24 事件の始まり
稽古を終えて、俺たちは夕食のために町へ繰り出した。
今日は何を食べようか、と話をしながら飲食店の集まっているエリアに向かう。
周囲には同じように飲食店街へ向かう人々の姿がある。
「なにやら前が騒がしいですね」
前方遠くになにか叫んでいる人々がいる。緊迫した調子だ。
その人々はこちらに向かってきているらしい。少しずつなんと叫んでいるか聞こえるようになってきた。
「逃げろ、反乱だ!」
間違いなくそう叫んでいる。
反乱?
俺とロザリーは顔を見合わせた。
「剣がいるな」
「そうですね」
意見は同じだった。安全な町中だからと、俺たちは今剣を持っていない。
反乱というのがどの程度のものなのか分からないが、剣を持っておいた方がいいだろうと思われた。
俺たちはこれまで来た道を走って大聖堂まで戻り、急いで防具と剣を身に着けた。
「ロザリンド様!」
外に出ると神官のレットが駆け寄ってきた。
「レット、司教様は?」
「今日は市長様や商人ギルドの方々と会う予定でここにはおりません。先ほど一部の兵士が反乱を起こしたという知らせが参りましたが……」
「首謀者は?」
「細かい情報は全く。何が起こっているのでしょうか?」
「分かりません。レットは逃げてきた人を聖堂の中へ。私たちは事態を調べてみます」
「分かりました。反乱は何箇所かで同時に起こっているようです。お気をつけください」
飲食店街あたりだけではないのか。これは思っていたより大がかりな事件なのかもしれない。
「分かってる場所は?」
「正門、飲食店街、それと商館街でも起こっていると聞きました」
「ここからだと、商館が近いですね」
ならまず向かうのはそこだ。行ってみればどういう反乱なのか、何を目的にしたものか多少は分かるだろう。
「よし、行こう」
俺たちは走り出し、ロザリーの案内で商館街へと向かった。
そちらからも少ないながら逃げてくる人々がいる。
「聖騎士様!」
ロザリーの姿を認めた避難者の一人が声をかけてきた。
「何が起こっているのです?」
「商館勤めの護衛達が急に暴れ始めて。手当たり次第に暴れ回ってるんです!」
「分かりました。教えてくれてありがとうございます」
ロザリーが礼を述べると、避難者は一礼して走っていった。
「急ぎましょう」
無差別と聞いてロザリーの顔が険しくなっている。走る速度が上がった。
手当たり次第に暴れている、というのは不可解だ。
都市を支配しようと思ったら、支配者やそれに近しい者たちを抑えればいい。住民を攻撃すれば住民の離散を招き、都市の力が弱まることになる。
これは都市の支配権を得ようというのではなく、都市を破壊しようとする動きに思える。
だが、そんなことをして誰になんの得があるというのか。
避難者が逃げてくる方へと遡って駆け続けると、武器を持って避難者を追いかけ回している3人の男たちが目に入った。
武器も防具も統一されてない。兵士ではなく商館の護衛をやっていた者たちだろう。
そのうちの一人が、逃げようとして倒れた住民に剣を振り下ろそうとしていた。
「はっ!」
息を一つ吐いてロザリーが跳んだ。
「たぁぁぁ!!」
一閃、ロザリーの剣が男の剣を打ち払った。
男はロザリーに斬りかかるべく体勢を整えようとしたが、そこにロザリー渾身の蹴りが炸裂した。
男の体が宙を飛び、建物の壁にぶち当たった。
(やばいな)
人が死ぬ蹴りだった。
残された2人の男がロザリーに警戒を示した。
「いこう。ひとまず殺さないように」
俺はティーナにそう伝えた。状況がよく分からない以上、町の中で安易に斬り殺すことは避けたい。相手に増援が来るなどして危なくなったらともかく、一対一の状況であれば殺さない程度の傷で制圧できるだろうと思った。
残った2人の内のうちの一人、片手をだらりと下げた男に対し、ティーナが俺を首に乗せたまま躍りかかる。
振り下ろした一撃は剣で防がれ、そいつが反撃してくるのを今度はティーナの剣が防いだ。
剣が打ち合わされ、こちらに押し込まれた。
(押し負けてる!?)
相手の男は片手で剣を持っているのに対してこちらは両手。それなのに力での押し合いに負けたのはこちらの方だった。
(こいつ……!?)
そいつの顔を見たところ、目が真っ黒だった。白目がない。どこを見ているのか、何を見ているのか全く分からない黒い闇のような瞳。
「離れろ」
俺の声の通り、ティーナが相手の押す力を利用して後ろへと跳んだ。
距離をとって剣を構え直す。
「ロザリー、こいつら妙だ!」
「そうみたいですね!」
ロザリーは3人目の男と斬り結んでいる。男は一歩も引かない。
そうだけ聞くと普通のことのように思えるが、彼が相手にしているのは1人で火竜を倒す化物少女である。
大剣の重さにロザリーの力と技が加わって、並の者が打ち合えば弾き飛ばされる未来しかないはずなのだ。
それなのに、そうなっていない。
先ほどティーナが片手の相手に押し負けたことも含めて、異常な事態であるといえた。
そこへ最初にロザリーに蹴られた男がゆっくりと起き上がった。
「手加減してやったのか!?」
「しばらく起き上がれない勢いで蹴りましたよ、私は!!」
だとすればこれも異常か。3人そろっておかしいときた。
3人ともこれまで何も言わないというのも怪しさを倍化させている。薬か魔術かで強制的に身体能力を向上させられ従わされているのではないだろうか。
これはただの反乱とか暴動などではないかもしれない。
「このっ……ディスペル!」
ロザリーが拳で解呪の神聖術を叩き込んだ。顔を殴られた男は吹っ飛んで地面を転がったが、すぐに立ち上がってきた。
立ち上がったということは、ディスペルも効いていないだろう。
「斬ろう」
俺は提案した。
傀儡種討伐と同じだ。操られた人間を殺すことを躊躇えば、こちらが斬られる。
ティーナが構えを変えた。俺の提案に従い斬り殺すつもりだ。さすが傀儡種討伐軍参加者、決断が早い。
「しかし」
ロザリーは踏ん切りがつかないようだ。
しょうがないな。
「暴れてるのはこいつらだけじゃない。俺たちがここで時間を取られたら、犠牲者が増えるだけだぞ。命の数をちゃんと数えろ!」
俺は叱咤した。
人間としてまともなのは躊躇うロザリーの感覚の方だ。だが、傀儡種討伐軍は異常を押し通さざるをえない地獄の軍隊だった。そうでなければ今頃、人類は全員傀儡種になるか死んでいるかの2つに分かれていただろう。
俺たちにとってはついこないだまでの常識だった。
ティーナが相手の剣を受け流して小さく振りかぶり、頭を狙った。
兜にあたった剣が装甲を割り、その内部に深手を負わせた。斬撃の衝撃で相手は首をのけぞらせた。
そこへ狙いすました横なぎで首を刈った。首を失った相手はよろよろとよろけた後、その場に崩れ落ちた。
「次!」
ティーナが地面を蹴って跳び、ロザリーと斬りあっている敵の背後に回った。男はとっさにこちらを向こうとするが、遅い。
一振りで右腕を断ち斬り、返す刀で胴を断った。上下に分かれて地面に落ちた上半身の首を狙い、剣を振り下ろす。
「最後!」
3人目。そいつは仲間二人がやられても表情に何の感情も浮かんでいない。
(まるで傀儡化だ)
傀儡種に傀儡化されたかのように感情のない殺戮機械だと思った。
ただ、傀儡種によるものであれば全身が黒く染まる。そこは明確に違うようだ。
これまでの2人もそうだが、殺す気でかかれば苦戦するほどの相手ではない。力が強くなっているなら正面から打ち合わず技で崩せば良いのだ。
3人目を始末するまでさほどの時間は必要なかった。
ロザリーは結局、殺す決断ができなかった。




