8 敵は
「魔物だ!」
前からチェルシーの声がした。
「ゴブリン5、オーク2、陽動の可能性あり!」
マルクとブレアが目を見合わせた。
「アルト、前に行ってくれ。後ろの警戒は俺たちが」
「わかった!」
俺一人の追加で足りるだろうか。
そう思いはしたが俺は素直に応じて馬車の前へと向かった。
こういう時は最初に提案された内容に従った方がいい。適切さよりも迅速性だ。現場でどうするかいちいち相談していたら手遅れになってしまう。
それに、同じパーティーで連携できる2人が残ることには十分な合理性がある。
前方では、魔物たちがチェルシーの放つ矢を防ぎながら突撃してきているところだった。先頭が盾持ちのオーク2体。その後ろにゴブリンたちが群れている。
こちらの役割分担として前衛はロザリンド、後衛にチェルシー。
先ほどの話を聞いた後だとロザリンド一人いれば十分じゃないかとも思えるが、敵は数が多い。馬が傷つけられることなく倒しきる必要があることを考えると不安はある。
「剣をとってロザリンドの横に」
俺は小声でカラーダに指示を出し、ロザリンドに並んだ。
オークたちが目の前まで迫ってきている。
「合図したら斬りこむんだぞ……今だ」
俺の合図で、カラーダがオークに斬りかかった。
オークが盾を前に押し出し、剣を防いだ。
がん、と隣ですごい音がした。
横目で見ると、ロザリンドの大剣が盾を両断していた。そこへチェルシーが矢を放つ。ロザリンドは後ろに目がついているかのように飛んできた矢をよけ、矢はそのままオークの左肩へと突き刺さった。
俺の方は、カラーダとオークが斬りあっている。状況は互角。
だが俺は現状の最大の問題に気が付いていた。
(周囲が確認できない!)
これである。
今の俺はカラーダの上でまっすぐ正面を向くように固定されている。
上半身の動きに合わせて視点の位置、向きがぶれるのである。首がちゃんとくっついている諸君、首を上下左右にめちゃくちゃに振ってみてほしい。何も見えないという俺の気持ちを理解してもらえると思う。
「カラーダ、ストップ、一瞬離れて首をモールドさんに投げ渡してくれ!」
俺は耐えられずにそう指示した。
カラーダが一歩下がり、右手が胸のボタンをはずして首を引き抜いた。ぽい、と御者台のモールドへと投げ渡された。
「え、ええ! ひえ!」
投げ渡されたモールドは、突然自分の首をもいだ俺におどろきつつ、反射的にキャッチし、それが頭だということに気付いてかわいそうな声を上げた。
「モールドさん、俺の顔を戦場の方に向けてくれ。頼む!」
手にした生首がしゃべっている。モールドは顔を青くしながらも俺の頼みを聞いてくれた。
おかげで戦場が見渡せた。
圧倒的なのはロザリンド。すでにオークの一体を倒し、ゴブリンたちが馬車に近づかないようけん制しつつ戦っている。燐光と共に振るわれる大剣の一撃ごとに風がうなり、その様は暴風を纏っているようだった。
その暴風の隙間を縫ってチェルシーが矢を放つ。その連携は安定していて、ゴブリンたちは荷馬車に近寄ることができないようだ。
カラーダとオークの戦いはらちがあきそうにない。戦いは互角で、一進一退だ。
(俺にしては弱い……)
自慢じゃないが、俺はそれなりに強い部類に入る剣士だった。勇者の率いる部隊の一員に選ばれるくらいには強かったのだ。
だが今のカラーダの動きにはその強さのかけらもない。
(考える頭がないからか、それとも体の動きに頭を使えないからか……)
頭という物体は重い。体を動かすにあたってその重さをどう利用するか、という工夫がいる。うまく使えば、頭の重さは動きにキレを加えるのだ。
その頭がない。その影響は思っていたより大きいのかもしれない。
さらに、戦い方にも工夫がない。考える頭が俺の方についているからか、カラーダの攻撃は単調だ。
「カラーダ、盾に気を取られすぎだ! 盾なんて手で掴んだっていいんだぞ!」
俺はアドバイスを送った。
戦いとしてはロザリンドとチェルシーがゴブリンを片付けるのを待てば問題ないだろう。時間の問題だ。
俺はその間にカラーダに戦いを指導することにした。
「そう、そうだ。盾を好き勝手使わせないように立ち回れ!」
まったく、手のかかるカラーダである。
戦いは俺の予想通り、ロザリンドとチェルシーがゴブリンたちを数体始末したところで、魔物たちが逃げ出していった。
結局、最初に警戒した伏兵、別動隊は来なかった。
「彼は、首と胴が離れてしまっていますが、教会としては現状危険な存在ではないと考えています」
戦闘が終わって、ロザリンドはモールドにそう説明した。
ロザリンドは最初俺の方になぜ首をはずしたのか、と恐ろしい圧を放って詰めてきたのだ。本当に怖かった。
だが俺が理由を説明すると、彼女はすぐに圧を収めた。納得してくれたのだ。
そうなると次はモールドに対する事情説明である。
「え、ええと、アンデッドとかでは、ないんですかね?」
「アンデッドではありません」
断言する聖騎士の言葉は強い。
「そうですか。わかりました。驚きましたし、不気味な思いもないではないですが、ロザリンド様の言葉を信じます」
モールドはそう納得してくれた。聖騎士様々である。
「ありがとうございます」
マルクたちの方は、あらかじめ情報として聞いていたためか、実際に見て驚いたというくらいの反応だ。
「本当に外れてやがる」
「前情報なく見たらデュラハンだって叫ぶところだわ」
「信じられない。首と胴が離れてるんだぜ。なんで生きてるんだ……」
こうして無事全員の理解を得られ、俺たちはそのまま護衛としてモールドについていくことができた。
「なぁ、ロザリンド」
荷馬車を止め休憩している最中、俺はロザリンドに頼みごとをしに行った。
「カラーダに、剣術の指導をしてやってくれないか」
この一行の中で一番強いのはロザリンドで、俺が最も頼みごとをしやすいのもロザリンドだ。
「私が?」
「口だけの指導じゃうまく伝わらないだろ。動きを実演して修正してくれる人が必要なんだよ。このままじゃ弱すぎる」
「確かにそれはそうですが、私も頭がない体の動かし方は分からないですよ?」
さすがロザリンドである。頭がないことが動きにかかわることをすでに察している。
「それはカラーダ自身が何とかするしかない。けれど、基本をやることには意味があると思うんだ」
「なるほど。カラーダ自身はどうなのです?」
ロザリンドはカラーダの胸に目を向けた。
問いかけられたカラーダは、右手を胸に当てて考えた後、指で丸を作った。
「いいと思う、ということかな」
親指が立った。
「それなら、承りましょう。アルトの修めた流派はどちらのものですか?」
「ファーレンハイト式だ」
ファーレンハイト式の剣術は攻勢を得意とする剣術流派だ。
「それなら私も基礎の型は把握しています。ファーレンハイト式を教えるということでいいですか?」
「頼むよ。それに合った筋肉がついているはずだし助かる」
こうしてカラーダは恐怖のドラゴンスレイヤーに剣術を教わるという剣士垂涎の地位をゲットした。
その後2日間は特に魔物の襲撃もなく、平和な旅をすることができた。
3日目、異変が起こった。
「……全員、左側へ」
ロザリンドが何かを察知して指示を発した。
俺やマルクたちは疑問を挟むことなくその指示に従って馬車の左側に集まった。
左側には、深い森が広がっている。低木や生い茂った草で森の中は見通せない。
「止めますか?」
モールドが聞いてきたが、ロザリンドは首を振った。
「このままで。接敵したら、全速力で少し離れてください」
「は、はい」
モールドの声が硬くなった。それだけ危険なのだと理解したためだ。
森の奥からがさりがさりと音がした。
何かがいる。
「カラーダ、首をはずして抱えといてくれ」
荷馬車に乗るモールドが離れる以上、首をモールドに預けることはできない。だが首として乗っかっていたままではうまく指示出しすることもできない。まずは抱えておいてもらい、状況に応じてどうするか考えようと思った。
木々の隙間から何かの一部が見えた。
黒い。表面はぬらぬらと輝いて、時折赤や青、黄など様々な色の線がぐねぐねしながら走っている。
「あ、あれは……」
一目見て俺は理解した。全容を見るまでもない。
ロザリンドが剣を抜き燐光を発した。カラーダも剣を抜いた。臨戦態勢。
マルクたちはそれが何かまだ理解していないようだった。警戒はしているものの、臨戦態勢には入っていない。
「チェルシー、アルトの首を持ってください。全員抜剣。矢は通りません」
ロザリンドのその指示はそれが何者か完全に理解していることを示していた。頼もしいな、と俺は思った。
「は、はい」
俺はチェルシーに渡された。チェルシーは左手で俺を抱え、右手で剣を抜いた。
「マルクたちはアルトの指示に従ってください」
そう言い残して、ロザリンドは駆け出した。
それに向かって。
俺は状況を理解していないマルクやモールドに知らせるために、あえて口にすることにした。
「気をつけろよ、傀儡種だ!」




