたが、相変わらず火がチリチリいっている。配下の者も正体を見抜いていないようで、単に最低限の回避をしただけだった。
デボンは自分の目の前に落ちた物体を右手で無警戒に掴み上げ、しげしげと眺める。部下のひとりが「危ないので放してください」などと言っているが、どこがどう危ないのか当人も分かっていない様子だった。敵の放り込んできた物だから警戒する。なるほど、道理だ。ただ、よく分からないという理由だけで手放すような人生をデボンは歩んでいない。ひとが忌避するものを却って愛でる傾向にあった。それゆえ、部下の言葉に耳を貸さず、チリチリ鳴っている物体を空に掲げて目を眇める。なにやら独特な臭いがした。
デボンが首を傾げたそのときも、やはり円筒状の物体は彼の手に握られていたのである。それが爆弾であると思い知ったのは、強烈な爆破音とともに己の右腕が吹き飛んでからのことだ。
配下の者も地面に落ちた爆弾に巻き込まれて被害を受けたらしく、部隊は混乱に陥っている。衝撃を受けて地面に倒れたデボンは、身を苛む痛みのなか、確かにそれを見た。
ゾンビとグールの群れを突っ切って猛進する、傷だらけの人間の姿を。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて
・『ゾンビ』→腐乱した人型の魔物。詳しくは『16.「深い夜の中心で」』にて
・『吸収魔術』→魔術および呪術を吸い取る魔術。禁止魔術。ノックスは先天的に魔術を吸収してしまう体質。詳しくは『Side Leonel.「師に捧ぐ――憎悪と覚悟のうちに」』にて
・『デボン男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。怪奇趣味の男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『禁止魔術』→使用の禁止された魔術。王都で定められている。
・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて




