20 採石場跡
町から出てすぐの丘の地下に広がる地下採石場跡。
それが目的地だった。
その入り口は丘の斜面に食い込んだ石の小屋のようになっていて、扉を開けると地下へと下っていくスロープがあった。
俺とロザリンドは、入り口の外側で地下に入る前の最終確認で手に入れた地図を開いた。
司教に提供してもらった地図である。所々についているバツ印は、崩れて通れなくなっている箇所を示しているとのことだ。教会が長年調査した成果の地図である。
そのバツ印の中に一つ、赤丸が足された印があった。採石場の一番端の外れにある。
ロザリンドの指がその赤丸付き印を示した。
「この印の先が今回の目的地です。ここから先は瘴気が満ちているため調査ができなかったため、どんな構造になっているか不明とのことです」
司教から受けた説明を改めて確認していく。こういう直前の再確認はとても重要だ。忘れていることはないか、パーティーの共通認識はできているか、そうしたことを余裕のあるうちに確認しておくのだ。
俺が言い出すまでもなくロザリンドがこうした確認作業を始めたのをみて、俺は彼女の経験値の高さ、優秀さを再確認した。
「採石場全体として、内部には闇を好むタイプの小型の魔物がいる可能性があります。巣窟にならないよう年1回は冒険者をまじえて掃討をしていますが、前回の掃討から既に半年以上経過しているため、油断は禁物です」
このような感じで予想される危険、対処の基本方針、撤退すべき場合について確認をすすめた。
どれも準備段階で意見を述べ合い決めたことだ。
すべての事項を確認し終えて、俺たちは腰に提げたランタンのスイッチを入れた。中心にセットされた魔石が光を放ち始めた。
突入だ。
俺たちは剣を抜いて地下へと入っていった。
ぼんやりとした明かりが坑道内を照らし出している。俺たちは地図を見ながら目的地へと最短距離を選んで進んでいった。
「あ、崩れてる」
地図に印がないない箇所で崩落が起こっていて通れなくなっていた。
「少し戻りましょう。こちらのルートで行ってみましょうか」
ロザリンドと相談して別ルートを取った。
時折蛇系やネズミ系の魔物が出てきたが、俺とロザリンドが苦労するような敵ではなかった。
歩くこと2時間くらいだろうか。俺たちは赤丸印のポイントにたどり着いた。
明らかに異常な場所だった。
『ここより先は死の帝国である。立ち入ることを禁じる』
そう書かれた立て札があり、その先には、何体かの白骨が転がっている。一体は人間のもので、こちらに向かって倒れたまま死んだようだった。
そのほかの白骨は魔物だろう。
年に一度人が来ているにもかかわらず、死体が回収されない、いや回収できない。つまりこの先がアルクスによって張られた、病の元凶を閉じ込める結界の中になるのだ。
「まず俺が」
俺が宣言すると、意を汲んだカラーダが足を動かし、その立て札の先、白骨死体があるところまで進んだ。
何の障害も感じなかった。
「なんともないな」
結界も瘴気も感じない。本当にあるんだろうか、と言いたくなるほどだ。
「……そこはもう、そちら側ですよ」
ロザリンドが教えてくれた。ロザリンドは何かを感じているのか、声が硬い。
「そうなのか」
「私も行きます」
「あぁ。やばそうに見えたら連れ帰るよ」
ロザリンドの体を神聖術の燐光が包んだ。どんな術をかけているのかは俺が見ても分からない。
ロザリンドは一歩ずつ確かめながら歩いてきた。
立て札を超え、1歩、2歩、と進んだところで一瞬体がぐらついたが、しっかりと踏ん張って耐えた。
「……っ」
「大丈夫か?」
「はい」
声が辛そうだ。
「防護防染防病だけでは足りなくて、解毒と治癒など回復系も常駐させました。これならなんとか……」
何個の術を並列させているのやら。
だが回復系も常駐ということは、防護が貫かれて汚染されているということでもあるだろう。
極力速やかに始末をつけて町に戻りたいところだ。町に戻ればこの汚染に効く特効薬があるのだから。
「いけるんだな?」
「はい」
ロザリンドは断言した。
「よし、行こう」
俺たちは行動の先へと進んだ。
一本道だ。魔物さえ出てこない。
しばらく進むと広い空洞に出た。
その中心に黒い塊がいた。ランタンが照らし出すその表面に、様々な色のゆがんだ形の楕円がうごめいている。
ロザリンドに確認するまでもなく邪心の奇跡に深く関わるものであるのは明らかだった。
「あれだな」
「あれですね」
二人で確認し合った。
形状は巨大なぷるんとした塊のようだ。巨大スライムというのが最も近いかもしれない。
今のところ自ら動く様子はなさそうだった。
「寄る前に、俺をその辺にセットしておいてくれ」
俺が頼むと、カラーダは首だけの俺を空洞の隅の地面へとセットした。方向は空洞の真ん中が見えるように。
よしよし良い感じだ。
「ではやりましょう」
ロザリンドが剣を構えたまますり足で距離を詰めていく。
スライムがどんな攻撃手段をとってきても対応できる構えだ。
カラーダも、ロザリンドから少し離れて同じようにスライムににじり寄っていった。
スライムは動かない。
やがてロザリンドの剣が届く間合いになった。
ロザリンドが大きく踏み込んで斬り込んだ。
スライムは一見抵抗なく深く斬られたように見えたが、すぐにぷるんと元に戻ってしまった。
ロザリンドはそのまま数度斬りつけたが、全て同じ結果に終わった。
(斬撃無効?)
もしそんな性質を持っているとすると勝ち目はない。
ぷる、とスライムが身じろぎした。
次の瞬間、スライムの全身から黒い棘が全方向に伸びた。とっさにロザリンドとカラーダが飛び退いた。
防御のために振るわれた剣がその棘にあたり、硬質的な音が響いた。棘の先端部分はスライムらしからぬ強度になっているようだ。生身で受ければ突き刺さるだろう。
移動はしないが攻撃手段はある。反撃をしたことをみると、いくらでも斬ってこいというわけではない可能性が高そうだ。
棘はすぐに引っ込んでいき、元のぷるんとした形に戻った。
(たしか、スライムには核があったよな)
俺は記憶をたどってこいつの倒し方を考えた。スライム種の魔物はぷるんとして形を変えることが出来るが、中心となる核が必ずある。
スライムの倒し方の一つとしてこの核を破壊することが挙げられるところだ。
邪心の奇跡による根源体とはいえ、その性質が同じである可能性は十分にある。
問題はどうやってこの巨大なスライムの核を破壊するかだ。
斬りまくって核に当たるのを期待するというのは簡単に思いつくが、なかなか低い確率になってしまうだろう。
俺はスライムの戦い方、様子をじっと観察した。
核の位置が分るか、あるいは当てずっぽうでも核に当たる確率を高くすることはできないか。
ロザリンド達が近づいて剣を振るい、スライムがトゲトゲになったときには離れる。
その繰り返しを何度か見て、俺は作戦を決めた。まずは試してみよう。それでダメなら次を考える。
「カラーダ、間合いを3分の1歩遠くしろ!」
俺は作戦について指示を出し始めた。
しかし、俺が全ての指示を出すよりも先に、スライムが新手を繰り出してきた。
全方位に棘を延ばすのではなく、一カ所に集中して延ばしたのである。狙われたのはロザリンド。
棘は一カ所に集中した分より遠くまで伸びてきた。
全方位の時の間合いで回避をしていたロザリンドが、急に伸びてきた間合いに対応できず、棘を剣で受け損なった。
棘はロザリンドの左肩をかすめた。
「くっ!」
たいした怪我ではない。そう見えたが、ロザリンドの膝から力が抜けて崩れ落ち、その場に手を突いた。
スライムがロザリンドに対し再度棘を打ち込もうと放った。
ロザリンドは突き立てた剣を傾けてかろうじてその棘を受け止めた。その衝撃でロザリンドの手から剣が抜け弾かれた。
棘が戻る。
スライムがぷる、と邪悪に震えた。




