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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Leon.「無貌の刃」

※レオン視点の三人称です。

 レオンは(えぐ)られた腹を手で(かば)いながら、荒い呼吸をしていた。血が止まらない。身体の末端から冷えていく感覚がある。呼吸のたびに鮮烈な痛みが広がり、無意識に顔が歪む。それでもなお、彼の意識はたった一点に繋ぎ止められていた。


 ビスク。


 クマールの意識もまた、乱れつつも彼女へと固定されていたのは間違いない。映し人形(ソーマ・ドール)は基本的に術者と魔術的な関連を持つ。それも決して途絶えることなく、ある(しゅ)密接に。したがって術者――この場合レオンへの攻撃は、映し人形(ソーマ・ドール)の動きを減退させるのが自然だった。それが逆の結果をたどるなど、クマールの想定を超える事態だったのである。


 クマールが瞬時に、査定前の檻での一場(いちじょう)を思い出したのも当然の成り行きだろう。あのときレオンと映し人形(ソーマ・ドール)は魔術の繋がりを断たれた。にもかかわらず、人形は意思を(ゆう)しているかのごとく彼を押しやったのだ。


 クマールの意識が明確に切り替わったのはこの瞬間である。この映し人形(ソーマ・ドール)はほぼ自律しているのだと。しかも術者の傷に反応して能力を向上させる厄介な性質を持っている。むろん、ビスクに魂を認めたわけではない。


 そうした敵方の内面の変化など、レオンには知るよしもなかった。が、深手を負ったクマールが本気になったことだけは分かる。


 なぜなら――。


滅却打(パッサ)走狗(そうく)


 レオンを撃ち抜いた(こん)の一撃――弾丸のごとく伸縮する攻撃が、幾度(いくど)もビスクを捉えた。しかし当たらない。彼女の白いドレスが異常な速度で回避を繰り返しているさまは、嵐に(なぶ)られる無数の花弁を思わせる。


 クマールのその技は一撃たりとも無駄がなく、速度も威力も尋常(じんじょう)でないことをレオンは身をもって知っている。直撃すればビスクも無事ではいられない。それを思うと、脇腹の痛みが過小なほど心が苦しくなった。


 敵の攻撃が斬撃ならば、ビスクの敵ではなかったろう。彼女の花嫁衣装はあらゆる斬撃を通過させる魔道具なのだから。しかし打撃ばかりはそうではない。彼女の身体に(ひび)が入り、砕ける想像が頭に浮かんでやまなかった。今のビスクが痛みを感じないとしても、その身が借り物だとしても、どんな些細(ささい)な部位さえ損なわれるのは避けたい。彼女の小指が欠けるくらいなら、レオンは喜んで腕の一本を捧げたろう。


「クソ人形が!」


 クマールが弾丸じみた速度の棍を一切緩めることなく叫んだ。


 ビスクは回避しつつも、確実にクマールへと迫っている。ただ、接近すればするほどビスク側の危険度が増すのも事実だった。棍の速度は目で追えない。遠距離ならまだしも、近距離での回避はリスクと隣り合わせだ。


 レオンが再び空中に糸を張りめぐらしたのは、ビスクの回避を空中までおよばせるためである。今の彼女の動きに耐えきれる硬度に仕上げるのは難事(なんじ)だった。ただでさえこれまでの戦闘で魔力を消費し、なおかつ痛みで集中力も万全とは言えない。それでも、空中を駆ける白い残影はレオンの成果だった。


 クマールはビスクを追いきれていない。いかに卓越した魔力察知を持っていようとも、常軌(じょうき)(いっ)した速度は知覚も肉体の反応も置き去りにしてしまう。


 あと少し。


 あと数秒あれば、ビスクはクマールを八つ裂きに出来たろう。


 そうした危機感をクマールが(いだ)いていないはずがない。


一切浄滅(ヴィニャーナ)


 クマールの呟きとともに、棍の両端が無数の線となって周囲を覆い尽くした。ビスクの影も、棍と同色の線に包まれる。コンマ数秒のうちに、クマールを中心として十メートル近い球が形成された。


 緊密に織りなされた球が、細く分かれた棍によるものなのはレオンにも即座に理解出来た。その内部は決して空洞ではなく、身動きの取れないほど高密度の細工物(さいくもの)であることも。


 ややあって、紫の肌が球から脱した。多少疲労した面持(おもも)ちなのは、魔具の展開規模と速度がクマールにとっても負担が大きかった事実を示している。


 クマールが慎重に球に触れる。と、接触した箇所が盛り上がり、棒状に伸びていった。これまで手にしていた棍そのものが姿を見せたが、片方の端は球に接続されたままである。


鬱陶(うっとう)しい真似しやがって。オレを斬った(むく)いを受けてもらう」


 球が急速に縮まっていき、やがてひとつの人型を()した。双曲刀を振りかぶった姿勢のビスクが、棍で鋳造(ちゅうぞう)されたような、そんなかたちに。彼女の腹部には棍の端が繋がっている。


 今のビスクがどんな状態にあるか、レオンは想像もしたくなかった。急速に収縮した球の内部で、その身は粉々になってしまったのではないか。考えたくなくても悲惨な光景が頭に浮かんで仕方ない。


「ビスク……ビスク!」


 叫び、よろよろと歩むレオンを眺めやって、クマールが喜悦(きえつ)を顔に表した。


「そんなに心配かよ。そりゃあ、大事な大事なお人形さんだもんなぁ。……いいこと教えてやるよ。映し人形(ソーマ・ドール)は壊れちゃいない。動けなくしただけだ」


 それを聞き、レオンは「本当か?」と反射的に問いかけてしまった。足を止めて。さぞ間抜けな顔をしていることだろうが、自分を(かえり)みる余裕などない。


「ああ、本当だ。髪一本抜けちゃいねえし、爪の先まで無事」


 レオンは心から安堵(あんど)したが、クマールの表情に残忍さが満ちているのを看取(かんしゅ)し、悪寒(おかん)を覚えた。


 おそらく彼は嘘を言っていない。ただ、このままで済ますつもりもないのだ。


 クマールは首飾りのひとつを外し、レオンの目に映るよう、悠然と(かか)げた。金鎖の先に、薄紫色の液体を(たた)えた小瓶が下がっている。


「こいつがなにか、分かんだろ?」と言ってクマールは瓶の蓋を(ひね)って外し、片手に内部の液体を垂らした。それを丹念に指先へと塗り込んでいく。「潤滑液(じゅんかつえき)だ。これを塗りゃあ、大抵の魔具や魔道具の内側に(さわ)れる。テメェも使ったことあんだろ? お人形に骨を埋めるときに」


 忘れもしない。


 人攫(ひとさら)いを容認する見返りとして、レオンはルーカスから潤滑液を得たのだ。それで、死んだビスクの骨を――。


 レオンの指先から無意識に糸が放たれた。刺突の糸。切断の糸。拘束の糸。四方八方に張りめぐらしたビスクの足場も動員してクマールを攻撃したが成果はない。彼は薄笑いを浮かべ、ビスク付きの棍ですべての糸を薙ぎ払ったのである。おまけに、伸ばした棍でレオンの右足を(したた)かに打った。例の弾丸じみた速度の技ではない。単純な打撃だったが、レオンは()すすべもなく攻撃を受け、その場に崩れ落ちた。膝が妙な具合に曲がっている。骨が折れたのだろう。だが、そんなことはどうでもよかった。


「……やめろ」


「やめねえよ? オレをナメたことを後悔するんだな」


 クマールは棍に包まれたビスクへと指を伸ばした。


 なにをしようとしているか、レオンには分かっている。絶叫を上げて幾条(いくじょう)もの魔術を放ったが、ことごとく無為(むい)に終わった。


 やがてクマールの右手が棍に包まれたビスクへと、するりと入っていく。(もてあそ)ぶようにビスクの内部がまさぐられているのは明らかだったが、それは決して(はずかし)めのためではない。


 クマールが手を抜き去ると、そこには紫の液体に濡れた白骨が(つま)まれていた。


「こいつは誰の骨だ? 恋人か? それとも姉とか妹か? まさか他人じゃねえだろ?」


「妻だ! 私の愛する妻の骨だ! それに触れるな!!」


「マジかよ。テメェは正真正銘のイカレ野郎だな。嫁の骨を埋めてお人形ごっこって、頭おかしいだろ」


「正論だ! 私は狂ってる! それでいい! 貴方は正しい! だから、頼むから、それを返してくれ!」


 叫びながら、レオンは自分の心が少しずつ冷めていくのを感じていた。


 もうビスクは人形に閉じ込められていない。解放されたのだ。この男に妻の骨を弄ばれるのは我慢ならないが、ようやく彼女は自由になったのではないか。(おびただ)しいほど凶悪な血を吸った映し人形(ソーマ・ドール)という檻から。


 ビスクを封じていたクマールの棍が、もとの姿に戻る。すると、現れたのはのっぺりとした顔のない人形で、身体に合っていない花嫁衣装を(まと)っていた。人形は双曲刀を手にしたまま、ばたりと地に落ちる。


 それはもはやビスクではなかった。一体の、無貌(むぼう)の人形である。


「随分青褪めてやがんな。大好きなお人形の正体なんて分かってただろ? テメェが大事に大事に愛してたのはコレなんだよ!」


 棍の先で人形を示して、クマールは哄笑(こうしょう)を上げた。


 そしてレオンへと向き直り、骨を突き出す。


「今からこの骨を砕く。跡形もなく、ぶっ壊す。それでようやくオレの気分も晴れるってもんだ」


「それだけはやめてくれ!! もうビスクを苦しめないでくれ!!」


「苦しめるってなんだよ!? 笑わせんな。骨だぞ、骨。生きてねえよ。バカじゃねえのか? テメェは――」


 言葉が途絶え、血が舞った。血族の――クマールの黒い血である。彼の腹部から刃が突き出ていた。それはすぐさま抜け、別の箇所に刃が突き出る。何度も、何度も。


 振り返ったクマールは驚愕しただろう。無貌の人形が、ぎこちない動きで双曲刀を突き刺しているのだから。


 人形とレオンとは、骨が抜かれた時点で魔力の繋がりが絶えている。そして骨を抜かれた映し人形(ソーマ・ドール)木偶(でく)でしかない。動くはずがないのだ。もちろん、レオンが人形術で動かしているわけでもない。


 やがてクマールは自らの血溜まりのなかに倒れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『映し人形(ソーマ・ドール)』→死者の魂を記憶し、再現する魔道具。通常、『映し人形』は魔力の糸を接続して人形術として扱う。『映し人形』を完成させるためには、再現する相手の骨などが必要となる。詳しくは『463.「映し人形」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ルーカス』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。銀色の梟面を身に着けた小太りの男。父である『巌窟王』と一緒に暮らしている。同じ血族であるマダムに攫った人間を提供していた。血族のみ参加出来るオークションで司会をしていたが、クビになった過去を持つ。クロエをオークションに出品する優先権を持っている。ハルピュイアを使役する権能を有し、特殊な個体である赤髪のハルピュイアとは独自な契約関係にある。マゾヒスト。詳しくは『472.「ほんの少し先に」』『609.「垂涎の商品」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『人形術』→魔力製の糸で物体を操作する魔術。複雑な機構のものを操るのは不可能とされている

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