28 お前らさぁ
バルザックがエルフだとは。
全く気づかなかった。引きちぎったアミュレットの効果で隠しきっていたのだろう。
「エルフか」
「おぉ、知ってるなら話は早いな」
バルザックはあくまで飄々としている。
「早くねえよ、町を滅ぼして何がしたいんだよ」
「そう簡単に勝利条件を教えてもらえるわけないだろ?」
「ま、そうだな」
目的が分かれば妨害ができるかもしれない。期待せずに聞いてはみたが、やはりバルザックはそう甘くはない。
「見学するくらいは許してやるよ」
そう言ってバルザックは薬水の泉の中に足を踏み入れた。
ざぶざぶと泉の中央へ。
「傀儡剣よ、お前の力を見せてみろ」
そしてその黒剣を泉の底に突き立てた。刀身から広がるように黒いものが水面を覆っていく。
何か硬いものが割れたような、鈍く濁った音が周囲に響き渡った。
「何を、した?」
「泉を殺したのさ。もうこの水はただの水でしかない」
バルザックは泉の中を見回して、少し肩を落とした。
「はずれか。核はここじゃねぇのかよ」
そう呟いた。
核。こいつらが欲しがっているのは核か。
俺の脳裏に地下採石場で奪われた結晶が思い浮かんだ。あの時もあのエルフは結晶を回収していった。
もし邪神の奇跡だけでなく、神の奇跡にも同じような核が宿るのだとしたら、エルフがそれ手に入れようとしていても不思議ではない。
奇跡を狩るというアルクスの言葉とも合致する。
ならそれはどこに。泉ではないのなら、どこにあるのか。
(まさかアルクス自身か)
可能性が一番高いものが思い浮かんでしまった。
「ここだと思ったのになぁ。さてアルト、たいして面白くなかったが見せ物は終わりだ。早くどっか行けよ」
バルザックはいまだ俺を殺す気ではない。今この場でバルザックと戦うことは得策とはいえない。俺が知る斬鉄のバルザックは、ロザリーに比肩しうる腕前の持ち主だ。
「ロザリー、行こう」
ロザリーに睨まれた。目の前に元凶がいるなら討つ、とか思っていそうだ。
「頼む」
だがバルザックとここで戦うことは勝利条件とは関係しないのだ。この場で戦っても、バルザックは操った兵士たちを囮に逃げることができる。
奴らの勝利条件を達成させないためには、先にアルクスと合流することが第一歩だ。
とはいえそれをバルザックがいるこの場で説明してやることはできない。
信じてくれと言うしかない。
「……分かりました」
全然納得していない顔だ。あとで説明を受けて納得できなかったら殺す、と顔に書いてある。
俺たちはバルザックへの警戒は示しながら、泉を離れて大聖堂へ向かって歩き始めた。
「アルト、なぜ逃げたのです」
歩きながらロザリーが説明を求めてきた。
「あの場で戦っても最悪あいつは逃げる。それより、あいつが欲しがってるものをどうにかしようと思ってな」
「欲しがってるもの?」
「核だよ。採石場で回収してたろ。たぶんだがアルクスがその鍵になる」
「核……」
「勝敗ってのは、相手をどれだけ殺したかじゃない。目的を達成したかなんだよ。習わなかったか?」
「習いました」
「奴らが核を手に入れられなければ奴らの負けだ」
「……それは町が滅んでも、ですか?」
「それはこの町の勝敗条件だ。できれば勝たせてやりたいとは思ってる」
「だめです。町が滅んだら私たちの負けです」
ロザリーは断言した。
そこは譲らないという断固たる口調だ。
「……分かったよ。そのためにどうするか、アルクスとも話し合ってみよう」
現時点では両立が可能なのか分からない。もしかするとトレードオフの関係にならざるを得ないかもしれない。とはいえ仮定でしかないその議論は今することではない。
大聖堂にたどり着くと、そこは無事であった。
「奴らの狙いが分かったぞ! これからロザリーと作戦会議だ!」
俺はあえて大聖堂中に聞こえるように話してから部屋に戻った。
俺以外誰にも認識できないアルクスは、探し求めて尋ね回ることもできない。だがきっとあっちも俺と話がしたいはずだ。彼はこの町を守りたいのだから。
「連中の狙いが分かったって!?」
俺の予想通り、アルクスはすごい勢いでドアをすり抜けてきた。
「そうです、アルクス様。この事件を引き起こしたのはエルフで、やつらの狙いはあなたです」
そう俺が告げた時のアルクスの表情には驚きはなかった。予想はしていたのだろう。
俺は簡潔に泉で起こったこと、見聞きしたことについてアルクスに伝えた。
「そうか、やはりか」
「はい。やつらが求めているのは奇跡の核だと思います。採石場で回収されたのもおそらくそれだったのでしょう」
「奇跡の核か。そのようなものがあったとはね」
アルクスは腕を組んだ。
「採石場の件でのこと、そして泉での出来事を考えると、私が斬られるとその核が回収できるようになるのだろうね」
「誰にも認識されず壁をすり抜けるあなたをどうやって斬るのです?」
「その魔剣に秘密があるだろうな。傀儡種の魔核で作ったと言っていたのなら、斬ることも可能なのかもしれない。アルト、君が私を認識できるように」
その可能性は十分にあるように思えた。
「では問題は、アルクス様を守り、かつ町を救うにはどうすれば良いか、か」
本題の作戦会議の開始を俺が宣言すると、最初に手を挙げたのはロザリーだった。
「あのバルザックという男を、逃げられない状況にした上でぶった斬るのが良いと思います」
「実に魅力的だな」
問題の根っこはぶった斬るに限る。素晴らしい考えだ。
「どういう状況になったら逃げられないだろうか」
この案の問題はそこである。こちらが考えなしにぶつかれば、バルザックは操っている者たちに襲いかからせて数で押しつぶしてくるだろう。
「操られている者には対応出来ない状況、ということですよね」
俺とロザリーは揃って首をかしげた。いくつもの案が頭の中で出ては即座に否定されていく。
「アルト、考えてみたんだが」
アルクスが神妙な顔をしていた。
「私を殺してくれないだろうか」
冗談で言っているようには見えなかった。
「どういうことです?」
「今の私はこの町の城壁から外に出ることはできない。しかし奴らの狙い通り結晶となればその制限はないだろう。君たちが私の結晶を持って出ていけば、連中は君たちを追うはずだ。あとはこの町の者たちでなんとかできるだろう」
それは一理あるとはいえる作戦だ。バルザックの狙いが結晶にあるなら、有効だともいえるだろう。
「駄目です。そんな作戦は自己犠牲ですらない。許容できません」
俺は言い切った。
自己犠牲の精神が馬鹿になっているのか、と怒りたい気分だった。すぐ自分を犠牲にして満足しようとすんじゃねぇよ。




