11 任務、完了
その日の夜、俺たち一行は町道沿いの宿泊小屋に泊まった。
宿泊小屋といっても、誰かが常駐しているわけではない。ただ柵で囲まれた建物があるだけの場所で、町道を通る者たちが勝手に泊まるためのものだ。
当然、身の安全は自分たちで確保しなければならない。夜の間、護衛は、荷馬車の脇で馬と荷物を守りながら、異常がないかずっと張っていなければならないのだ。
ロザリンドは護衛の員数外。ほかの4人が交代で見張りに立つことになっていた。
今日はまず俺とチェルシーの組み合わせからだった。
話が弾むという間柄でもないから、俺とチェルシーは荷馬車の御者台に座ってぼーっと夜空を見て過ごしていた。
チェルシーは手持無沙汰なのか、弓の弦を指で弾き、音を鳴らして遊んでいた。音楽というには素朴すぎるが、妙に落ち着く音がしていた。
「今日は元気ないのね」
「そうかな?」
「そりゃあもう。塞ぎこんでるって言ってもいいくらい落ち込んでるわよ」
「そうかぁ」
そうなのだろうな、と思った。
なぜ死んだのか、そしてなぜよみがえったのかを思い出した。俺は今、ティーナの犠牲のもとに生きている。
「ティーナって恋人だったの?」
チェルシーはいきなりその感傷のど真ん中にボールを投げ込んできた。
「そうだな」
俺は短く返した。
「町に居たら飲ませて聞き出すところだけど、ここじゃそうもいかないわね。話したくなったら思い出を話してくれてもいいわよ」
不思議な配慮のある申し出だった。
「その気になったらな」
そう言われたからといってすぐに話し出す気にはなれなかった。
再びチェルシーが弓を弾く音だけが響くようになった。
「……あいつ、かいがいしく世話しようとするわりに雑なやつでさ」
その音に誘われて、つい俺はぽつりぽつりとティーナの思い出を語った。話し始めてみるといろいろなことが思い出されてきて、時系列も脈絡も気にせずに思いついたことを並べていった。
チェルシーは余計な口を挟むことなく、弓を弾きながらそのすべてをただ聞いてくれた。
翌日、俺たちは目的地にたどり着いて無事護衛の仕事を終えた。
「ありがとうございました。こちら、お約束の報酬です」
モールドから銀貨の入った袋を受け取った。俺は中を確認して依頼書通りの枚数が入っていることを確認し依頼の完了確認書にサインをした。
「確かに」
同じくマルクたちも報酬を確認していた。
「じゃあなー!」
モールドやマルクたちと別れ、俺たちは教会へと向かった。
もちろんお祈りだなんて敬虔なことをするためではない。ロザリンドはそのつもりかもしれないが、俺は違う。
今の俺は聖騎士ロザリンド様の同行者。つまり教会にただで泊まれるのだ!
教会の施設は質素だが、贅沢を考えなければ十分でもある。
「またちょうどいい護衛依頼があるといいな」
そうすれば旅の目的地に向かいながら金を稼げる。
「それなのですが」
都合のいいことを考えていた俺にロザリンドが待ったをかけた。
「次の町に行くまでの間に寄りたい場所があるのです。護衛依頼はなしにしてもらえませんか?」
「寄りたいところ?」
「教会の関係施設です」
巡礼地か何かだろうか。
「別に構わないよ」
モールドの護衛依頼のおかげでそれなりの金銭が手に入った。教会で宿代を浮かせてもらうのだ、町一つくらい、なんてことはない。
俺たちは町の中心にある大きな教会にいくと、無事眠る部屋を確保し、鎧を脱いだ。
「ふぅー」
俺はやっと窮屈なヘルメットから解放されて、テーブルに飾られた生首となって一息ついた。
晒し首みたいだ。
カラーダは鎧の下に着る厚手の服から、町中用の柔らかいチュニックに着替えている。
(体が勝手に着替えてくれるって最高だな)
首だけになって一番良かったと思える事柄かもしれない。
「カラーダ、ちゃんと脱いだ服はたためよ」
俺は注意した。カラーダは脱いだ服をその辺にぽいと捨て置いていたのだ。まったく俺の体とは思えないだらしなさである。こんな体に育てた覚えはないぞ全く。
最後にカラーダは首にリング状の幅広い革のベルト、つまり首輪を嵌めた。これは町中でずっとヘルメットをしているわけにはいかないだろうと、防具屋の親方が親切にも作ってくれた首固定用の首輪だ。
カラーダはそこに俺の首をすっぽりとはめ込み、向きを調整したうえで、ベルトを軽く締めこんで固定した。その上からスカーフを巻いて『おしゃれでこうしてます』という形を整えれば完成である。
これで、跳んだり走ったり深くお辞儀したりしなければ、首は落ちない。安心して町に出られるというものだ。
「飯食いに行こうぜ」
俺はカラーダに言った。カラーダがぐ、と親指を立てて賛同してくれる。
「何喰いたい?」
聞いてみると、カラーダは俺の目の前で指を動かして字を書いた。
『肉』
「いいねぇ。シチューかな」
シチュー、すなわち煮込み料理はどこの町に行ってもある定番のものだ。町や店によって具材やその切り方が異なり、時には塩以外の調味料を使うこともあって、多彩な楽しみがある。
教会の者におすすめを聞いてもいいのだが、ここは通りを歩いて物色し、一期一会の味わいを楽しみたいところだ。
「お出かけですか」
教会から出ようと歩いていると、ロザリンドと行き当たった。
「飯食いにね」
「首を落とさないよう注意してくださいね」
「あぁ」
「冒険者ギルドでも落とした実績ありますからね。本当に気を付けてくださいね?」
「わかってるさ」
ロザリンドの注意がしつこい。俺は安心してくれ、と笑うと教会から出た。
「さて、どんな店があるかなっと」
飲食を出す店の多くは大通り沿いにある。それはやはり往来する客の多さと、安全上の理由だ。誰だって知らない町で路地に入って迷うことは避けたい。
飲食店の多くは通りに面したカウンター席を用意していることが多い。料理のにおいも集客なのだ。俺はいくつかの店先で香りや料理を確認して物色してみた。
多くの店が鶏肉を煮込んだ料理を出していた。店によっては獣肉や川魚を出す店もあったがそうした店は少数派だ。
(この町は鶏肉が中心か)
鶏肉の良さはなんと言ってもそのさっぱりとしつつうまみのある味わいだ。
どの店に入ろうか、と悩みながら歩いていると、前から見知った顔が歩いてきた。
「おや、アルトじゃないか」
マルクたちパーティー3名である。
「もう会ったな。飯か?」
「そうよ。ちょうどいいわ、アルトも一緒に飲みましょう」
チェルシーがそんなことを言い出した。
「別に俺は一人でもいいんだけど」
その方が気楽だからと断ろうとした。
「何言ってるの。冒険者の流儀知らないとは言わせないわよ」
だがチェルシーは聞く耳を持たなかった。
「流儀?」
依頼を一緒にやっただけで何かするような慣習があるとは聞いたことがない。
何のことかわからない、という顔をする俺に対して、チェルシーは大げさにため息をついた。
「仲間を亡くした奴を見かけたら、無理やりでも酒に付き合わせるのよ。だからこれは強制」
なるほど。そういうことか。俺は理解してにやりと笑った。
「奢りだろうな?」
「もちろん。ちょうど依頼を終えたところだからお金ならあるわ」
よろしいチェルシー。俺がつぶれるかお前の財布がつぶれるか、勝負だ。




