19 聖者のお願い
「奇跡を終わらせてくれ? どういうことです?」
俺は彼の言うことがすぐには理解できなかった。
この町の昔話通りなら、奇跡によって病は治りめでたしめでたしだったはずだ。
「500年誰にも認識されない、そういう状態を解決して欲しいということですか?」
「そう聞こえてしまったか。いや、そういう意味じゃないんだ。私はこの状態であることについては満足している」
「満足……」
「そうとも。誰からも認識されず、壁も通り抜けられる亡霊のような状態だが、私が守ろうと思ったこの町をずっと見守ることが出来るのだ、悪いことではない」
そういうものだろうか。
俺には全く理解できない。100年に1人程度しか話し相手が現われないという孤独に耐えられるとは思えなかった。その話し相手がこの町にずっといるということもあまりないだろうことも合わせればなおさらだ。
「俺には理解できそうにないです」
「正直だね、君は。だがそうだと思うよ。これは私が願った奇跡の代償だが、私にとってはご褒美ともいえる。私が思うに、支払った代償を後悔する程度では奇跡は生じないのではないかな」
「奇跡は、自身のすべてに代えてでも叶えたい願いのためにもたらされる、というやつですか」
「そうだね。自身の全てに代えてでも、と本気で願う時点で私たちは狂っているのさ」
アルクスの笑顔には陰がない。心の底から満足しているという笑みだ。
「その状態は、永遠に続くんですか?」
「さぁね。町がある限りは続くんじゃないかな?」
理解できない。
既に500年経ち、終わりも明らかではないのに満足だと言えるというのは確かに狂っているともいえるのかもしれない。
胸の奥に釈然としないものがある。
「満足している、というんですね」
「そうだとも。君の命を繋いだ者とてそういう気持ちだろうね」
見透かすように言われて、俺は少しかっとなった。
「俺は彼女の犠牲のもとに生きたいとは思ってない」
「そうだろうとも。奇跡とは受け手の意思など関係なくもたらされるもの。それを願い奇跡が叶えば、君がどう思おうとその結果はもたらされる。
私がこれまで会った者もそうだった。奇跡を願った本人は満足を語り、助けられた側は時にそれを罪として背負う。
だがね、私たちは満足している。同じく奇跡を起こした者として、それだけは断言できる。だから君は、それを負い目に感じる必要は無いんだ」
「……」
俺は黙った。
そう言われたからといって、はいそうですかと納得できるものでもない。
「話を戻そうか。私が君にお願いしたいのはね、この町を今も狙う死病の元凶を打ち払って欲しいということなんだ」
「病の元凶?」
「あぁ。私は奇跡を願い、人々を病から救い守った。しかし、死病の元凶まではどうにかすることができなかった。
私に出来たのは、泉の水を治療薬に変えたことと、新たな感染者が出ることを防ぐために結界でそれを押しとどめることまでだった」
「元凶をどうにかすることはできなかったんですか?」
なにしろ奇跡だ。そういうことだってできるのではないだろうか。
「できなかった。神に言われたよ、あれもまた奇跡によるものゆえとね。邪神の奇跡だ」
ここでも奇跡。
奇跡起こりすぎじゃねぇのか。こんなにあるもんなのかよ。
「つまり、根源を討たなければならない、と」
「そう。頼めないだろうか? もちろんただとは言わない」
「報酬ですか」
だが現状の彼に払えるものなどあるのだろうか。
「今、私が報酬なんて払えるのかって心配したろう」
ばれた。俺ってそんなに顔に出やすいだろうか。
「心配はいらない。この状態もとても便利なことがあってね、誰かの秘密を知るのがとても簡単なんだ」
「秘密の情報を教えてくれるってことですか?」
「死者の秘密を知ったって君困るだろ? ちゃんと金貨になるさ」
「はぁ」
「300年くらい前の司教にあくどいのがいてね、この大聖堂を修理するときの費用をかなり懐に入れるとか、まぁいろいろやった奴なんだけど、彼が隠した財産がまだ見つかっていないんだ」
「なるほど」
理解した。
「その隠し場所を教えてあげるから、そこから好きなだけ持っていくといい」
「どれくらいの金額なんです?」
「数えたことはないけど、一流冒険者が何回か命をかけられるくらいはあるよ」
とするとかなりの額だ。
「それだけ危険ってことですか?」
どんなに報酬が高くても、勝てない敵との戦いはできない。
「奴は歩き回ったりできないし、直接攻撃の手段があるかも怪しい。難しいのは、奴が今もまき散らしている瘴気だけど、君なら大丈夫だから」
「俺なら大丈夫?」
「神の奇跡が君を生かしている。私があいつをどうにかできなかったのと同様、あいつの瘴気も君をどうにかできない」
「あ」
言われて思いあたった。先日はぐれ傀儡種と戦ったとき、俺は侵食を受けたにも関わらず跳ね返すことができていた。
あれはそういうことだったのだ。
「なるほど、それでいままで対処できなかったわけですか」
「そうなんだよ。それができるタイプの人がいなくてね。ようやく君が現われてくれた。本当によく来てくれたね」
報酬も十分、達成の目処もある。これは受けてもよさそうだ。
それに、病をもたらす元凶がまだ生きているなら、それをどうにかするというのは重要な仕事だ。俺にしかできないと言われればなおさら。
「わかりました、やってみましょう」
「よろしく頼むよ。何かあって難しそうだったら、生きて情報を持ち帰ってくることを優先してくれ。その時はまた、それをどうにかできそうな人を待つからさ」
「気長ですね」
「君が来るまで500年待ったんだ。もう500年くらいわけないさ」
アルクスは何でもないことのように笑った。
それから、俺はアルクスと実務的な打ち合わせをして、3日後に挑戦する予定とした。
アルクスが部屋から去って行ったのち、俺はロザリンドにもアルクスと決めたことについて説明した。
「私も行きます」
ロザリンドはそう表明した。
「アルトだけに任せては聖騎士の名折れ。神聖術でその瘴気を防げるかやってみないと分かりませんが、試しもせずに任せることはできません」
何が何でもついてくるという覚悟を感じた。




