4 紳士の鑑
「……一晩考えていい?」
「どうぞ。明日の朝またここで」
ロザリンドはそういうと村へと戻ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は彼女を呼び止めた。
「水と食べ物を分けてもらえないかな? 腹減っちゃってさ……」
「え、そのナリでお腹すくんですか?」
もっともな疑問だと思う。だが俺は空腹なのだ。ないはずのお腹が減っている。
「……期待はしないでください」
そう言い残してロザリンドは、3メートルはある村の柵を飛び越えて中に入って行った。
しばらく待っていると、ありがたいことに、ロザリンドが水とパンを持ってきてくれた。
「あなたが助けたあの子が、お礼にって。よかったですね」
いい子だ。俺のこと見て気絶したけどいい子だ。
ロザリンドはカラーダにパンと水を渡すと、少し距離を取ったところに座った。
「……何か?」
俺はつい聞いてしまった。渡したらすぐ帰るものだと思っていたのだ。
「どうやって食べるのかなーって思いまして」
ロザリンドの目に、抑えきれない好奇心の光が瞬いている。
そう、俺は生首。断面がどうなっているのかわからないが、普通は物を飲んだり食べたりできないのだ。
「だ、大丈夫かな?」
俺は不安になった。
呼吸や会話ができているんだから大丈夫だと思いたいが、これで飲食不可だったら辛すぎる。
「試してみてください」
君、さっき俺のこと斬ろうとしたくせにわくわくしてるよね?
「カラーダ、ちょっと水を飲ませてくれないか」
俺は水を選んだ。
もしうまくいかなかったときに、これならただの水が流れ出るだけですむはずだ。
カラーダは羊の胃袋で作った水筒を取り、木の栓を抜いた。俺の首はカラーダの膝の上でやや斜め上を向けさせられた。口金を俺の口にあてがい、袋の方を持ち上げて水が流れ出てくるようにする。
傾けすぎて、口金から勢いよく水が出てきた。
「わぷっ」
水が口からあふれた。
カラーダが慌てて水筒を下げた。
だいぶこぼれてしまったが、多少は口の中に水が入っている。
(ごくん)
俺はそれを飲み込んだ。
喉を冷えた水が通っていく。気持ちいい。
喉から先の感覚はない。
「ちょっとは飲めたけど、どうかな?」
「その前にこぼれてたのでよくわかりません」
俺の決意は無駄だった。
「もう一度やってみてください。飲み込むのはちょっと待ってもらえますか?」
「……はい」
リトライ。今度も水の勢いがよくてあふれた。うまく飲めるようになるまで苦労しそうだ。
俺は口の中に水を含んでロザリンドを見た。
ロザリンドは頷いて、俺の前までにじり寄ると、俺の頭を持ち上げて断面を下から覗き込んだ。
「ほ、ほう! 断面には結界のようなものが張られていますね! これは何でしょう。触ってみようにも手前で弾かれてしまいます……これは興味深い!」
そろそろ飲んでいいかな? いいよね?
俺は水を飲み込んだ。
「今飲んだけど?」
「断面からは何も出てきませんね。カラーダの胃袋の方に入って行ってるんでしょうか」
と、ロザリンドは俺をカラーダの膝の上に戻すと、立ち上がってカラーダの首の方を覗き込んだ。
膝の上に置かれている俺はロザリンドの体を真下から見上げることになる。
(俺は紳士!)
とっさに俺は目をつぶった。神官服はズボンだしとかではなく、これはマナーだ。
性の対象としてみるにはロザリンドは幼すぎるとか関係なく、マナーだからな。分かったな。
「ふむむ、こちらの断面も同じような状態ですね。こっちの方が観察しやすいです。ふむふむ、面状というより綿状の結界のようです。珍しいスタイルですね」
彼女は俺の体に興味があるようだ。
「神聖術にはこのようなものはないですし、民間魔術でこのようなレベルのことは実現できないはず。こ、これはまさか教会が確認していない新しい神の奇跡では!」
一人でぶつぶつとヒートアップしている。
「あのー、聖騎士様」
俺は控えめに声をかけた。
「ん、何ですか観察対象」
「そろそろパン食べたいんだけど」
「……仕方ありませんね」
ロザリンドが離れた気配がした。
ようやく俺は目を開けた。
ロザリンドは目の前に座っていた。
「食べる様子を観察します。これもあなたが悪い存在でないかを確認するためです」
はいはい、そういうことにしておくよ。
「カラーダ、パン」
俺が頼むと、カラーダは大きなパンをそのまま俺の口に持ってきた。
がぶ。
一口分を噛むと、カラーダがパンを引いて引きちぎった。
もぐもぐ。
麦の甘みが口にしみる。うまい。
ごくん。
「なぁカラーダ、先に一口大にちぎってくんない?」
カラーダは次はそうしてくれた。
「あ、あの私も一口……」
ロザリンドの目が血走っている。怖い。
ロザリンドはカラーダからパンを受け取ると、一口分ちぎり、俺の口に持ってきた。
(自分が食べたいんじゃないのかよ!)
と思いつつ、抵抗することなくぱくつく俺。誰に差し出されてもパンはパンだ。差別は良くない。
ロザリンドは俺が咀嚼する様子を間近で観察している。ペットじゃねえぞ俺は。
俺は鉄のメンタルで視線を気にせず食事を続けた。
「アルトは、生前何をしてたんです?」
同時に事情聴取だ。
「生前、というか今も死んでる気はないんだが、傀儡種討伐軍に入ってたよ。第213独立遊撃隊で勇者ローランと一緒に戦っていた。今どうしてるかわかる?」
「傀儡種討伐軍なら10年前に解散してますよ」
ロザリンドはさらりと衝撃の事実を言った。




