41.大食い疑惑
アリシアとの関係もよくなり、ここに来て半年ほどが経ったある日のこと。
食事を終え部屋でくつろいでいた私のもとに、私付きのメイドとなったプララがお皿にてんこ盛りの果物を持ってきた。
「さっき食べたばかりだけど?」
少しぽっこりとしたお腹を見下ろす。
食後に夫人お気に入りのデザートがずらりと並んだため、勧められるまま食べていたら胃はぴっちぴっちで一欠けらも入る隙がない。
「その、クロエ様はいつもこれくらいお食べになられるでしょう? お菓子ばかりは身体によくないので、甘い物を食べたいのでしたら果物がいいかと思いまして」
ちょっとためらった後、プララは言いにくそうに告げる。
うかがうように視線をこちらに向けながらも、あっという間にするすると皮が剥かれてく。
「かなり手先が器用ね、って。ちょっと待って。いつもってどういうこと?」
二つ目の果物を手に取ったプララを、私は慌てて制止した。
剥かれても食べられないし、何やら聞き捨てならない内容だ。
プララは手のナイフを残念そうに見て、視線を上げた。
少しでも目を離したらてんこ盛りの果物をすぐにでも食べられるよう準備しかねず、私は目を離さないようにプララを見続けた。
「この三か月ほどクロエ様は食欲が旺盛になられたようなので、先ほどの食事では足りないと思いまして」
「足りない?」
こくりと頷きながら、プララがまたもう一つ剥いていく。だから、食べられないのだとその手を掴んだ。
こうなったら身体で止めるしかない。
プララは普段とても控えめで主張せず、粛々と仕事をこなすタイプだ。
実家では専属メイドなどもちろんいなかった私は一通りのことは自分でこなせるし、仕事とはいえ事あるごとに人がいるのも気疲れする。
ある程度は慣れるしかないが、ノアとの関係についても触れることなく、淡々と仕事をこなすタイプのプララは距離感が掴みやすくやりやすい。
だからこそ、プララのこの行動に少し戸惑っていた。
「もうお腹いっぱいでこれ以上はいらないわ」
「私には遠慮しないでください。いつものお菓子も誰にもバレないように持ってきておりますので、クロエ様がたくさんお食べになることは誰にも話していません」
私ってそんなに食いしん坊キャラなのか。
専属メイドとして私を気遣ってくれての言葉なのだろうが、身に覚えのないことに頭を抱えたくなる。
うーむと考えている間に、なぜかまたひとつ剥き終わってしまった。
気が逸れた一瞬のことだ。メイドのスキルにしては手慣れた動作と、食べさせようとの意思に私は音を上げた。
「プララ。まずナイフを置いて、私の話を聞いてほしい」
「わかりました」
手を離したが、また何かの隙にせっせと剝かれては困ると果物も遠くにやる。
「それだけど、どうして私がよく食べると思うの?」
人並みに食べるし、ダイエットだといって食事制限などしたこともなく、その時に食べられる分を食べてきたが、まさか自分が大食いだとは思ったことはなかった。
これは由々しき問題だと訊ねると、プララは小さく首を傾げた。
「この部屋に置いたお菓子を、クロエ様は気持ちよいほど平らげておられます。しっかり食事をされた後も必ず手をつけておられるので、たくさん食べられる方なのだとお見受けしておりました」
「……」
「もしかして自覚がおありではない?」
考え込んでいると、心配そうに訊ねられ顔が引きつりそうになる。
平らげた事実などないのに、気を遣われるとプララの言うように自覚がないだけなのかと己を疑う時間が恐ろしい。
「部屋のお菓子? 普段のティータイム以外での話をしているのよね?」
「そうです。これまで毎日三回、そこのかご一杯置かせていただいておりますし、綺麗になくなっていたので」
「まい、にち?」
何度も言うが、食べた覚えがない。
だけど、プララによると私のためにこれまでずっと毎日補充してきたのも事実のようだ。
――どういうこと?
困惑から徐々に焦りに変わってくる。
プララが指したかごは、両手で持たなければならないくらいの大きさだ。
もし彼女が話すように毎日三回このかご一杯お菓子を入れていたとしたら、一か月あっても食べきれない量になる。
一日でもかなりの量なのに毎日となると、普段意見しないプララが果物を代替え案として持ってくるのもわかる。
「それ、私ではないわ。確かにお菓子が置かれていたことは知っていたけど、時間が経てばなくなっていたから下げたのだと思っていたわ」
とにかく私側の事実だけを述べた。
部屋にお菓子を置いているのを見かけたことはあるが、私はそれらに手をつけたことはない。
毎回新しいのが置かれており、ブレイク家では時間によってお菓子が変え贅沢だなくらいにしか思っていなかった。
「…………」
「…………」
顔を見合わせ、どういうことだと同時に首を捻る。
順調に問題なく過ごしていた日常に、ここに来て初めて認識の違いが浮き彫りになり、内容が微妙に気持ち悪い。
プララは私とかごに何度か視線を走らせ、困ったように眉を寄せた。
「そんな!? では、誰がお菓子を?」
「そこよ! この部屋に侵入した者がいてお菓子を泥棒していたことになるけど、これまでこのような問題はあった?」
プララがようやく食い違っていることに気づいてくれ、やっと話を先に進めることができた。
ただ、公爵家に危険を冒して侵入して盗むのならば、ここにはもっと高価な物がたくさんあるのになぜお菓子なのか。しかも毎日である。
あとは単純に、調理場ではなくわざわざ私の部屋に盗みにくる意味がわからない。疑問だらけだ。
なんとも不思議な話だと首を捻ると、プララは首を振った。
「そういうことはありませんでした。ほかの部屋でも聞いたこともありません」
「よそ者が毎日侵入していたってやっぱり非現実的よね?」
「はい。公爵家に侵入、ましてやこの部屋には絶対怪しい者は入れさせませんので」
ナイフに視線を向けるプララの気配が鋭くなる。犯人を見つけたらそのまま刺しそうな勢いだ。
果物を剥く速さや手つきといい、やはりただのメイドではない気がする。
「これは由々しき問題よ。ならばすることはわかっているわね?」
プララのことも気になるが、今はそのことよりも私に大食い疑惑をもたらしたお菓子泥棒を捕まえることが大事だ。
お菓子で済んでいるならその間に解決しなければならないし、知らない間に誰かが侵入している時点でアウトだ。
「はい。命にかけ――」
「命はかけなくていいから、安全早急に犯人を炙りだしましょう」
知らなかったが、プララは苛烈な一面があるようだ。
こうして、私たちはお菓子泥棒を掴めるために動き出した。




