10 思い出しちまったよ
一度傀儡種に汚染されれば、汚染を除去する手段はない。
黒く染まった部位を取り除いても治療効果はなく、次第に黒い部位が面積を広げていき、それが全身に回った時、傀儡種となる。
カラーダの首の断面、それはロザリンドによれば結界の一種のような白い靄に覆われていたその部分が、一部黒くなっていた。
それは俺の体である。この場合俺はどうなるのだろう。
カラーダは首を打たれた衝撃で2、3歩退がった。
その黒がじりじりと広がっていく。
カラーダの左手が首に当てられる。その手が震えているように見えた。
どくん。
もう一度心臓が鳴る感覚。
(違う、これ心臓じゃない)
知っている。
俺はこの感覚を知っている。そう思った。
(これは、汚染が広がっていく感覚だ……)
そう意識した瞬間、カラーダの体が白い輝きを放った。俺の視界も白く染まる。
(この、光は……)
そうだ、これも知っている。これはあの時に見た光だ。
第213独立遊撃隊。通称勇者ローラン隊。精鋭50名からなる部隊で、10人ずつの小隊に分かれ、傀儡種討伐を進めていた。
俺はその中の第3小隊の小隊長を務めていたのだ。
ある時、俺の小隊は第2小隊と合同である傀儡種と戦った。
火竜の傀儡種だ。ただでさえ手に負えない火竜が傀儡種となって、化け物と呼べる脅威となり果てていた。
2つの小隊は大きな犠牲を払い、その傀儡種を討伐することができた。
その犠牲の中の1人に俺が含まれていた。そろそろとどめを刺そうという段階になって、その爪に左肩を引っかかれてしまったのだ。
どくんどくんと左肩から汚染が広がっていく。
こうなった場合の処置はもう一つしかない。傀儡種になる前にとどめを刺してもらうことだ。
「たのむ……ティーナ。殺してくれ……」
俺は、横たえられた俺の手を取って泣いている女に、それを頼んだ。多少ながら神聖術を使える、神官戦士の女だ。
彼女とて、俺に手の施しようがないことは分かっているはずだ。
俺は目を閉じてその瞬間を待った。
俺の首に冷たい刃物が当てられた。断頭処置。確実に殺しきり傀儡種化を防ぐためにこの処置がとられる。俺も何人の仲間の首を斬ったことだろうか。
刃が一度離れ、程なくして俺の首は断ち切られた。
死が訪れるまでの短い時間で、最後に彼女の顔を見ようと目を開けた俺の目に飛び込んできたのは、俺と彼女を包む白い光だった。
これまでとどめを刺してきた仲間の誰にもこんな光は現れなかった。
何が起こっているのか。
薄れゆく意識の中、俺の耳にティーナの言葉が届いた。
「あぁ、神よ……」
そこで俺の意識は途絶えた。
その後気が付いた時には、首だけになっていたのだ。
その光。
あの時見た光と同じ光が、今目の前にあった。
脈打つような傀儡種の汚染の侵攻が弱まっていくのを感じる。カラーダの首の断面、黒く染まった部分が次第に小さくなっていく。
(浄化されてる……?)
こんな神聖術はないはずだ。そんなものがあったら、もっと早くにロザリンドから言葉があったはずだ。だから俺の知らない間に開発された新しい神聖術ということはない。
分からない。だが恐ろしさはない。この光は間違いなく俺とカラーダの汚染を浄化してくれている。
ミノタウロス傀儡種が光にうろたえている。
チャンスだ。
「ロザリンド、今だ!」
ロザリンドもまたカラーダの様子を見ていたが、俺の言葉にはっとして傀儡種に向き直った。
ロザリンドがひときわ強い燐光を纏い、傀儡種に向けて跳んだ。大上段に振りかぶり、落下に合わせて大剣を振り下ろす。
大剣が傀儡種を縦に両断した。次いで、ロザリンドが回転しつつ傀儡種の胴を薙ぎ払った。
十字に分割された傀儡種の体がその場に落ちた。
そのころには、カラーダの首から黒い部分はなくなり、光も収まっていた。
「……ふう」
戦いが終わったことを確認して、ロザリンドが大剣を背に収めた。
「アルト、大丈夫ですか?」
ずんずんと俺を抱えるチェルシーのところまで歩いてきて、ぐいと俺の首の断面を調べた。
「汚染はもうないようです。消えていますね」
「どうやらそうみたいだ。なんでだろうな?」
疑問を口にする俺の前で、ロザリンドは跪いて両手を組んだ。口の中で祈りの文句をつぶやくと、立ち上がった。
「何でも何もありません。神の奇跡です。その力が振るわれるとき、光が放たれるといいます。ただ、私が見たところ、あなたが今起こしたものではないと思います」
俺には心当たりがあった。
今思い出した光景。その中に答えはある。
「ティーナだ。俺と同じ部隊にいた神官戦士。こうなる前、傀儡種に汚染された俺にとどめを刺して、その時も光を見た……」
「そうなのでしょうね。神の奇跡は、神官に限られるものではないですが、過去の記録上神官が起こしたケースが多いです」
「俺は彼女に生かされたんだな」
ロザリンドは頷いた。
「じゃあティーナにお礼を言わないとな。きっとまだ生きてるだろ。神官戦士をやっていたんだし、探せるんじゃないかな」
「探せるとは思います。ただ……」
ロザリンドは言いよどんだ。
「ただ?」
「奇跡には必ず代償があります。不可避の死を覆す奇跡となると、過去の例では術者は必ず死亡しています」
俺は言葉を失った。
その言葉が本当なのであれば、ティーナは死んだということになる。
「奇跡は、自身のすべてに代えてでも叶えたい願いのためにもたらされると言われています。そのティーナという方は、自分が死んででもあなたに生きて欲しかった。そういうことだと思います」
ロザリンドの声音は暗い。神の奇跡をたたえるべきとする教会の一員でありながら、俺の心情を慮ってくれていることが分かった。
もっと冗談ぽく言ってくれれば笑い飛ばすこともできたのに。その配慮に彼女が事実を述べていると気付かされてしまった。
「……」
俺が言葉を発せずにいると、カラーダがやってきて、チェルシーの手から俺を取り上げ、俺を抱きしめてくれた。
カラーダも俺と同じ気持ちなのだと思った。




