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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Leon.「人生が霧ならば」

※レオン視点の三人称です。

 レオンはただ呆然と目の前の光景を凝視していた。


 映し人形(ソーマ・ドール)をビスクたらしめていたのは亡き彼女の骨であり、それが抜き去られた時点で人形でしかなくなる。しかしその映し人形(ソーマ・ドール)は、骨を失ってなおクマールを滅多刺しにしたのだ。


 倒れたクマールの胸は間遠(まどお)い間隔で上下している。意識は喪失したらしく、全身のどこにも力を見出せなかった。とはいえ、レオンもほとんど身動き出来ない状態である。折れた足と(えぐ)れた脇腹。それらふたつの決定的なダメージで、ほとんど床にうつ伏せになっている状態である。腕を支えに背を()らせ、顔だけは上向けていた。(もや)(にじ)む夜闇のなか、かつてビスクだった映し人形(ソーマ・ドール)が立っている。


 人形がそれ以上クマールに攻撃を加えることはなかった。その手から、双曲刀がこぼれて甲高い音が鳴る。


 クマールへの攻撃が、最後に残った行為だったのだろうか。


 違う。


 今や黒い返り血に染まったドレスをまとった無貌(むぼう)の人形が、一歩踏み出す。よろめくように、次の一歩を前に出す。両手はだらりと下がっていて、不出来な操り人形に似ていた。


 やがて映し人形(ソーマ・ドール)はクマールのそばにかがみ込み、なにかを掴み取ると、()いた手で自分の胸を指差した。それら一連の動作すべて、ガクガクと震えている。


 レオンは、顔のない人形を見つめるばかりだった。呼吸も痛みも忘れて、ただただ見入っていたのだ。


 この映し人形(ソーマ・ドール)は通常のそれとは違う。多くの凶悪な血を吸収している。骨を抜かれてなおクマールを刺せたのは、残忍な血の残滓(ざんし)だろうか。だとするならば、今人形が己の胸を指した理由はどこにあろう。その余力が残っていれば、悪逆の導くままに今度はレオンに刃を突き立てることも可能だったろうに。


 それから()もなくして映し人形(ソーマ・ドール)は倒れた。レオンの手の届くところまでやっとのことで歩んで、ふっ、と糸が切れたように脱力したのである。レオンの目の前に、人形が最後に手にした品が転がったのも、おそらくは偶然だろう。


 骨。そして潤滑液(じゅんかつえき)


 レオンは痛みなど忘れて這いずり、それらを手に収めた。


 骨は多少のぬめりを残して乾いている。


 軽い。あまりにも軽い。ビスクの存在に比して、その骨はどうにも耐え(がた)い軽さだった。握れば砕けてしまうくらい(もろ)いことも分かる。その物質的な軽さゆえに、レオンの心には途方もなく重い代物だったのは言うまでもない。


 映し人形(ソーマ・ドール)は倒れたままだ。もう動くことは出来ないのだろう。


 レオンは手のひらのうえの、真珠のような滑らかな白さを持つ骨片を見つめて吐息をついた。映し人形(ソーマ・ドール)に埋めた骨は、これほど白くはなかったように思う。もっとくすんでいたはずだ。


 ビスクは今、血塗(ちぬ)られた人形の檻から解放されたに違いない。この骨に魂が宿(やど)っており、それを介して映し人形(ソーマ・ドール)が彼女の魂を(ゆう)していたならば、一切は終わったのだ。もう彼女を苦しませることはない。


 レオンは、映し人形(ソーマ・ドール)にビスクの骨を埋めた自分をずっと後悔していた。途方もない哀しみが垣間見せた、冒涜的(ぼうとくてき)な幻惑。自分はそれに抗えずに狂気的な罪を犯したのだ。先ほどの決意と、この罪とは矛盾しない。どちらも確固として内面を()めた心情である。それらの感情は骨を抜かれたことによって激しく鼓動していた。


 一度犯した罪は消えない。そんなことは重々承知している。


 ビスクの姿をした人形に魂を、つまりは手のひらにある小さな骨片に魂を認めたことも揺るがない。


 レオンは瓶の蓋を取り、潤滑液を骨に馴染(なじ)ませた。紫色の液体に染まっていく妻の骨を、とても愛しく思う。


 自分がなにをしようとしているか、よく理解している。一度は解放された魂を、再び血塗(ちまみ)れの檻に閉じ込めようとしているのだ。一度目に犯した罪よりも、もっとずっと重い罪を背負おうとしている。生涯苦しみ続けるだろう。魂の有無に関しても、事あるごとに揺らぎ、葛藤(かっとう)するに違いない。


 ――それを分かって、なぜ。


 映し人形(ソーマ・ドール)の胸へと骨を差し入れながら、自問自答する。


 ――私とビスクが望んだからだ。


 映し人形(ソーマ・ドール)は最後に、自分の胸を指差したのだ。その意味するところは雄弁である。そして一連の行為は、残虐な血の導きではなく、ほかならぬビスクの意思だったのではないかと感じてやまない。(かす)かに残った力を振り絞って、彼女はもう一度人形になりたいと示したのではないか。


 すべては仮定にすぎない。そもそも意思があったとして、それが亡き妻のものである根拠などない。誰ひとり、なにひとつ証明してくれないのだ。だから、信じながら、疑って、悩んで、苦しんで、祝福し、(うれ)い、愛さねばならない。


 ビスクの胸へ差し入れた指を引き抜く。人形の肌はその際、(わず)かな波紋を広げた。それからは、あっという間の出来事である。いくつかの亀裂が気弱な目を作り、薄幸な口を描き、髪がするすると伸びて、肉体も華奢(きゃしゃ)な女性のそれへと変わった。


 すっかりビスクの姿となった映し人形(ソーマ・ドール)は、その場にしゃがみ込んで自分の手を眺め、何度か長いまばたきをした。


「ビスク……」


 無意識に呟きが漏れる。


 怒っているだろうか。恨んでいるだろうか。また罪を犯した私を、どうしようもない奴だと(あざけ)っているだろうか。


 視界がゆっくりと、汚れたドレスに埋まる。ビスクにやんわりと首を抱かれているのだと知り、冷えた心がじわじわと温められていくような感覚を得た。


 ビスクは喜んでいるのだろうか。もしそうなら、どれほど良いだろう。


 永遠に壮健な身体で、愛する者とともに歩めるとしたら、どんなに幸せなことか。日々摩耗(まもう)する有限の肉体を持つ者には知り得ない感情である。


 やがてビスクは首を離し、付近の民家に駆け込んだ。


 一瞬愛想を尽かされたのかと思い、当然だと自嘲したレオンだったが、彼の勘違いである。


 民家から出てきたビスクは、両手に包帯やら添え木やらを抱えていたのだ。そしてレオンの身体を仰向けにさせ、脇腹を手当てし、足には添え木を包帯で巻き付けたのである。


 治療されると悟って、反射的に『自分でやる』と言いかけたが、結局口を(つぐ)んだ。


 もう、頼られない哀しみを味わわせるつもりはない。


 脇腹に包帯を巻くビスクの髪を撫で、レオンは万感の想いで口にした。


「ありがとう、ビスク」


 顔を()らすのは、彼女が恥ずかしがっているときの癖だ。でも誇らしいときにどんな顔をするのか、レオンは知らない。人形に表情はないのだから、きっと永遠に知ることはないだろう。


 それでも、彼女の指先が最前(さいぜん)よりも活発に動くのを見て、レオンははじめて直面する彼女の反応を少し愉快に感じた。たぶん、誇らしいときにビスクはちょっぴり調子に乗る。


 深まっていく夜の真ん中で、人生が霧なら、と思った。


 人生が霧なら、私とビスクは手を繋いで、先の見えない霧海(むかい)を渡っていくだろう。行き先はない。二人で手を繋いで歩むこと自体が目的で、ほかになにも()らないのだ。


 それを愛と呼ぶことに、なんの躊躇(ためら)いもない。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『映し人形(ソーマ・ドール)』→死者の魂を記憶し、再現する魔道具。通常、『映し人形』は魔力の糸を接続して人形術として扱う。『映し人形』を完成させるためには、再現する相手の骨などが必要となる。詳しくは『463.「映し人形」』にて

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