9 みんなで戦おうぜ!
傀儡種。
それは他の生物を汚染し、同類に仕立て上げる災厄だ。
何よりも恐ろしいのは、生身で触れれば一瞬で汚染され、いずれ傀儡化されるところにある。
奴らと接触してはならない。
それなら遠距離攻撃はどうかというと、その体表はよほどの強弓によるものでないと弾き返してしまう。
ロザリンドがチェルシーに俺を持たせたのは、そうした傀儡種の性質による。チェルシーは基本的には弓が得意で、剣の方はあまりうまい方ではなかったのだ。
俺が傀儡種だと指摘したおかげで、マルクたちもようやく理解した。
「絶対に触られるなよ、チェルシーは常に距離を取るように!」
マルクが注意事項をおさらいした。
「ブレアは最前衛で頼む」
「おう」
リーチがある槍を持つブレアは、彼らのパーティーの中で傀儡種に一番有利だ。
一行の中で一番有利なのは、ロザリンドだ。神聖術の自己強化術式の中には、傀儡種の汚染を防ぐことができるものがある。彼女は当然それを使用しているはずだ。
ロザリンドが向かっていくのを察したのだろう、傀儡種がこちらに向かってきた。低木の陰から出て、全身があらわになった。
牛頭の人型。ミノタウロスの傀儡種だ。右手には巨大な黒い剣。背中からは傀儡種の外見的特徴の一つでもある黒く長い触手が2本伸びて蠢いていた。
「はぁぁ!」
ロザリンドが気合と共に飛び掛かり、大剣を振り下ろした。
傀儡種の剣が迎撃し、激突した剣同士が重い音を響かせた。
2撃、3撃。
ロザリンドと傀儡種が大剣を振るいあう。互いに一歩も退かない。
傀儡種化は、素体の全ステータスを大幅に強化させる。ただでさえ力の強いミノタウロスが傀儡種化すると、恐ろしい力を発揮するようになる。
真に恐るべきは、その傀儡種ミノタウロス相手に力勝負を挑めるロザリンドかもしれない。
剣での打ち合いは五分。
傀儡種は触手も使ってロザリンドに打ちかかった。
この触手も要注意で、それなりに鋭く動くわりに打撃力はほとんどないが、相手を絡めとって捕まえることができる。接触を恐れなくていいロザリンドであっても、触手につかまれれば剣の防御に支障が出る。
ロザリンドは触手の攻撃を避けつつ距離を取った。
「ブレアは左から、マルクとカラーダは右から囲め!」
俺は後方のチェルシーに抱えられたまま指示を出した。ブレアの槍で傀儡種の剣をけん制し、剣攻撃を受けにくい側からマルクとカラーダが攻める、そういう陣形だ。
「まずは間合いをつかむんだ。剣は必ず回避、触手を受けるときは必ず金属部分で止めろ!」
触手は粘液を持っていて、布地で受けるとしみ込んだそれを通して傀儡種に触れる可能性がある。過去何人もそれでやられたやつを見た。
「モールドさんは走って!」
「はい!」
モールドが荷馬車を引く馬に鞭を打って走らせた。荷馬車が加速して戦場から離れていく。
「少しずつ誘導して道の上で戦うぞ!」
俺の指示の下、全員がうまく働いて傀儡種を道の上へと引っ張り出した。
戦場が森の中から広い道の上に変わり、木や草に邪魔されることなく回避できるスペースが取れるようになった。
「チェルシーはもう3歩離れてくれ」
俺は各人の立ち位置も細かく調整して陣形を整えていく。
急ごしらえながら、英雄級の強さを持つロザリンドを中心に戦いを安定させることはできた。連携は完璧ではないものの、傀儡種が最大の脅威であるロザリンドを無視してほかの3人を攻撃することは簡単ではない。
だが、傀儡種を削るためには足りない。傀儡種の攻撃は受けないが、こちらも十分な攻撃をできていないのだ。
疲労が蓄積して動きが鈍る前に有効な攻撃を加える必要がある。ミノタウロスと体力勝負などやるバカはいない。
(そろそろ間合いを見切れてきたか?)
俺はそのタイミングを待っていた。どの程度の踏み込みなら傀儡種の攻撃をよけられるか。その間合いの見極めが重要なのだ。
(よし、いこう)
それができたと判断して、俺は攻勢に出ることにした。
「カラーダ、2歩分背後へ回り込め!」
カラーダに傀儡種の背後を取りに行かせる。傀儡種の注意がカラーダに向かった瞬間、ブレアの槍への警戒が一瞬緩んだ。
ブレアが俺の指示を待たず槍を突き入れた。
ナイス判断だ。仕事ができる男だね。
ブレアの槍がミノタウロスの脇腹に刺さった。
(あ、やばい)
ブレアが槍を引くのが一瞬遅れた。傀儡種の腹筋が、ブレアの予想を超えて突き刺さった槍を離そうとしなかったのだ。
傀儡種の左手がブレアの槍をつかんだ。
「カラーダ、全力攻撃!」
俺が叫んだ時にはもうロザリンドが踏み込んでいた。さすが聖騎士。
斬り上げたロザリンドの大剣が傀儡種の左手を切断した。
それに遅れてカラーダの剣が傀儡種の背中を打った。刃が触手の一本を切断し、背中に食い込んだ。
切断された触手は細かいちりとなって消えていく。
ようやくブレアが槍を引き抜いた。
切断されていないもう一本の触手が空中でうねる。
(あ)
その触手がカラーダめがけて振り下ろされ、カラーダの、首があったはずの守られていない部位を打った。
どくん。
心臓の感触などないのに、心臓が大きく脈打った感触がした。
カラーダの首の断面が黒い染みができていた。




