5 俺は無実の首だけ男!
「……解散?」
俺の記憶にそんなものはない。俺の記憶では、おぼろげながら、傀儡種討伐のために戦って、戦って、そこで死んだと思うのだ。
「えぇ、勇者ローランが傀儡種の根源を討伐したのが15年前。そこから5年かけて大きな残党をつぶし、今はもう時折はぐれた個体がいる程度、通常の国家体制で対処できるまでになりました」
「そんな。根源討伐なんて俺は知らない」
「死んでいる間に15年以上経ったのかもしれないです」
ロザリンドは冷静に俺の状況を分析してくれた。
彼女が嘘をついているようには見えない。聖騎士とは信仰篤い者だけが到達できる人の極致の一つ。このような嘘を言うことはない。
「そう、か。傀儡種討伐、終わったのか。よかった」
俺はそうつぶやくことしかできなかった。実感はない。ただ、あの地獄のような戦いがもう終わっているのだと聞くと、安心する思いは湧いてきた。
「勇者ローランなら有名人ですし、探して会うことができるでしょう。そうすればアルトのことも少しわかるかもしれないですね」
「会えるのか?」
「私は聖騎士ですから」
ロザリンドは平らな胸を張った。
たしかに聖騎士といえば社会的な地位はかなりのものだ。信用度で言えばトップクラス、聖騎士が黒といえば黒だ。王侯貴族でさえ彼らをぞんざいに扱うことはできない。
「もしかして、手伝ってくれるのか?」
「教会の審理であなたが処刑されなければ。こんな面白そうな観察対象、じゃなかった監視すべき危険かもしれない存在を野放しになどできません」
本音が全部漏れている。
これも彼女の正直さの表れだろう、と俺は解釈した。
「ありがとう。そうなったら頼むよ」
「えぇ。もう少し、覚えていることを聞いても?」
「いいよ、何でも聞いてくれ」
俺は請け負って、ロザリンドの質問に備えた。
翌朝、俺たちはロザリンドと共に村を出発した。
ロザリンドの聴取は結局深夜まで続き、俺たちは村の柵の外で柵によりかかって寝た。
そう、なんとこの体になっても眠気があるのだ。俺がアンデッドではない証左の一つといえよう。
村を出て2日、昼過ぎに俺たちは一つの町にたどり着いた。
「タスナムの町です」
「俺の記憶では砦だったんだがなぁ」
俺の記憶ではタスナムは大きな砦だった。遠くから見たその町は、かつての砦をベースに拡張して町へと発展したようだった。
ロザリンドの求めもあって、俺はことあるごとに自分の記憶にある世界の状況を口にするようにしている。そのすべてが、俺が嘘を言っているのではないのか、ということへの検証に用いられる予定だ。
「守備隊の隊長はエルクス男爵、領地が少し遠くてぼやいていたな」
俺の言葉を聞いてロザリンドがさっと手元の紙にメモを記した。後で町の記録が調べられることだろう。
町に出入りする人はまばらだ。
道行く人が俺たちの姿を見ても驚く者はいない。
さすがに俺だって首が離れたまま道を歩けばやばいことくらいわかる。
俺たちは村で鎧のヘルメットだけを借り、首の上に乗っけてベルトで押さえつけ、見ただけでは首と胴が分かれているとわからないようにしているのだ。しっかり固定されている物ではないから時折ぐらつくが、歩くくらいなら問題ない。
町の門はロザリンドが顔パス。
「おかえりなさい、ロザリンド様!」
これである。聖騎士の地位の高さがしのばれる。俺たちはそのおこぼれにあずかって調べも入市税もなしで中に入ることができた。
門から続くメインストリートでは、両側に飲食物を出す店が並んでいる。
「お、あれうまそう」
串に刺さった大きな肉が焼かれている。どうやら焼けた部分を切り落としてパンにはさんで提供されるものらしい。
「なぁ、あれ食べたい」
「駄目です」
「そろそろお腹すく時間じゃないか?」
「まず教会です」
ロザリンドはお堅い。
俺は今無一文だ。ロザリンドがダメといったらあきらめるしかなかった。
教会について、ロザリンドがそこにいた偉そうな服を着ている者に事情を説明すると、俺は直ちに教会の地下牢に放り込まれた。
「俺は無実だぁー!」
俺は牢に入れられた者の作法として叫んだ。
「審理が終わるまでは我慢してください。さっきの肉パン買ってきてあげますから」
「わぁい、よろしく!」
俺は納得した。
ここに来るまでロザリンドが唯一の話し相手だった。
それなりにロザリンドがどういう奴かわかってきたし、ロザリンドも俺のことを分かってきているはずだ。すでにロザリンドが俺のことを邪悪なものとは考えていないことは分かっている。
あとは俺がこれまで話した情報に大きな嘘がなければ大丈夫だろう。そう思えるくらいには楽観していたのである。
だが審理とやらは、それから5日ほどかかった。
毎日ロザリンドが状況を説明しに来てくれるのだが、まずは俺が話した情報のうちすぐに確認が取れる事項についてあちこちに確認して回り、嘘がないことが確認されたのち、処遇についての議論が始まったそうだ。
議論の焦点は、俺が邪悪ななにかによるものなのか、神の奇跡によるものなのか、というところにあった。
神の奇跡。
それは神聖術を超える、再現不可能な神のみ業だ。技術の類ではない。神がその御心により人間の願いをかなえる。それゆえにその効果は高い、というか常識外れだ。町を襲う毒の洪水から守る、不治の病を治す、勇者に人の枠を超える力を与えるといったものが代表的で、まさに奇跡というしかない現象たち。
俺は楽観していたのだが、ロザリンドによると実際はそうではなかったらしい。
神の奇跡と認定することは非常に重い。それは教会にとって称えるべきことだからだ。だが今回、俺は首と胴が分かれた状態のまま復活するという、いってみれば中途半端な状態で出てきた。ましてデュラハンなどという首なし騎士の魔物が存在することもあって、教会としては首なし、または首だけの俺を奇跡と認定することについて多くの者が難色を示したらしい。
そういう者は正々堂々とそう言うことはあまりない。彼らの言い分はこうだ。
『だがデュラハンという例もある。彼が邪悪な存在の術によるものではないと証明できるのか?』
証明不可能なことがらを持ち出して疑念を指摘するのである。そうして議論を暗礁に乗り上げさせるのだ。
結局、5日目になってロザリンドの我慢が限界を超えた。
「私が保証します。彼が万が一邪悪なものであった場合、私が直ちに彼を斬り、私も不明を恥じて死にます」
さすが聖騎士、言うことが振り切れていると思う。
「ですので、この件は総本山の方でより深く審理してもらうよう上申する、というのでどうでしょう」
教会の連中はこの提案に乗った。
晴れてロザリンドの監視付きとはいえ自由の身になった俺は、まず真っ先にロザリンドにお願いすることがあった。
「お金を稼ぐのを手伝ってください」
カラーダによる誠意の土下座でお願いをする。首だけでは誠意を示すことさえできない。
「総本山までの路銀なら用意しますよ」
「そういうことじゃないんだ。自分たちで食べる分は自分で稼ぎたいんだ」
そうでないと、何か買いたいもの、食べたいものがあってもすべてロザリンドに許可をもらわなければならないことになる。
毎回こんな子供に「あれ食べていい?」って尋ねる大人。絵面がやばすぎるだろう。これは俺のプライドに関わる。
「なるほど、具体的には?」
「冒険者ギルドってあるだろ」
町に入ってきたときに看板があるのは見た。
「そこに登録する保証人になってもらいたいんだ」
冒険者ギルド、夢がありそうな名称をしているが、ようは商人の護衛をする者たちだ。商人の護衛をするということは、信用が重要になる。どこの馬の骨ともわからない者は使ってもらえないのだ。
そこを解決するのが保証人である。誰が保証人になっているかは、護衛として選んでもらえるかの重要ポイントの一つになっている。
その観点からいえば、ロザリンドは最高の人材だ。何しろ天下の聖騎士様。王侯貴族並みの信用度である。これを使わせてもらわない手はない。そうだろ兄弟。
「いいですよ」
ロザリンドはあっさり頷いた。
「え、いいの?」
信用を使うということは軽いことではない。いろいろと説得材料を考えていた俺は拍子抜けした気分だった。
「どうせアルトが何か問題を起こしたら斬って私も死ぬだけなんですから」
何でもないように言った言葉が重い。
覚悟が決まりすぎている。
怖い。この子本当は歳いくつ? 10代じゃないんじゃないの?
「そ、そういうことにならないよう頑張るよ」
「ぜひお願いします。それじゃあ行きましょうか」
さっそくロザリンドが冒険者ギルドに連れて行ってくれた。
冒険者ギルドの、上下が開いている開放感のあるスイングドアを押し開いて中に入ると、中にいる者たちの注目が一瞬俺たちに集まった。
ギルド中に驚きの気配が走った。彼らの意識を集めているのは先頭で入ったロザリンドだ。聖騎士が何の用だ、と。俺への興味はほとんどない。お付きの人くらいにしか思われてないのだろう。
「いらっしゃいませ、ロザリンド様」
入って正面のカウンターに座っていた受付嬢がロザリンドの姿を認めて立ち上がった。
「どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者の登録をおねがいします」
「え、そ、その、ロザリンド様が、ですか?」
受付嬢は困惑した。
「いいえ、彼が」
ロザリンドが俺を指し示して、ようやく俺に注目が集まった。
「剣士をしてます、アルトです。よろしく」
俺は頭を下げた。
それがいけなかった。
ずる、とヘルメットがずれて首から落ちた。
もちろん俺はその落ちていくヘルメットの中だ。
「ひっ」
受付嬢のひきつった声がした。
「な……! デュラハン!?」
冒険者たちが一斉に剣を抜く音がした。




