15 俺、飛ぶぜ!
ジグマール隊長の対応は素早かった。
ロザリンドを城壁上に呼び戻し、城壁上から半分の人数を抽出、即席の援軍部隊をまとめあげたのだ。
「ロザリー、こいつらの指揮を頼む。3番だ」
「分かりました。アルト、あなたは?」
「行く」
俺は即答した。
するとロザリンドはジグマール隊長から俺を受け取ると、自分の左わきに抱え込んだ。
「あ、それなんだが」
俺はカラーダに例の物を出すように頼んだ。カラーダが取り出したのは程よい大きさのネットだった。赤子を抱っこするために売られていたものだ。
「なるほど」
ロザリンドは理解を示し、俺をそのネットにくるみこんで胸の前で抱っこした。俺はネットの中で斜め上を向いて安定した。
「楽でいいですね」
「いや待て。なんで前なんだよ」
少し視線を動かすとロザリンドの首筋が見える。このアングルはいけない。
「この方が話しやすいじゃないですか」
実に合理的である。だがね、集まった戦士の何人かから殺気が飛んできているんだが。俺だって好きでこんな場所に収まっているわけじゃないのに。
「出発!」
ロザリンドの号令で援軍は砦を出発した。
目的地、3番坑道口の砦はすぐに見えた。ちょうど一匹のサソリが城壁を超えてこちら側に出てこようとしているのが見えた。
「急ぎます、聖騎士のみついて来なさい!」
ロザリンドが走り出した。
ついてくる聖騎士は5名。それに加えてカラーダも付いてきていた。
俺たちは砦の城壁を駆け上った。
戦闘はまだ続いていた。この場所を守っていた戦士は全滅したわけではなかった。だがかなり数が減って散り散りに戦っていて、組織的な抵抗と呼べる状態ではない。
坑道口前の広場に、ひときわ大きいスコーピオンがいた。大きさはほかのスコーピオンの1.5倍ほど。形状に特に変わったところはない。だが、その黒い体表はより黒く、傀儡種のような赤や青、黄など様々な色の線が、直線的に走り回っていた。
その巨大スコーピオンは、広場の中央で聖騎士二人を相手に戦闘を繰り広げていた。聖騎士たちは防戦一方に見える。
「傀儡種、なのか?」
俺は疑問形で発した。
色彩の特徴は傀儡種に似ている。だがすべての傀儡種に生えてくるはずの触手は出ていない。
「違います」
ロザリンドが否定しつつ抜剣した。
「あれは、傀儡種と同じく、邪神の奇跡によって生じた魔物です」
聞きたいことがいろいろと出てくる説明だった。だが、今はそれどころではない。
「詳しいことは後でだな」
「はい。いきます!」
ロザリンドが城壁から飛び降り、巨大スコーピオンに向かっていった。その後を聖騎士たちとカラーダが追っていく。
俺たちに気付いた巨大スコーピオンが、右鋏を向けてきた。
がば、と鋏が開く。
(うげ)
そこにセットされているのは、血まみれのフルフェイスのヘルメットをかぶった人の頭だ。
ドン、という低く重たい音がして、それが打ち出された。
ロザリンドが剣の側面でそれを受け払った。かなりの速度があり、衝撃でロザリンドが足を止めた。
(趣味悪っ)
たまたまそこにあったちょうどいいもの、というだけの理由かもしれないが、間違いなく気分は良くない。それに、その首はここにいた聖騎士か神官戦士、誰かの首だ。
背後の聖騎士たちの殺意が明らかに一段階上がった。ちらりとロザリンドの様子をうかがうと、あぁこれはいけない。
(ドラゴンスレイヤー怒らせちまったよ、こいつ)
死んだな。
ロザリンドが地面を蹴って加速した。一瞬で、と言っていいほどの速度でスコーピオンの懐へ。
大剣が振り抜かれる。
狙いは足の一本、その関節だ。
ギィン、と金属がぶつかる音が響いた。
スコーピオンが足をずらして剣を装甲で受け止めたのだ。
こいつ、デカいだけではない。強い。
ロザリンドは二撃目を見舞おうと大剣を振りかぶり、そしてそのまま飛び退いた。
直前までロザリンドがいた場所を右の鋏が通り過ぎていった。
スコーピオンはそのまま回転しながらロザリンドを追ってくる。
彼女はもう一歩飛び下がって避けようとしたが、おそらく見切りがギリギリすぎた。通り過ぎようとしたスコーピオンの鋏が俺をくるむネットを引っ掛けた。
ネットが裂けた。俺は空中に投げ出され、何かにキャッチされた。
(げ)
スコーピオンの左の鋏が俺を挟んでいた。
頭上にスコーピオンの尾の先の針が見える。
やばい。刺される。
だが俺には手も足も出ない。
(誰か助け―――)
すぽっ。
俺の予想に反して、俺は針に刺されることなく、スコーピオンの右鋏にセットされた。
装弾完了。
(そっちかぁー!)
スコーピオンが鋏を開いたままその開口先を駆け寄ろうとするカラーダと聖騎士の一団に向けた。
「よけろぉーーー!!!」
俺は力の限り叫んだ。
どん、と音が響いて射出。俺は風になった。
一直線に飛んでいく俺を聖騎士たちはなんとかかわした。
俺はそのまま城壁へ頭から突き刺さった。
衝撃が全俺に響く。
(ぐ……いってえ……)
意識はある。激痛もある。
俺、生きてる。
だが顔が半分城壁にめり込んでいて、戦場の様子が見えない。
剣とスコーピオンが打ち合う音だけが聞こえる。
ズボッと引き抜かれた。
カラーダが引き抜いてくれたようだ。
「あぁ、ありがとう」
カラーダは俺をヘルメットから抜くと、痛む頭をさすってくれた。
心なしか痛みが引いていく。”奇跡”のおかげで回復力も上がっているのだろうか。治癒の神聖術でも受けているかのような引きの早さだ。
(よくティーナに癒してもらってたなぁ)
そんなことを考える余裕まで生まれてきた。
カラーダはずっと俺をさすっている。
「もう大丈夫だ、痛くないぞ」
完全復活だ。
カラーダが『え、本当に?』と覗き込んでくる。
「本当だよ。早く戦いへ。1人でも多いほうがいい」
俺の言葉にカラーダは頷くと、俺に再びヘルメットを被せ、城壁の穴へとつっこんだ。
おそるおそる手を離して俺がちゃんと城壁にはまったことを確認。
「戻すのかよ!」
そしてそのまま俺の突っ込みを無視して戦場の中心へと走っていった。




