47.付きまとう過去
――やっぱり、父ね。
大きさも傾きもばらばらの文字は、見慣れた父の筆跡だ。
今すぐ燃やしてしまいたいが、内容も確認せずに後からさらに負の遺産として悪化していくことも予想されるのでそれはできない。
相手の主張を知った上で、どうすべきか考える必要があった。
大きく息を吐き、鬱々とした気分のまま手紙の内容を確認する。
親としての愛を全面に押し出しさも娘想いを装いうだうだとお気持ち表明しているが、ようは伯爵家のために借金をどうにかしてくれというものだった。
帰ってきてビビアンに謝り彼女の奴隷となって伯爵家のために侯爵家に仕えるか、帰ってこられないなら無償で施しをしろとの要求にうんざりする。
「情けないわ。恥ずかしいけどノアも読んで」
「いいのか?」
「もちろん。ろくな内容じゃないけど、今後のためにすべて知っておいてほしいの」
目を通し終えるとノアに渡し、ずきずきしてきた頭を押さえた。
「ああ。――本当に大丈夫か?」
「もう情けなさすぎてこの感情をどうしていいかわからないだけで、ものすごく落ち込んでいるわけではないわ」
ブレイク家の嫁になったことは、まだ公にはしていない。
筋を通すため王や契約書を作成した神官たちは知っているが、様々な事情があり公にするのはもう少し先の予定だ。
ノアの世話になることはいずれ父にも漏れる情報ではあったが、ここで働いていると思っていての図々しさに落ち込むよりは情けなさと悔しさで泣きたくなってくるだけだ。
――アカデミーの三年間は一通も手紙も寄こさなかったのに、いざ自分たちが困ったらしつこく連絡を取ろうとするってどこまで勝手なの!?
こちらの状況など気にも留めず、私なら手紙を見ればどうにかしてくれると、それで解決した気になっているのだろう。
楽観的な父らしさに徐々に腹が立ってくる。
「随分勝手な言い分ばかりだな」
「父が迷惑をかけてごめんなさい」
ノアの読み終えた感想に反射的に謝ると、鋭い眼光で手紙を睨みつけたノアから殺気が漏れる。
「クロエが謝ることではない」
「でもやっぱり――」
「ハストン伯爵家との縁はすでに切れている。クロエはブレイク家の一員だから応じる必要はない。迷惑がかかるとか変な遠慮はいらない」
あまりの鋭さに反射的に身体がびくりと強張ったが、自分のために怒ってくれる頼もしさに徐々に力を抜いた。
「ありがとう。遠慮なくこれからノアに相談する。まずは現状の整理をしたいのだけど、この一か月でこれほどの量を送るようになったことに違和感は覚えるの」
「そうだな。それについて先に調べたが、伯爵家は火の車で没落寸前だろう。借金を抱えている段階で、急を要するにしてもこの数を魔法便で送ってくるのは常識的にも異常だ」
そう。血の繋がりがあるからといって、娘が世話になっているだろう名門家宛に無作法に送り続けるこの異常さ。
父は厚顔ではあるが、小心者でもあるのだ。厚顔であるための自分を納得させる思考が必要で、誰かが父をそそのかし後押ししているはずだ。
「父は誰かがどうにかしてくれると思っていないと、そこまで思い切りよくできない人なの。一通目が普通便だったことからも誰かしらの助言は受けたかもしれないし、支援された可能性は捨てきれない」
それに何通も本人に届くかわからない手紙をしつこく送ってきたのなら、後々ここまでしたのだからと勝手に恨みを募らせ、義母あたりに余計な難癖をつけられる可能性もある。
その間、借金がさらに膨れ上がったりしたら、それは応じないお前が悪いのだとか言われそうだ。
「それも踏まえて対策は必要だな」
「ええ。この手のことは時間が経てば解決するどころかひどくなることもあるから油断はできないわ」
ブレイク家の嫁になったことは、いつかは父にも知られるだろう。その際に、どれほどの図々しい要求をしてくるのか想像すると憂鬱になる。
最悪、ビビアンと繋がっている可能性だってある。
ビビアンがあのまま何もせず引き下がるとも思えず、父と一緒に私をはめようとしていたことを考えると、父がこうして接触を試みようとしている以上終わったものとして処理するのは危険だ。
どのみち、父だけで行っているというよりは第三者の可能性を視野に対策するに越したことはない。
「手紙に抗議することはできるが、それも反応になってしまうのが困るな。今のところ手紙が来ているだけだから、こちらの対応も中途半端になる」
「ひとまずあらゆる可能性を考慮しながら様子を見るのがいいかもしれない」
対処するなら、こちらに付け入る隙など与えないよう徹底しないと意味がない。
今はノアが言うように手紙を寄こしてきただけで、内容的にもお願いの態なのでこちらの抗議はさほど響かないだろう。それなら現状は無視するのが一番だ。
「そうだな。少しでも実害が出ればすぐ対処する。それまではまた来るかもしれないが」
「ごめんね。実家のことで迷惑をかけて」
気にするなと言われたばかりだが、あまりにも情けなくて頭を下げる。
「クロエの親に思うことはあってもクロエが迷惑をかけているとは思わない。悪いのはクロエの話を無視するハストン家のほうであって、クロエが謝る必要はない。今日この話をしたのはしばらく俺が屋敷を離れるからだ。この件はしっかり対策を練って落とし前をつけるから、気にしすぎるな」
今まではノアが預かり止めてくれていたが、いない間は私の目に触れる可能性もあると考えてこのタイミングでの話のようだ。
付きまとってくる過去に思うところはあるが、それは過去であり今はこれまでと違い一緒に考えてくれる人がいる。
「ありがとう。ノアがいてくれて心強いわ。王都へも気をつけて行ってきてね」
「なるべく早く帰るから、できるだけ大人しくしていろよ」
その温かさに頬を緩ませていると、ノアは目を細め私のおでこを指で弾いた。




