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ブレイク家の嫁 ~いつの間にか名門一族の重要人物になっていた件~  作者: 橋本彩里
契約書のサインは慎重に

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8.仕切り直し


 眩暈がして足元がおぼつかない。

 これまでの人生、少しでも希望を持つとことごとく潰されてきた。私の意思は認められず、ないものとされる。


 ――希望を持つことさえ許されないの?


 なんとなく、いつかはこうなる気がしていた。

 もう何もかも、感情でさえも放棄してしまえばいっそのこと楽になるのかもしれない。


 でも、まだ諦められない。諦めきれない。

 ここで屈するということは、この先の人生が終わるのと一緒だった。このタイミングを逃せば、今よりももっと脱することが難しくなる。


 虚しくて悔しすぎて、自分の身体が自分のものじゃないようでうまく力が入らない。

 すべての努力が無駄だと言われたようで、身体の力が抜け視界が揺れた。


「大丈夫か?」

「えっ?」


 力強い声に意識を取り戻す。

 ぐっと腰に回された腕に引き寄せられ、ノアの身体に寄りかかる。そこでようやく身体の力が抜け立っていられなくなっていたこと、それにいち早く気づき助けてくれたのを知る。


 慌てて力を入れようとしたが、逆に崩れ落ちそうになった。

 もたもたしていると、ぐっと腕に力を込められさらに寄りかかるようにして固定される。


「このまま寄りかかってろ」

「――ごめん。ありがとう」


 少しだけノアの胸を借りることにする。

 とくとくと鳴る彼の心音を聞いていると、少し落ち着いてきた。


「……ふぅっ。もう大丈夫」


 断りを入れてノアから離れ、弱気になっている場合ではないと背筋を伸ばしビビアンと対峙した。


「弱ったふりをしても覆らないのだから、いい加減に認めたほうがいいのじゃないかしら」


 ビビアンが面白くなさそうに私を睨むと、ノアが私を庇うように前に出て諫めた。


「あまりにも一方的だし、追い詰めすぎじゃないか」

「私はクロエのためを思って……」


 そこでビビアンは両手を口で覆い隠し、ショックを受けた顔をする。

 それに対し、彼女の取り巻きたちが騒ぎ立てた。


「そうだ。ビビアン嬢の優しさを無下にしているのはそっちだ」

「罪の意識もないとは相当やばいな。こんな人物にやはりアカデミーの卒業資格を与えるのは危険なのではないか。ビビアン様の爪の垢を煎じて飲めばいい」

「こんなにお優しい方の善意に気づけないとは、なんて性格が悪いんだ」

「アカデミーの恥だな」


 ここぞとばかりにビビアンを持ち上げ、私を罵倒する。


「守りたい女がいるのはいいが、ろくに確認もせずほかの女を傷つけるとは話にならないな」


 ノアが見下すように彼らを鼻で笑う。

 取り巻きたちのほうが身分は高いが、ノアのほうが気品はあり他者を圧倒させるオーラがあった。実際に実力はあるので、彼らは顔を赤くする。


「なっ」

「子爵家の分際で」

「俺だけではなくここにいる誰もが家督を継げるとは限らないのでは? 卒業後、誰の立場が上になるのかわからないのによくそのようなことが言えるな」


 本当にそうだ。

 養子に入り立場が上がることもあれば、実力で成り上がり立場に差が出ることだってある。


 家の格は無視できないが、実力者の前ではそれらはほぼ無意味だ。

 だからこそノアは一目を置かれ、不遜な態度でも彼らも強く出ることができない。


 それに家門が衰退し、己が落ちていくことだってあるのだ。

 ビビアンだって、卒業後彼らと付き合いを継続しているとは限らない。侯爵家の庇護を受けられるかどうかも定かではない。


 冷静なノアの指摘に、取り巻きたちはぐっと押し黙った。

 男性陣が黙ったところで、できる限りのことはするのだと私は一歩前に出て声を上げた。いつまでもノアに庇ってもらうわけにはいかない。


「なぜ片方の意見を鵜呑みにして決めつけるのですか? 証拠も類似点があるということですが、私のものをビビアン様が盗んだ可能性だってあるはずです」


 決して私は屈するつもりはないとビビアンを見ると、彼女は少したじろいだ。

 それに気づいた取り巻きたちが、先ほどより声に鋭さはないが彼女を庇う。


「ビビアン嬢がそのようなことをするわけがないだろう」

「そうだ。ぎりぎりでついてきたくせに」


 ノアの迫力に一瞬怯んだようだが、ここはビビアンについたほうがいいと思い直したようだ。あとは単純に私が舐められている。

 確かにビビアンの魔力量は私よりも多く、身分も彼女のほうが上で家門としての権力は雲泥の差だ。

 彼女自身の能力も悪いわけではないが、提出物などは私が彼女の底上げをしたから彼女は私より成績がよかっただけだ。


 彼女が周囲にちやほやされている間、ずっと私は己の勉強と彼女に押し付けられたものをこなすために時間に追われていた。

 そのため優秀だが余裕のあるビビアンと、なんとか必死で特待生にくらいついたクロエ・ハストンという比較対象が生まれた。


 その必死でくらいついたというイメージに、今、不正をかけられている。

 正直、この言いがかりを正せず特待生の特権がなかったことにされ、学費の返済を要求されたら困る。


 そのようなことになれば伯爵家に連絡がいくし、父や義母、そしてビビアンの主張が通って私は人質のように彼女に仕えることになるだろう。

 考えるだけでおぞましい。

 だけど、こんな汚い手を使って退学をちらつかせられれば私も黙っていられない。


「そこまで言うのでしたら、これをどう説明するのですか?」


 私の手元には、先ほど終わらせたビビアンに押し付けられた課題がある。私は彼らの前にそれを突き出した。


「まだ課題を出せていなかったのか?」

「違います。これはビビアン様に頼まれていた課題です。類似点があるとおっしゃっていましたよね? それは私がビビアン様の課題をこなしていたからです」


 ビビアンを心酔している彼らをそう簡単に説得できるとは思ってはいないが、さすがにこれを見せれば少しくらい疑問が生まれるはずだ。

 感情を削ぎ落した、自分でもこんな声が出るのかと驚くほど冷たい声が部屋の中に響いた。



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