21 なんとか倒したけど
このスライム、状況を認識してやがる。目もないのにどうやっているかは知らないが、こいつはいまロザリンドにとどめを刺そうという愉悦に浸っている。
「させるな、斬り込め!」
俺はカラーダに向かって叫んだ。
だがカラーダは俺の言葉に従わず、ロザリンドへ向かって地面を蹴った。
スライムが3本に集中された棘を放つ。
カラーダがスライムとロザリンドの間に滑り込み、ロザリンドを抱え込んだ。カラーダの背に棘が突き刺さった。
ロザリンドは棘から直接瘴気を受けてしまったのだろう。それがギリギリで防いでいた堤防が崩れるきっかけになってしまった。
カラーダは、俺は、どうだ。大丈夫だろうか。もしカラーダまで動けなくなったら詰んでしまうが。
動ける2人に棘を叩き込んで勝利を確信したのか、スライムは上機嫌に震えている。
カラーダは動かない。
やはり動けないのだろうか。
まずいぞ。
俺はそう思いかけて違和感に気付いた。
神聖術の行使には燐光を伴う。ロザリンドが戦闘中常に燐光を纏っているようにだ。
その燐光をカラーダが放っている。
(神聖術……?)
俺はそんなモノを使えた試しはない。使い方さえ知らない。
しかし今、カラーダが確かに神聖術を行使しているように見える。いや、事実行使している。光はロザリンドにかざされた手に集中している。治癒の神聖術だ。
ロザリンドがカラーダの腕を掴み、何かを呟いた。
カラーダが立ち上がり、スライムに向き直った。剣を構えてスライムに向けて突進していく。
その動きに瘴気の影響は全く見られない。
スライムがカラーダに向けて1本の棘を伸ばした。剣がそれを弾いた。
カラーダは剣を大きく振りかぶってスライムを斬った。断面がくっついて戻ろうとする前に、カラーダは左手をその中に突っ込んだ。
スライムが暴れ出した。だがカラーダは突っ込んだ左手を抜こうとしない。
ほどなくスライムの動きが止まり、プルプルとまとまっていた体がだらしなく崩れ、平らになって広がっていった。
扁平になったスライムの体が黒い塵になって消えていく。
「……倒したのか」
突っ込んだ左手で核を握りつぶした。そういうことだろう。
ずいぶんな力技だ。スライムの体液の性質もわからないのに、手を突っ込むなどまともな作戦ではない。
スライムだったモノは全身を塵に変え、その後には8面体の小さな結晶だけが地面に転がっていた。
「その、ようです」
ロザリンドが、辛そうにはしながらも立ち上がった。
「ロザリンド、大丈夫か?」
「えぇ、まぁ、一応歩けます」
ロザリンドは剣を鞘に収めた。剣を持つ手が重そうだ。スライムが死んでも瘴気の影響は残っているということだろう。
「アルト、神聖術を使えるなら先に言ってくださいよ」
「……俺は使えない」
なぜカラーダが使えるのか。
「使えない? しかしさきほど、確かに……」
ロザリンドも怪訝そうな顔をした。やはり俺の勘違いではなくカラーダは神聖術を使っていたのだ。
カラーダは剣を収めると、俺のところにゆっくりと歩いて向かってきた。
「俺の体じゃない? いや、体は俺の体のはずだ」
道中の水浴びや風呂でも体を見たが、間違いなく俺の体だ。
「なら、中身が違うのか?」
不思議と言えば不思議だった。
俺の意識はここにあるのに、体は別の意識が動かしているというこの状態。てっきり俺のコピーされた意識のようなものが動かしているのだと思っていた。
だがそうであれば神聖術など使えるはずがない。
何者だ。
考える俺をカラーダがそっと持ち上げ、手で埃を払ってくれた。
(まさか)
「ティーナ……?」
ただ直感で可能性を口にした。
カラーダは何も答えない。当然だ、喋ることは出来ないのだから。ただ俺の顔を自分の方に向けて持っていた。
その否定も肯定もしない様子が、俺には肯定しているように感じられた。
「ティーナなのか?」
奇跡が起きた瞬間、最も俺の近くにいて、そして周囲にいた唯一の神聖術の使い手。
アルクスの例を見れば、奇跡の代償はシンプルなものでない場合もあることは明らかだ。俺を生き返らせるという奇跡の代償として、俺の首から下をティーナが動かしているということもありうる。
いや、そう考えなければ俺の体が神聖術を使える事の説明がつかない。
改めて聞いた俺の問いかけに、カラーダはただ俺の首を抱きしめて応えた。
(あぁ、ティーナだ)
俺は確信した。
「死んでなかったんだな」
この状態を良かった、と言うべきなのかはわからない。ただそれでも俺は、死んでいなくて良かったと思った。
「……アルト、外に出てからにしてもらっていいですか」
ロザリンドが声をかけてきた。
「そ、それもそうだな」
俺と、カラーダあらためティーナははっとした。ロザリンドは万全の状態ではないのだ。早く町に戻ったほうがいい。ティーナは俺を首にセットすると、スライムが死んだ場所を振り返った。
そこには今も黒い8面体の結晶らしきモノが転がっていた。
「あれは回収していくか」
俺がそう言うと、ティーナがそれに歩み寄っていき、拾い上げようと手を伸ばした。
「避けて!」
その瞬間、ロザリンドが注意を喚起した。
ティーナがとっさに左に飛び退いた。
カッ、という音がして矢が地面に突き刺さった。
「誰だ!?」
ティーナが剣を抜きつつ矢が飛んできた方へ向いた。
そいつは、弓を構えていた。矢をつがえ、引き絞っていて、いつでも2射目を撃てる状態だ。
魔獣の革で作ったと思われる革鎧を着け、長い金髪を後頭部でまとめている。肌は白く、その耳は人間ではあり得ないほどに長くとがっていた。
「エルフ……」
ロザリンドが呟いていた。
エルフ。伝承や伝説の中にだけ存在する種族のはずだ。遙か昔に妖精界へと帰ったとされ、実在するという話は聞いたことがない。
「その結晶は渡さない」
そのエルフの口から、清らかな高音が殺意と共に吐き出された。
「それを置いて去れ。そうすれば命は取らないでやる」




