44.見えない本音
「ああ、もう。かくれんぼしているんじゃないのだけど」
あれから何度か光の玉の確保に挑んだが、人の気配がするとすぐさまいなくなってしまい肉眼で見ることも敵わないままだった。
その間にもいろいろ試してみたが、私の部屋の食べ物以外は見向きもしない。被害は限定的であることはわかったので気長にいこうということになったが、ニアミスが続いてもどかしい。
今日もお菓子を置いた後にすぐに部屋に入ったが、すでにかごの中は空っぽで光の玉の姿はなく不発に終わってしまった。
肩を落とし部屋を出て、少し歩いたところでアリシアとチェルシーに会う。食事以外でアリシアと顔を合わせるのは、お菓子泥棒騒動以来だ。
「アリシア!」
声をかけると、アリシアの身体がびくぅっと跳ねる。それからチェルシーの後ろに隠れた。
「どうしたの?」
ここ数日、何度か一緒に作った大好きなお菓子作りもしなくなったし、寄ってくることさえない。
飽きたのかたまたま時間がなかっただけかと思っていたが、この反応だとどうやら違うようだ。
事情を知っていそうなチェルシーを見ると、彼女は眉尻を下げた。
「アリシア様は最近ふさぎ込むことも増え、情緒が不安定となりご家族と私以外はどうしても身体が反応してしまうみたいです。そのため、最近は人との関わりをなるべく控えております」
「だから、最近あまり見なかったのね。これからノアと出かけるからよかったらアリシアもと思ったけど、また今度誘ったほうがいいかな?」
チェルシーと繋いだアリシアの手がぴくっと反応したが、身体は隠したまま出てこようとしない。
そんなアリシアを痛ましそうに見下ろし、チェルシーはアリシアの手を優しく撫でた。
「申し訳ありません。アリシア様はやはり調子が戻らないようです。アリシア様も好きでこうされているわけではないので、怒らないでくださればと思います」
ノアと一緒だとしても動こうと思えないようだ。これはかなり重症ではないだろうか。
代わりにチェルシーが謝ったので、私は首を振った。
「怒るなんてとんでもない。身体が勝手に反応してしまうのなら仕方がないし、そういうときは無理をしないほうがいいと私も思う。アリシア、私に悪いと思わないでもいいからね。気分が乗ったらまたノアと一緒にお話ししましょう」
話しかけても、アリシアはチェルシーの手をぎゅっと握るばかりで最初の頃に戻ってしまったかのようだ。
寂しくは思いつつも、今はとにかく負担をかけないようにすべきだと距離を置いた。
「本当に申し訳ありません」
「ううん。気にしないで。できることがあれば言ってね」
声をかけると、チェルシーが考えごとをしているのか真顔でじっとアリシアを見ていた。
「チェルシー?」
再度声をかけると、はっとして笑顔を浮かべる。
「あっ、すみません。最近少しずつ変わっていかれようとしていたのにと思って。アリシア様はクロエ様に随分と慣れた様子で感動しておりましたので」
そう言って、目元を拭う仕草をする。
これまで近くで見てきたからこそ、思うことはたくさんあるだろう。
「確かに少し慣れてくれたようで嬉しかったけれど、それこそ見えない心や脳が身体にどう影響を及ぼすかわからないわ。今はそういう時期だと受け入れて無理なく過ごせばいいと思う」
「無理なく……。元に戻そうとしなくてもいいと?」
「心が受け付けないときに無理することはないわ。だからチェルシーもこれまで通りアリシアのことを見守ってあげて」
そう告げるとチェルシーはアリシアの手を見つめ、なんとも儚げな笑みを浮かべた。
アリシア付きメイドとして、とても心配していたのだろう。深々と頭を下げる。
「寛容にお許しいただきありがとうございます。アリシア様のことは私に任せてください」
「ええ。頼りにしているわ。またお菓子を作ったら二人にも持っていくわね」
あえて話を変えると、チェルシーも意図を察し話に乗った。
「ありがとうございます。いつも驚く物ばかりで楽しみです。これまでの料理のレシピもそうですが、あらゆる知識量がすごいです。クロエ様はアカデミーではかなり優秀だったのではないですか?」
「んー、私はそこそこね。アカデミーではノアが断トツだったわ。文武両道で誰もノアに勝てなかったもの」
「さすがノア様です。ね、アリシア様」
チェルシーが感嘆の声を上げると、アリシアも反応し私の足元のほうを見た。
私が無理やり距離を詰めてこないとわかり安心したのか、ノアの話題はどうしても気になるのか、聞き耳を立てているのがわかる。
「ノアはアカデミーでもすごくて憧れている人も多かったわ。アリシアのお兄さんはかっこいいわね」
直視しすぎないように話しかけると、アリシアがわずかに頷いた。これくらいなら大丈夫なようだ。
その様子にチェルシーは口元を緩めた。
「クロエ様から見てどうでしたか?」
「いつもどこでも余裕があって、その余裕さが鼻につくときもあったけど、実力もそうだけど場所や相手によって態度が変わらないのはすごいと思っていたわ。身分とかではなく、ノアはノアのままだった」
口喧嘩ばかりしていたが、突っかかられるから突っかかり返していただけで実力は当時から認めていた。
「そうなのですね。ノア様はそういった話はされないので」
「しなそうよね。事後報告もあったらいいほうっていう感じだし」
「はい。良い成績を修めて無事に帰ってこられると信じ心配しておりませんでしたが、まさか伴侶を連れて帰ってこられるとは予想外で本当に驚きました」
「急だったので驚くのも仕方がないわ」
私もいつの間にかノアの嫁になっていてかなり驚いた。
うんうんと頷いていると、チェルシーがこちらをうかがいながら口を引き結び視線を彷徨わせた。珍しい動きに首を傾げる。
「どうしたの?」
「――その、ずっと訊きたかったのですが、ノア様とはどうやって関係を深めたのですか?」
真剣な表情で問われ、私は目を瞬いた。
私の家の事情やこれまでの経緯は、公爵夫妻と執事やオーブリーとごく少数しか知らない。ここに来てからそういった質問はされたことがなく、意表を突かれてしまった。
私は二人を眺めた。
チェルシーは真剣な顔をしているし、アリシアの関心がこちらにあるのがわかる。
ノアが大好きなに二人に、彼に騙されていつの間にか嫁になっていたとは言いにくい。
「ノアとの関係は、そうね……。ノアとはわりと最初の頃から話はしていたのだけど、私がとても困っているときに一緒に頑張ろうと手を差し伸べてくれてそこから仲良くなったの」
それが卒業を控えたたった三日前とはさすがに言えないが、嘘はついていない。
「それでノア様から結婚の申し込みを?」
「ええ。私にとっても結婚はかなり急な提案だったのだけど、誠実に伝えてくれたので受けることにしたの。ブレイク家の人たちが温かく迎えてくれて、可愛い妹もできてノアにはとても感謝しているわ」
言葉を選びながら気持ちを伝えると、チェルシーが瞼を伏せた。
ここの人たちは表面上受け入れてくれているが、急に降ってわいた嫁に内心はヤキモキし、もしかしたらまだ受け入れきれていない人もいるかもしれない。
――それも当然よね。
先ほどチェルシーが言ったように、やっと帰ってくると思っていたら知らない女が嫁に来て仕えなければならなくなったのだから葛藤はあるだろう。むしろ、すんなり受け入れられるほうがすごい。
プロだからそれを表に出していなかっただけで、ましてやチェルシーはアリシアの専属として思うことはあるだろう。
「それは――」
チェルシーが何か言いかけたがノアが迎えにきたのでそこで話は終わり、アリシアが気になりつつも別れた。




