16 戦術丸投げ?
城壁に嵌ったまま、俺は改めて戦場の様子を確認した。
俺たちと一緒にここまで来た聖騎士、神官戦士たちは、あちこちで孤軍奮闘していた戦士たちの援護に入っていた。
合流し、奮い立たせ、一緒に戦いを継続していく。
巨大スコーピオンの相手はロザリンドである。1対1のために無理に攻め込むことはせず冷静に守りに徹していた。
カラーダはそこへまっすぐに合流していく。
(あー、そうじゃないんだよ)
巨大スコーピオン相手ではロザリンドにもあまり余裕があるようには見えない。
「前から行くな! 敵の左側からだ!」
俺は叫んだ。聞こえるだろうか。
カラーダが俺の指示通りにスコーピオンの左へ回り込む動きを見せた。聞こえたらしい。
「左の鋏の攻撃は受け止めてもいいが捕まるな、右の鋏は必ずよけろ! そいつが一瞬沈み込んだら回転攻撃が来るから飛びのけよ!」
俺が見た範囲で把握した巨大スコーピオン戦の注意点を伝えた。
カラーダが左手の親指をぐっと突き上げた。
カラーダが戦いに加わった。
巨大スコーピオンは相手が二人になって明らかに注意が散った。攻撃するターゲットも散ることになって、ロザリンドに余裕が生まれた。
問題はどう倒すかだが、はたして今のカラーダが巨大スコーピオンの関節にうまく刃を立てられるかどうか。巨大な分通常の連中よりも断ち斬りにくいはずだ。
やはりここは、戦術ロザリンドであろう。
現状はロザリンドが主に敵の攻撃を引き付け、ロザリンドが主に反撃を加えている。カラーダがそのどちらかでも代わりにできれば問題は解決なのだが、俺の見たところそれは厳しい。
と、なればだ。
「ロザリンドが一瞬でもそいつの動きを止めたら、なるべく後ろの足を狙って斬りこめ、おもいっきりだ! ロザリンドが決定打を放つ隙を作り出せ!」
俺はそう指示を送った。
「それ、私が大変なプランですよね!?」
ロザリンドがなんか言ってる。はは、当たり前だろ。お前が隙を作ってお前がトドメを刺すんだよ。他に誰がするんだよ。
「お前ならできる!」
「あー、もう!」
叫びながら、ロザリンドは振り下ろされた右鋏を受け流した。右鋏が地面を打って土ぼこりが舞った。
ロザリンドはその鋏を踏み台にして大きく跳び上がり、スコーピオンの背後に回り込んだ。
スコーピオンの体が一瞬沈み込み、回転した。
ロザリンドはそれに合わせて大剣を地面に突き刺し、回転に任せて振るわれる鋏を受け止めた。回転が止まった。
「今だ!」
俺の合図と同時にカラーダが踏み込んだ。一番後ろの足狙い。だがスコーピオンの防御がうまく、関節に刃を入れることはできなかった。
だがそれでいい。
回転を止められ、足の一本を守るために無茶な動かし方をし、スコーピオンの体勢は大きく揺らいでいる。
そのスコーピオンに、
「はぁ!」
裂帛の気合を込めたロザリンドの一撃が加えられ、右鋏を根元から断ち斬った。
メインウェポンを失ったスコーピオンが飛びのく。
「畳みかけろ!」
こここそ勝機。ロザリンドとカラーダが同時にスコーピオンへ躍りかかった。
右鋏を失ったスコーピオンは、ほどなく左鋏も断ち切られ、足も失い、継戦能力を失ったのだった。
そのころにはジグマール隊長も第2陣を率いて援軍に到着していた。
残っていた通常のスコーピオンの掃討まで済ませ、ジグマール隊長が俺とロザリンドをねぎらってくれた。
「……でかいな」
巨大スコーピオンを見た隊長の感想は率直だった。
「隊長は、こいつを知っていますか?」
「過去の記録では2か3度、出てきている奴だろう。過去にはかなりの損害を出したと聞いている。ロザリー、お前がちょうど来ていて本当に良かった。強かったろう?」
「火竜よりは弱いですね」
「比較対象がおかしいんだよ」
ジグマール隊長の突っ込みはもっともだと思う。
「今日はもう終わりですよね、一休みさせてもらっていいですか?」
「あぁ。あとでいいワインを届けさせよう」
「白でお願いします。アルト、行きましょう。知りたいことは食事をとりながらでも」
俺はロザリンドについていって砦をあとにした。
俺たちは下の居住区まで降りて、風呂に入って汗と汚れを落とした。食事はどうするのかと思っていたところ、ジグマール隊長からお誘いが来た。ロザリンドも参加するとなれば、俺も参加するしかないようだった。
参加者はジグマール隊長とロザリンド、俺の3人だけだ。
ジグマール隊長が今日手伝ってくれたことへの感謝を告げ、戦死した副隊長をはじめとするメンバーの死を悼んだのち、杯を掲げた。
「それで、邪神の奇跡とはいったい?」
ソーセージをかじりながら、俺は尋ねた。詳しいことは後で、は早めにすましておかないと忘れてしまう。
言葉からして神の奇跡に対比しているのは間違いないだろう。
「神の奇跡については、説明はいらないですよね?」
「まぁね」
「奇跡が自身のすべてに代えてでも叶えたい願いのためにもたらされるものに対し、邪神の奇跡は世界のすべてを滅ぼしたいほどの恨みのためにもたらされると言われています。推測に過ぎないのですけれど。
強大な魔物や不治の呪病といった、世界を壊す方向を持つことが特徴です。それゆえ、邪神がもたらした奇跡だとされています」
「邪神ってのは何者なんだ?」
「諸説ありますが、どの派も決め手がないですね。古に我らが神に敗れた神だとか、神の使いだったものが邪な心を持ったとか、別世界の神だとかいろいろと考察はされているようですが」
そういうのって神学的に統一しなくていいのだろうか。
「そんなバラバラな説でいいのかよ」
「神に敵対している、ということは共通していますし。そもそも神は人の身で定義できる存在ではありません。さすがに邪神もまた神の一つの側面なのだという学派は異端認定せざるを得なかったようですが」
俺も一応の信仰心はあるが神学に大して興味がある方ではない。聖騎士がそれでいいというならそれでいいのだろうなと思った。
それよりもだ。
「傀儡種もそうだったのか」
「はい。邪神の奇跡によって生じた魔物の中でも、史上随一の魔物とされています」
「なるほど、あの色彩パターンがその特徴というわけか」
黒地に変化し続ける線。傀儡種と今日の巨大スコーピオンに共通するのがそれだ。
「そうです。根源、もしくは根源に近い個体があの色彩を発現します。傀儡種については“傀儡”という権能ゆえにすべてがそうでしたが」
「なるほどね。そしてここの根源は坑道奥深くにいて討伐の目途は立たない、と。とんでもないな」
「本部もどうにかして討伐できないか検討は続けていますが、現状どうしようもないですね」
しかもそれが、一挙に外に出てこないから何とかなっている、という状態である。この地域の滅亡は魔物の気分次第というわけだ。
俺はそれに、そして教会がそれを隠し続けていることに恐ろしさを感じずにはいられなかった。
「明日はどうする?」
俺はあえて話題を変えて頭を切り替えた。
「本当は明日には出発しようと思っていたのですが」
ロザリンドはジグマールに視線を送った。今日副隊長が戦死するという事態があったばかりである。戦力が欲しいのではないかと聞いている視線である。
「構わないよ、備えている人員で十分どうにかなるレベルだ。足を止めてもらうほどではない」
「だ、そうですけど?」
どうする、とロザリンド。
「隊長が大丈夫だというなら、先に進もう」
「わかりました。そうしたら、明日出発しましょう」




