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27 仲間

「あの人数相手では、泉の水を飲ませる余裕なんて無いぞ」


 アルトがそう言った言葉が、ロザリーに向けられたものであることは、彼女自身すぐにわかった。さきほどの商館街での戦闘で、躊躇ってしまっていたからだ。

 町の住民が操られている。

 予想もしていなかった事態だった。


 傀儡種討伐軍がどのようなものであったか、情報としては知っていた。聖騎士見習いであった時期、指導担当の教官の全員が討伐軍に参加した過去を持っていた。

 傀儡種に触れて汚染された者は、速やかに殺さなければならない。汚染が広がり、完全に傀儡種と化してしまえば身体能力が強化され、討伐するまでに次の犠牲者を生むことにつながってしまう。


 そのために、汚染が広がる前に、まだ人間としての意識があるうちに、首を断つ。

 なぜ首を断つのか。

 初期のころには短剣で心臓を刺すなど通常とどめを刺すのと同様にしていたのだが、まだ意識がある戦友に向き合って短剣を突きさすことは精神的にも難しく、殺しきることができずに傀儡種化させてしまったことが頻発したのだ。そのための確実な手段として、断頭処理をすることとなったのである。


『神聖術によって傀儡種の汚染を防げる我々聖騎士は、常に先頭に立ち、戦友たちが汚染を受けないよう立ち回ることが最も重要な役割だった』


 教官は当時の経験をそう語ってくれた。


『だがそれでも汚染者が出たとき、首を斬るのも我々の仕事だった。人間としての意識があるうちに尊厳が保たれるよう、そして汚染者を出してしまった我々自身の贖罪として、可能な限りその任に当たった』


 彼らにとっても決して快い思い出ではなかっただろう。それでも彼らは何一つ隠すことなく語ってくれた。


『首を斬った戦友の数が百を下回る者は我々の中にはいない。中には、防護の神聖術を切らした状態で傀儡種に触れたために汚染されてしまった同僚を斬った者もいる。

 そのような地獄を戦い抜いた結果として、人類は社会を維持することができている。傀儡種が特別だなどと思うなよ。総本山の歴史庫を調べれば、同じレベルの地獄は1つや2つではないことが分かるだろう。

 人々のために率先して血塗られた道を行く者。それが聖騎士であるということを忘れないでほしい』


 その時は、そうなんだ、というくらいの感覚でしかなかった。頭では理解していても心で理解していなかったのだろう。


 だから商館街で躊躇った。

 アルトが『命の数をちゃんと数えろ』と言うのを聞いても、目の前の命を救えないか、考えてしまっていた。なぜなら彼らは傀儡種ではなく、元に戻す手段があるかもしれなかったからだ。

 だがあの時アルトが彼らを斬っていなかったら、泉の薬水が効くかどうか試す機会さえ手に入らなかっただろう。

 そして今、彼らを元に戻す特効薬は手元にある。

 しかし、市長様や司教様など、こちらに向かってくる人数が多すぎる。数で負けているこちらが、彼らを一人ずつ取り押さえて水を飲ませて回るなど、とてもではないが不可能だ。


 斬るしかない。

 ここで斬らなければ、背後にいる兵士たちや、西の丘に避難した住民たちさえ危険にさらしてしまう。

 斬るしかないのだ。


「俺がまず斬り込もう」


 アルトがそう告げてきた。とっさにそれはだめだ、と思った。


「いいえ」


 だからロザリーは、そう口にして進み出たのだった。

 聖騎士が、聖騎士でない者に1番手を許すなどあってはならない。

 それは聖騎士(われわれ)の仕事だ。


「聖騎士たる者、私情に惑わず、邪悪を断ち、正義の行いを常に心がけるべし」


 聖騎士の誓い、見習い時代毎日となえさせられたそれを唱えながら、ロザリーは剣を抜いた。

 なんとか司教様だけでも泉の水を飲ませられないだろうか。

 つい考えてしまうが、すぐに過去の司教様の言葉がそれを否定してきた。


『よいかね、我々は人々を代表して神に仕えるのではない。人々のために神を讃えているのだよ。優先順位としては、神、人々、その後に神官なんだ』


 そういう司教様だから、彼らの中で自分だけが元に戻るなど決して許さないだろう。

 きっと『私から斬るべきだ』とか言うだろう。

 司教様には見習い時代からよくしてもらっていた。講義は厳しかったが、講義が終われば孫のようだなんて言ってきておやつを内緒でくれるなど可愛がってもらったものだ。

 聖騎士になり、そして聖騎士の中でも一握りの者にしか与えられない自由行動特権を得て、この町に挨拶のために寄ったときも、お礼をするというのにむしろロザリーが面倒を見てもらう側になってしまうほどだった。

 そうかそうかと嬉しそうに頷く司教様の顔は今も思い浮かぶ。


「我ら剣と信仰をもって最先陣にて駆け、人々を守り救わん」


 ロザリーはいつも通り神聖術を行使し、強化と防護を自身にかけた。


(だから、司教様、あなたからいきます……)


「はぁぁぁぁ!」


 気合と共にロザリーは跳び、司教様と、ちょうどその横にいた市長様とともに、その首を断ち斬った。


「聖騎士様に続けぇー!!」


 兵士たちが突撃してくるようだ。

 同時にアルトも剣を振るって向かってきている。


 一度剣を振るってしまえば、そこから先は考えなくて済んだ。

 大剣の重さをたたきつけるのではなく、技で相手の防御をかいくぐる。打ち合い、抑え込み、フェイントを交えながら戦闘能力を奪い、最後は首を断つ。

 一人、また一人とロザリーが首を断ち斬り、敵の数が減っていく。アルト(の体であるティーナ)もまた、ロザリーほどのペースではないものの、確実に敵を屠っていっていた。


  ***


(やれやれ、どうやら吹っ切れたか)


 俺は乱戦の中ロザリーの様子を確認してそう結論付けた。

 そうなれば多少の数の差など問題ない。聖騎士(ロザリー)とはそれだけの戦力なのだ。俺とロザリー、2人そろえば、これくらいの差は簡単にひっくりかえせる。


 敵味方の数が同数になり、さらに敵の方が少数になって、最後の2人だけは、抑え込んで泉の薬水を飲ませることができた。


 そのうちの一人は守備隊の総長だった。

 ロザリーが息を整えながら剣を鞘に納めていた。その視線の先には首のない司教の体があった。そこにどれだけの思いがあるか、2人の関係をよく知らない俺にはよくわからないが、軽いものではないことは間違いない。


「ロザリー、良く斬ったな」


 俺はあえてそう声をかけた。


「これで良かったんでしょうか……」


 ロザリーの口から珍しく弱気が出てきた。


「知らん」


 俺はそっけなく告げた。

 しかし俺の体を預かるティーナは、ロザリーの肩に手をかけると、そっと抱きしめてしまった。


「おいティーナ。勝手に……まぁいいか」

「ロザリー、失ったものよりも守れたものに目を向けとけよ」


 これで良かったのか悩むようなときには、特にそうした方がいいのだ。


「……はい」


 ロザリーは素直に頷いた。


「おーい」


 遠くから呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だ。


「無事かー?」


 声がした方に目線をやると、飲食店街の方からバルザックが走ってきていた。

 ぱっとロザリーが離れた。

 バルザックは何か言いたそうに俺とロザリーを交互に見た。


「アルト。お前今日出発したんじゃなかったのかよ?」


 彼は先ほど見た光景についてはコメントしないことに決めたようだ。賢明な判断だと思う。


「お前に飲まされすぎたせいで寝坊したんだよ」

「そりゃすまんなぁ。久しぶりに会ったんでうれしくてよ」

「うれしかったのは俺も同じさ。そっちの方でも騒ぎが起こってたはずだが、大丈夫だったのか?」

「まぁな。腕は鈍っちゃいねえよ、と言いたいところだが、敵の数が多すぎてどうにもならん。逃げてきたのさ」

「どれほど?」

「わからんが、町中が敵じゃないかってくらいだ。お前たちも早く逃げた方が良いぜ」

「そうか……」


 バルザックがそう言うのであればそうした方が良いかもしれない。こちらは先ほどの戦闘で怪我をした兵士もいるし、1人2人ずつ来るならともかく、大挙して押し寄せられてはどうしようもない。


「騙されるな!」


 逃げる決断をしかけた俺の思考を、その声が制止した。


「そいつだ、そのローラン隊のバルザックが、皆をおかしくした元凶だ!」


 バルザックを指さして叫んでいるのは、さきほど薬水を飲まされて正気を取り戻した総長だった。


「何言ってんだ?」


 バルザックにそんな能力は無い。そう言おうとした俺の言葉はバルザック自身の言葉で遮られた。


「なんだ、正気に戻っちまってるのかよ。しゃーねーな」


 バルザックは無感動に腰に下げた黒い剣に手をかけると、一瞬で総長に詰め寄って斬りかかった。

 総長は刃を避けようと体をひねり、幸い刃先がかすめただけに終わった。


 バルザックが手にしているのは、刀身まで真っ黒に染まった異様な長剣だった。

 バルザックは総長に追撃はせず、その周囲の兵士たちの間を駆け抜けつつ斬り、目にもとまらぬ素早い剣技で全員に浅い傷を付けた。


 いずれも致命傷ではなく、失血死を狙えるほどの傷でもない。

 何をしたいのか、と思っていると、傷を付けられた兵士たち全員がその場でだらりと手を下げ、棒立ちになった。

 その様子は、今さっき相手をしていた、操られていた者たちそのものだ。


「バルザック、お前……」

「総長さんが言ったことは正解だぜ。アルト、昔のよしみで忠告はしてやる。すぐに町から出ろ」


 バルザックが元凶。

 今みせられたとおり、あの剣で切ることで操っているのだろう。


「……その剣はなんだよ」


 バルザックは俺たちを見逃してくれるつもりらしい。それならばと俺は可能な限り情報を得ようとした。


「魔剣てやつさ。傀儡剣スロウル。傀儡種の魔核を使って作られた一点物さ」

「なぜ、町を?」


 俺にとっては当然の疑問だが、バルザックは一瞬意外だという顔をしたあと、1人で得心した。


「そうか。これ着けてちゃ分からねえよな」


 そう言うとバルザックは、首から下げていたアミュレットを引きちぎった。

 バルザックの日に焼けた赤黒い肌がすうっと白くなっていき、黒い髪も金色へとなっていった。そして長くとがった耳があらわになった。

 エルフの特徴である。


「実は俺人間じゃねえんだよ。で、ちょいとこの町に滅んでもらわなきゃならなくてな」



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