22 決意
その矢はぴたりと俺を狙っている。動けば撃つ、という気迫が伝わってくる。
「あんた、何者だ?」
俺は会話を試みた。
「お前たちがエルフと呼ぶ者で合ってるよ」
「実在したんだな」
何の気なしに発した俺の感想でエルフから発せられる殺気が一段濃くなった。
どうも禁句を踏んでしまったらしい。
「手を上に挙げて、一歩ずつゆっくりと壁際に行け」
「ちょっとは教えてくれたっていいだろうに」
「時間稼ぎに付き合うつもりはない。お前はまだ戦えるかもしれないが、そっちの女はそうでもないのだろう?」
ばれている。
「奴の瘴気を食らってまだ動けることは驚異的だが、戦える状態でないことは見ればわかるぞ」
つまりこのエルフの女の矢が俺を狙っているのはロザリンドが非常に弱っていることを見抜いているからというわけだ。
足元に落ちているこの八面体結晶は、何なのかわからないが、エルフにとって重要なアイテムになるのだろうと思われた。
蹴とばして場を乱して攻撃をしてみようか。
一瞬そんな考えがよぎったが、矢がロザリンドめがけて射られた時、彼女がよけられるかどうかわからない。
何に使うのかさえ分からないアイテムに対してリスクが大きすぎる。
安全第一。
俺はそう判断して、エルフの指示に従った。
俺が壁際まで行ったのを見て、エルフは弓を引き絞ったままゆっくりと結晶の元へと歩いていき、さっと拾い上げた。
エルフは警戒を一瞬たりとも緩めない。
それは俺も同じだ。
手に入れるべきものを手に入れたから、と殺しにかかられては困る。それをさせないためにも備えていなければならない。
「おとなしくしていてくれてよかったよ。無駄な血を流さずに済んだ」
エルフは最後にそう言い残して闇へと消えていった。気配がかなりの勢いで遠ざかっていく。
「行ったか」
俺はため息を一つついた。ようやく一息付けたのだ。
「話したいことはいろいろあるが、まずは町に戻ろうか」
「そうですね。まずは町の薬水を飲ませていただけると助かります」
「わかった。肩貸すか?」
「大丈夫です。むしろ警戒の方をお願いします」
ロザリンドは不安を感じさせない足取りで出口へ向かって歩き始めた。
強がって歩けるうちは心配ないだろう。
「じゃ、帰ろうか」
俺は首から下のティーナに語り掛けた。
アールハイムに戻ってロザリンドに泉の薬水を飲ませると、たちまち全快したようだった。
「ふぅ。本当に助かりました。ありがとうございます」
ロザリンドは俺ではなくティーナを見てそう言ってくれた。
大聖堂に戻ったがアルクスの姿は見えない。そこで俺たちは風呂で汗を流したうえで食事をとりながら話をすることにした。
店は大通りに並んでいる店の中から、今日のMVPであるティーナのチョイスで選んだ。肉を焙るいい匂いが店外まで漂っている店だ。
俺たちは席についてワインと目についた料理を2つ3つ注文した。
「さて、アルト。まず確認しなければならないのですが、本当にティーナなのですか?」
ロザリンドは単刀直入に聞いてきた。
「そうだ。さっき少しいくつかティーナにしかわからない質問をしたが、全部合っていた。間違いないと思う」
「そうですか。過去の記録というのも当てにならないものですね。結果的に嘘を教えたに等しいことです、まずはお詫びを」
ロザリンドが潔く頭を下げた。
「騙されたとは思ってない、大丈夫だよ。さすがにこんな例はなかったか?」
「奇跡については分からないこと、記録されてないことの方が多いくらいですから。もしかしたら存在したのに気づいていなかっただけということもありえます」
「そういうもんか。なぁロザリンド」
「なんです?」
「俺は、ティーナを元に戻してやりたい。できるだろうか?」
その問いかけにロザリンドは表情を曇らせた。そして数秒間目を閉じて何かを考えた。
「……その状態も含めて代償だと思いますので、代償の変更、あるいは奇跡をもう一度起こすということが可能なのか、そのようなことができた前例を私は知りません。ただ、もしかしたら総本山の記録には何か残っているかもしれません」
相変わらず正直な物言いだ。
「そうか、じゃあそういう意味でも総本山行きはちょうどいいんだな」
「そうですね。私も手伝いますよ」
「いいのか?」
「当然です。私はさっきティーナに命を救われた身です。命の恩は命で返すべきものなんですから、元の体に戻ることについて私も全力で取り組みます」
相変わらず覚悟が重い。
ロザリンドの言葉を聞いて、ティーナがおもむろに立ち上がって右手を差し出した。ロザリンドはその手を見て、自身も立ち上がって握手を交わした。
「よろしく、ティーナ。聖騎士ロザリンド・ヴァーハイツの名に懸けて、あなたのために全力を尽くすことを誓いましょう」
そうティーナの胸の部分を見ながら言った。顔だと俺宛になってしまうとはいえ、見るところはそこでいいのだろうか。
その後ロザリンドは顔を上げて俺を見た。
「当然、アルトも全力を尽くすんですよね?」
「当たり前だろう」
見くびらないでほしいね。
それにティーナを元に戻すということは、俺の首だけ問題も解決するかもしれないことでもある。
ティーナのためにも俺のためにも、絶対に取り組みたいテーマだ。
「わかりました。それならアルトも同じ目標を目指す仲間ということですね」
仲間という言葉がうれしいのか、ロザリンドが笑った。普段厳しい顔をしているから人生2周目に見えるが、笑顔になると年相応だ。
「ま、そうだね。よろしくロザリンド」
「ロザリーでいいですよ」
「お、おう。よろしくロザリー」
改めて愛称で呼ぶと何やら恥ずかしい気持ちがした。
「はーいお客さん、いちゃつくなら上の部屋貸すよー。ワインお待たせ!」
店のおばちゃんが、俺たちを茶化しながらワインの入ったツボとゴブレットをテーブルに置いていった。
ロザリーがティーナの手をパッと放して着席した。
速い。
そもそも全くいちゃついてなどいなかったはずだが。握手だぞ握手。
「あ、いたいた」
次にした声はアルクスだった。
「二人ともお疲れさま」
アルクスはするっとロザリーの隣に座った。
「アルクス様が来た。ロザリーの横に座ってる」
俺は小声でロザリンドに教えた。ロザリーの背筋が、もともとまっすぐだったのがさらにピンと伸びた。
「無事根源は倒せたかい?」
「倒せましたよ。ただ、気になることがありまして」
そう前置きして俺はアルクスにエルフが現れたこと、スライムが残した結晶を持っていかれてしまったことを話した。
アルクスの表情はエルフが現れたと聞いてから険しくなった。
「エルフか」
アルクスはエルフが現在もいることを知っているのだろうと思った。そして、良く思っていないということも。
「そうか、来たか。それなら、君たちには教えておいた方がいいだろう」
もったいぶるような言い方である。それだけ重要なことなのだろう。
「エルフは、人間の敵だ」
「敵……」
過激な表現である。しかも断定形だ。アルクスにとってそれは疑いようのない事実ということだ。
「奴らは、神の奇跡を受けた者を狩る。アルト、君は絶対に彼らに奇跡によって生き返ったことを知られてはならないよ」




