26 現実とかいうやつ
3人の兵士たちが、目が真っ黒に染まった女性を寄ってたかって地面に押し倒した。兵士たちは暴れる手足に体重をかけて押さえ込んだ。
「聖騎士様!」
兵士の1人がロザリーを呼んだ。
ロザリーが駆け寄って、噛みついてこようとしたのに合わせて手を口の中に突っ込んで無理矢理開かせた。
俺がそこに水筒の口を突っ込んで、泉の薬水を流し込む。
よし飲んだ。
「聖騎士様、こちらも!」
別の場所でロザリーが呼ばれ、俺たちはそちらへと急いだ。
先ほどからこうした連携で操られた住民たちを元に戻している。兵士たちの力では噛みつく連中の顎を開かせることが出来なかったために、こういう役割分担になった。
もう10人ほど、こうして住民を正気に戻している。
だがこの作業のせいで俺たちは泉から離れられなくなっていた。
明らかに良くない状態だ。町全体に対して対処できる者が誰もいない。
そのあと3人ほど追加で正気に戻した後、ようやく避難する住民の流れが終わった。
「避難者が来なくなりましたね」
兵士たちも隊長もかなり疲れている。強化された力に任せて暴れようとする者を力づくで抑えなければならなかったためだ。
そう思っていると、北の方から30人ほどの人影がゆっくりと歩いてくるのが見えた。ほとんどの者は兵士のようだが、何人か、兵士ではない服装の者もまじっている。
「おーい!」
隊長が彼らに届くよう声を張り上げて呼びかけた。
返答はない。
俺は最悪の想像をした。してしまった。
「……なぁロザリー、あいつらもしかして」
彼らの歩き方は隊列もバラバラで、全く統制が効いていない。意気揚々とでも、疲れ果てているでもなく、焦るでもなく、ただ淡々と歩いてくる。
「……まさか」
ロザリーもその可能性に気付いた。
「隊長さん、警戒した方が良い」
俺が提案すると、隊長も様子のおかしさを理解して頷いた。
「全員集まれ!」
隊長の号令の元、緊張した面持ちで兵士たちが集まる。そう、これが意思をちゃんと持っている兵士の動きだよな。
健全な人間の動きを見て、俺の中の疑念はほぼ確信に変わっていた。
その一団との距離が近くなるにつれて少し詳細に見えてくるようになった。
「そ、んな……!」
ロザリーが絶句した。
「どうした?」
「……市長様と、司教様がいます」
ロザリーがそう言うと、
「それと、守備隊総長に各ギルドの長もいますね」
隊長がさらに付け加えた。
「つまり、この町のお偉いさん一同というわけだ」
俺は努めて平静に言った。
今日は悪い方の予想が良く当たる。
「剣」
俺が小さく呟くと、ティーナが剣を抜いた。
「あの人数相手では、泉の水を飲ませる余裕なんて無いぞ」
誰に対してともなく言ったが、聞いた方は自分宛であることを認識したようだ。
ロザリーの顔が苦渋に歪んだ。
泉の水を飲ませれば正気には戻せる。しかし、相手の数が多すぎて、飲ませようとしている間に別の敵に斬られることになるだろう。
現実ってやつがよくやる手だ。こちらのことなどお構いなしに地獄を突きつけてくる。
下手に助けられる手段がある分今回はたちが悪い。
「このくらい、傀儡種討伐軍に比べればぬるま湯さ」
俺はそううそぶいた。誰かが余裕ぶってみせなければ地獄を知らない者たちには耐えられないだろうと思った。
「おや、お若く見えたが、傀儡種討伐軍に参加されていたのですか」
隊長が乗っかってくれた。
「まぁね」
「俺もですよ。はは、久しぶりの窮地に懐かしさすら感じますね」
なんと地獄経験者の仲間だった。歴戦の男なのだろう。俺の狙いを察してくれたようだ。
「討伐軍の基準じゃ、このくらい窮地とは呼ばないだろ?」
「違いない。全員抜剣!」
隊長が号令を発した。
兵士たちがバラバラと戸惑いながら剣を抜いている。
「返事!」
「お、おう」「おう」
兵士たちが声を上げたが、気が弱い。戦う決意が出来ていないのだ。
「そんな気合いで町が守れると思ってるのか! 市長や各ギルド長、そして総長や我々の仲間であればこう言うだろう。操られて諸君らを殺してしまうくらいなら、いっそ自分を殺せと! 躊躇うな! 泉の水を飲ませようにも、まず我々は勝たなければならない!我々が倒れて奴らが西の丘に行ったらどうなるか、考えろ!」
隊長は兵士たちに檄を飛ばした。
「もう一度、返事はどうした!?」
「「「おう!!!」」」
威勢が出てきた。
「そうだ! 突撃よーい!!」
「「「おう!!!」」」
いい指揮官だ。全員が全員吹っ切れたわけではないだろうが、町を守るためとして戦意をしっかりと持たせた。
こちらが気勢を上げたのを見て、市長以下30名の一団は無言で武器を抜いた。
もう目を見るまでもない。奴らは敵だ。
俺はロザリーの様子を横目で見た。
果たして決断できるだろうか。
ロザリーは眉を寄せてしわを作り、口はぐっと引き結んでいる。彼女は市長や司教とは顔を見知った間柄だ。特に司教とは仲が良いようにも見えた。
斬れるだろうか。そう簡単には決められまい。
「俺がまず斬り込もう」
そして市長と司教を斬ってしまおう。そうするしかない。たとえ恨みを買おうが、決断できないまま戦いになればロザリーが死にかねない。
そう思っての提案だった。
「いいえ」
ロザリーが1歩前に出た。顔は歪んだままである。しかし決意を感じる歩みだった。
「聖騎士たる者、私情に惑わず、邪悪を断ち、正義の行いを常に心がけるべし」
ロザリーはかすかに震えながらも確かな口調で呟き、大剣を背の鞘から抜き放った。
「我ら剣と信仰をもって最先陣にて駆け、人々を守り救わん」
神聖術の燐光がロザリーを覆った。剣を構えて腰を落とし、力を溜める。
一番手は譲らない。そういう構えだ。
それなら俺も何も言うことはない。やってもらおう。
「はぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いを込めてロザリーが跳び、一瞬で10メートルほどの距離を詰め、大剣の一振りで市長と司教の首をはねた。
「聖騎士様に続けぇー!!」
すかさず隊長が号令をかけ、兵士たちが叫び声を上げながら突撃した。




