Side Walter.「デボン男爵」
※ウォルター視点の三人称です。
ウォルターは幼少期、墓地を怖れた。
故郷の田舎町は、彼が生まれる頃には人口減少の波に襲われ、さびれていた。宿屋だった邸宅はうらぶれ、行列の絶えなかった商家は閑古鳥が鳴き、石畳の隙間や亀裂から野草が伸びている。その町の人々は『かつては』といった枕詞を頻繁に用いた。なにを語るにせよ、そこに過去の栄華が入り込む。そして現在に影を落とすのだ。
『今じゃ生きてる奴のほうが少ないよ』
木々に囲まれた墓地で、父が口にした台詞だ。まだ五歳かそこらの少年だったウォルターは、以来、町外れの墓地を忌避するようになった。現在の町の総人口を遥かに凌ぐ影色の亡霊が、何人も何人も墓地に立っている様子を思い描いてしまったのである。冷たい空気のなか、身じろぎもせず無言で佇む群衆。死者の世界の繁栄は実世界の没落と反比例しているのではないか。そんな意識は、長じてからも彼の頭を去ることなく居座った。声もなく、硬直して立つ、命なき群れ。現実は絶え間なく彼らの侵食に脅かされている。
デボンと名乗った血族は、ウォルターに墓地のイメージを喚起させた。死んでも死なぬ、という文句だけでなく、声色や佇まいや雰囲気、顔の造形や身体つきすべてが、生者の持つべきエネルギーを欠いている。やむなくそうなったのではなく、自ら進んで死者の領域に踏み込んでいる印象があった。
事実はどうか。当たらずとも遠からず、といったところである。デボンが己の不健康や、どうにでも取り繕える醜さをあえて放置し、あまつさえ誇張していたのは怪奇趣味への没入に尽きる。怪奇譚を読むにつけ、自らも怪物になろうとする向きがあった。血族のルーツを知り、多くの同胞が嫌悪や嘆きに暮れるなか、デボンだけは血族という在り方を受け入れたのは想像に難くないだろう。むしろ、少しばかり残念に感じてさえいた。他種族や魔物になった人々に嫉妬したのだ。そちらのほうがより怪物に近しいのだから。
怖気に侵されたウォルターに比して、デボンは愉快そうに口を開いた。
「死んでなお残るものがなにか、分かるか? 骨だ。骨はすべてを記憶しておる。その者の生きた年月すべて。たった一片の骨に人生のすべてが凝縮されている。吾は骨を集め、死者に第二の生を与えておるのだ」
デボンは抱えた壺を愛おしそうに撫でた。そして問わず語りに続ける。
「この壺は男爵家に代々伝わる秘伝の品……貴品『触接幻影』。ここに収められた骨は、所有者である吾により、死後の生を得る。生前の姿そのままに」
ウォルターは無意識に顔を歪めていた。デボンの手にしている壺にぎっしりと詰まった骨をイメージしたのだ。奴の言葉に嘘はないだろう。シーザーがフェイクと断じた血族たちは、あの骨壺の産物に違いない。
「死者は口を利かん。しかし吾にだけは、死後生で経験した物事を忠実に伝えてくれよる……。死ぬまでは憎らしい奴であっても、骨になり、吾の壺で再生したのちは愛い存在になるのだ。考えてもみろ。終わった生を再び与える主人に忠義を感ずるのは自然であろ? そのような忠臣を憎らしく思うまいよ。彼らにとって吾は神に等しい。否、神そのもの。ゆえ、吾は神の役割に準じて、死者を子のごとく愛す」
デボンの語りのあいだ、シーザーも盗賊団の面々も動かなかった。剣を構えてはいても、踏み出してはいない。それは相手方も同じである。デボンの背後に控える百の血族は各々の武器を帯び、じっと待機していた。なかには、デボンに露骨な嫌悪の表情を向ける者までいる。それも自然な話で、彼の声にも言葉にも狂人じみた様子があるのだ。デボンの部下として戦地に赴いた以上、それなりの忠誠心はあるのだろうが、本能からの嫌悪感は消えない。
ウォルターたちにとって幸いなことに、魔物たちは不意の行動を起こさなかった。連中はじっと北門の方角に隊列を整えたまま、唸り声だけを発している。ウォルターたちは、魔物たちが反撃を許された範囲から離脱しているからだ。
「俺の見る限り、アンタは神じゃねえよ。ただのイカれ野郎だ」
目の前で放たれたシーザーの声は、言葉に反して淡々としていた。些末な事実を告げるごとく。
明らかな罵倒に対し、デボンは却って嬉々とした表情を浮かべた。三日月型に歪んだ口の亀裂から、欠けた歯列が夜闇に覗く。
「冒涜は常人の特権。赦そう。嗚呼、死にゆく者の戯言は讃美歌に等しいな」
デボンの喜悦を目にして、ウォルターは剣の柄を握る手に力を込めた。おぞましく感じたからではない。そもそも出会った瞬間から気味の悪さは変わらなかった。彼が呼吸を整え刃に集中したのは、直感からである。骨を収集して死を変質させる異常者が、間もなく動くと察したのだ。
果たして、ウォルターの想像通りの状況となった。
「這い出よ! 集え! 襲え! 人間に死を与えよ!」
デボンが唾を散らして叫んだ直後、血族たちの後方からぞろぞろと大量のグールが歩み出た。変化はそれだけではない。デボンら血族たちの周囲の地面が一斉に蠢いた。それらが無数の腕であり、頭であり、身体であると知るまで、そう時間はかからない。地中から現れたそれらは、文字通り腐乱した死体であった。魔物の一種である。名はゾンビ。
「お前ら! 集中しろ! 死ぬ気で戦え!」
ウォルターが背後の団員へと呼びかけると、咆哮に似たいくつもの短い応えが返った。それらがやや気圧され気味なのは仕方ないだろう。覚悟のうえであっても、魔物と血族を同時に相手取ると考えれば腰が引ける。
魔物の脅威度という意味では、ゾンビはグールよりも程度が低い。覚束ない歩行で標的へと向かい、襲いかかるのみ。しかもグールのように鋭利な牙や爪は持たない。
しかしながら、数が尋常でなかった。あっという間に血族の姿を覆い隠すほどの大群。たとえ一体一体が大した脅威でなくとも、こうも大量に現れると常識は通用しない。囲まれて身動きが取れなくなってしまったら、じわじわと噛み殺される未来が待っている。
ウォルターは前傾しつつ、腰に取り付けた布袋に意識を向けた。そこには彼の秘策がある。だが、程度の低い魔物相手に浪費出来るものではない。結局のところ、前進して討ち取るのを選んだ。
団員たちとともに鬨の声を上げてゾンビに切りかかる。孤立しないよう、仲間と横列になりながら。一体討ち取るのにさしたる苦労はなかった。首を飛ばせばそれで終わりだ。相手がグールであっても要領は変わらない。魔物退治をビジネスにしている者として、このレベルの手合いは造作もなかった。問題は量だけである。
だが、ほかにも問題が発生していたのだ。密かに。ウォルターの認知の外で。
隣の団員がゾンビを討ち、敵の身体がどろどろと瓦解するなか、それは起きた。
「――っ!」
一本の槍が消滅間際のゾンビの、泥土に似た肉体から突き出たのである。刃が隣の団員の胸を深々と貫き、そしてすぐさま引いた。刺突を繰り出した者を目で捉えたのは、ほんの一瞬である。だが、それで充分だった。紫色の肌は不意を打った者の正体を明かすに余りある材料である。
「ゾンビに紛れて血族が仕掛けてきてる! 警戒しろ!」
これがデボンの壺の産物であれば、すぐにシーザーが対応したはずだ。つまるところ、魔物に隠れて攻撃を仕掛けているのは生ける血族である。百名におよぶ、デボンの部隊の構成員にほかならない。
槍が隣ではなく自分に突き刺さっていたら、とウォルターが想像することはなかった。もとより覚悟は出来ている。それにこうして戦っていると、段々と自分自身の違和感にも気付くものだ。心ではなく、肉体という意味での。
突き刺された団員が倒れることなく武を振るっているのも、おそらく同じ理由だろう。本来なら後方に下がって、自前の道具で手当てをすべきだ。団員はひとり残らず、救護のための包帯やら膏薬やらを所持している。ウォルターと同じく、例の秘策も持っている。それを使用すべきタイミングは彼の指示に従う決まりになっていた。
ゾンビを蹴散らしながら、ウォルターは背後に意識を逸らす。
前列にシーザーの姿はない。やや下がった位置で突っ立っているのだろう。しかし、それはなにもしていないことを意味しない。
「シーザー!」ゾンビを薙ぎ払い、叫ぶ。「いつ俺たちの身体を改造しやがった!」
後方から返った声は平素のごとく、ある種とぼけたものだった。
「アンタらが覚悟をキメたときだ」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照
・『デボン男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。怪奇趣味の男。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて
・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて
・『ゾンビ』→腐乱した人型の魔物。詳しくは『16.「深い夜の中心で」』にて




