42.待機
「くっ」
犯人を捕まえるため待機するならノアの部屋が一番いいだろうと、部屋の主と使用交渉するため経緯を説明してからというもの、ノアは壁に手をついて静かに肩を震わせていた。
始めたときは不思議そうな顔をしていたが、徐々に我慢できないとその体勢から動かない。
「ちょっと笑いすぎ」
プララはいつものようにお菓子の準備をしに行っており、今はノアとアリシアと私の三人でノアの部屋で待機中だ。
ノアを見つけた時はたまたまアリシアと一緒におり、侵入者問題は緊急事態だと彼女のことは気にしつつもいつものように話していたら、なぜかこうして三人で待機することになった。
我慢しようとしているようだが、ときおり漏れる「くっ」とくぐもった笑いが聞こえるためできていない。
軽く手を上げて笑いが収まらない様子のノアから、アリシアへと顔を向ける。
視線が合うと、アリシアは逃げるというよりは困ったというように眉尻を下げた。
ノアがいるのは大きいが、こんなに近くで三人でいることは初めてだ。
怖かったらそもそも部屋に入ることを拒否してメイドのチェルシーのもとに行っていただろうし、このような姿を見るたびに少しずつ慣れてくれているのだなと嬉しくなる。
ここは変に気を遣うよりも私たちの普段の様子を見てもらうほうがいいだろうと、いつもよりざっくばらんに話しかけた。
「アリシア。あたなのお兄さんを怒ってくれない? でたらめな量を食べる大食いだとずっと誤解されていたことをこんな笑うなんて、女性に対して酷いわよね?」
これにも困ったような表情をしたが、アリシアはそっと兄のほうを見てゆっくりとくいくいっと手を引っ張った。
諫めてくれるようだ。
――なんて、優しいの。
隠れなくなったのも、言葉に反応してくれるのも、兄に対して私の味方であるような動きを見せてくれるのも何もかも可愛くて仕方がない。
抱きしめたい衝動をぐっと堪えながら、あまり見すぎてもまた引っ込んでしまうとノアへと視線をやった。
「ノア、聞いている?」
訊ねると、とうとう我慢できないとノアが声を上げた。
「くっ、ははははっ」
「笑いごとじゃないわ。私、ずっと大食いだと思われていたのよ」
「クロエが大食い。あの量はあり得ないだろう。ぶっ」
こちらは大きな問題だと訴えているのに相談した相手に大笑いされ、さすがにむっとする。
いい加減に笑いを止めろと、耳を引っ張り警告する。
「まだ笑うなら、アリシアにあなたの恥ずかしい話をするわよ?」
「……っ。それは怖いな。笑ってすまない」
「わかってくれたらいいの。とにかく大食いであることに疑問に思われなかったのもそうだし、気遣ってくれていたせいでこれまでずっとそう思われていたのはさすがに恥ずかしすぎる。これは私の沽券に関わることと、もしかしたら他人が私の部屋に入っているかもしれない由々しき問題なのよ」
ようやく壁から身体を離したノアが、私の頭を宥めるようにぽんぽんと叩いた。
アリシアが私もと頭をくいっと突き出したので、彼女の頭も撫でる。
こんな宥められ方は嬉しくないと口を引き結ぶと、さらにぽんぽんぽんと頭を叩かれた。
その様子を下からアリシアにじっと眺められ、同じだねと私は小さく笑みを浮かべた。
とりあえず宥めとけというよりは、悪いと思って普段妹にしているような行動をしてしまったのだとすれば仕方あるまい。
「それで私は大食いではないわよね?」
アリシアにも誤解されてはいけないので、是非とも兄であるノアから否定してもらわないとやっていられない。
「そうだな。美味しそうに食べるし、食べることは好きそうだが量は普通だな」
「でしょ? アリシア、聞いたよね? 私は大食いではないから誤解しないでね」
アリシアは兄のほうへと視線をやり、ノアが頷くとアリシアもゆっくりと頷いた。
まだまだアリシアが心を許している相手がいてになるが、確実に意思疎通ができている。
ノアが嬉しそうにアリシアを見つめる。彼女の成長が嬉しいのだろう。
視線が合うと同じように慈しむように目を細め、わしゃわしゃとアリシアの髪を撫でまわした。
「で、これから犯人を捕まえるために待機しているのだな?」
「もうすぐプララがいつもお菓子を置く時間なのよ」
そろそろ本腰を入れないといけない。
「こっちで待機するのはいいとして、どうやって確認する? 相手は三か月間毎日侵入してお菓子を盗んで行ったのだろう? 相当、かくれんぼに長けているぞ」
プララと話した時は驚きと戸惑いと理由のわからなさの怖さに慌てたが、ノアの余裕のある声音に自分の考えとノアも同じなのだと確信する。
「それは任せて。ちゃんと部屋にしかけてきたから」
「魔法具か?」
にっこりと笑みを浮かべると、それだけで私が何かしたのかわかったようだ。
「うん。だからもし逃げられても大丈夫のはず」
「――言いたいことはあるが、時間もないしまずは犯人の確認だな」
「ええ。毎日私の部屋に侵入している時点で大体想像はついているのだけど。現場を押さえて、理由によってはしっかり説教をするわ」
犯人は私の部屋の食べ物だけを狙っている。
ほかはそういった被害はないとのことなので、私の物だけが狙われ、誰にも見られずとなれば大体の予想はついた。
ノアもそこまで予想し爆笑していたのだろうし、話を聞いてもアリシアをそばに置いたままなのだ。
「説教?」
「もちろんそうよ。他人の物を勝手に取っていたのよ。それにその盗んだ食べ物をどうしていたかにもよるわ」
起こってしまったことは仕方がなから、今後とその食べ物をどうしていたのかが焦点だ。
そのためにも犯人を捕まえなければならない。
「絶対犯人を見つけて話をつけるわ。食べていたのならまだいいのだけど、私を辱めるだけでやって食べ物を粗末にしていたのなら許さないんだから!」
「そこ?」
「そうよ。ブレイク家に余裕があるのとそれは別の話よ。理由によってはしっかりとお仕置きが必要だと思っているわ」
これまで食べ物で苦労してきたので、これは絶対譲れない。ふんす、と息を吐き、私は屈んでアリシアを見つめた。
びくっ、と身体を揺らしたが、ノアの手をぎゅっと握りながらも逃げる様子はないのでそのまま話しかける。
「これから犯人を捕まえようと思うのだけど、アリシアはどうしたい? チェルシーのところに戻る? それとも一緒に捕まえる?」
想像通りの相手ならそこまで危険ではない。
だからといって、ここまできて何も聞かずに帰すと疎外感を覚えるかもしれない。アリシア自体が変わりたい、関わりたいと思うならばその気持ちを尊重したかった。
私の言葉を吟味するようにアリシアはじっと見ていたが、彼女はどうしようとノアのほうを見上げた。
ノアが慈しむように目を細める。
「アリシアがしたいようにすればいい。残るならアリシアのことは俺とクロエが守るし、想像通りならきっと面白いものが見られるはずだ」
兄の言葉にアリシアは考えるようにむにゅむにゅと唇を動かしたが、私の袖の端をきゅっと摘んだ。
こちらを見る眼差しにも期待が浮かび、いつもよりリラックスしている。やはりノアといると一気に緊張が解れるようだ。
――かなりいい雰囲気だ。
お菓子泥棒には言いたいことはあるが、アリシアのこのような姿を見れたことは感謝すべきかもしれない。
「よし。アリシアも仲間だな」
「ええ。協力して捕まえましょう」
アリシアのために、そして自分の名誉のためにもお菓子泥棒を絶対捕まえるのだと、私は用意していた水晶を二人の前に出した。




