5.脅かされる自由
「クロエ・ハストン。お前の不正を暴きに来た」
「ビビアン様に謝罪をしろ。陰湿な女め」
「こんな女が由緒正しきアカデミーを卒業するなど許されない」
意気揚々とビビアンの取り巻きの男性陣が声を上げる。
早々詰め寄られ戸惑いながらも、自分にとって流れはよくないのがわかりげんなりした。
ビビアンを心酔している男性陣は、私がどれだけ正当だと訴えようが聴く耳持つことなく悪であることは変わらないだろう。
本当にもう少し、あと三日で卒業だ。
今まさに押し付けられた課題を終わらせたばかりで、やっと本当の意味で自由を得ることができるというのに私は息をつくことも許されないのか。
視線を走らせると、悲しげに顔を伏せたビビアンが取り巻きの一人に肩を抱かれていた。
確か彼は、最初の頃は私に親しげに話しかけてきた男性だ。何もしていないのに気づいたら嫌われ、ビビアンの取り巻きの一人になっていた。
その横にはクラス担任のアルバーン教授が立っており、こちらを睨みつけていた。
以前からビビアンを贔屓にしていたので、教授が彼女の肩を持つのは何も不思議ではない。
「クロエ・ハストン。そなたはビビアン・イレイド侯爵令嬢のこれまでの成果を自分のものとしたのは本当か?」
「どういう意味ですか?」
アルバーン教授の言葉に首を傾げると、教授は目を吊り上げた。
「そのままの意味だ。これまでの課題や発案はイレイド嬢のものを盗んだと聞いている。実際に君とイレイド嬢の提出物には類似点が多い」
それはそうだ。彼女の分を私がやっていたのだから。むしろこちらが搾取されてきた側だ。
何度、課題を丸投げされた徹夜したことか。あれもこれもと苦労が一気に押し寄せ眉を寄せる。
どういうつもりで嘘をついているのかとビビアンを見るが、彼女はただ悲しそうに眉尻を下げるだけだった。
「私が悪いんです。かわいそうだと思って助けていたら彼女が勘違いしてしまって」
頭を打って記憶をなくしたのだろうか。
前々から図太いとは思っていたが、どういう神経をしているのか。私は小さく息を吐いた。
「身に覚えはありません。すべて自分の力でやりました」
おそらく、伯爵家の借金がある以上私が盾突くことはないとビビアンは踏んでいるのだろう。
実際、これまでの私はこちらが弱者であると行動も徹底していた。彼女がそう望んだから、反論もせず彼女の話を聞いていた。
これまでの仕打ちを訴えることもできるが、そう簡単に聞き入れられるかはわからない。
このことが卒業にどう影響するのかわからないため、ひとまずどういう方針かを確認したくて黙っておく。
「だが、多くの者がイレイド嬢の言い分が正しいと主張している」
「つまりこれは意見を聞いているのではなく、断罪するためにこの場に来たということですね。証拠はあるのでしょうか?」
私の無実は私が一番よくわかっている。そして、この騒動の中心にいるビビアンもこれが茶番であることを誰よりも理解しているはずだ。
この先に何を望んでこのような事を仕掛けてきているのか。警戒しながら立ち上がろうとし、そこでノアに手を掴まれたままであったことに気づく。
私と同じタイミングで、ビビアンが私の手元を見た。
ビビアンの表情が徐々に険しくなっていく。
――あっ、やばい。
この現状は私とノアが実は仲が良かったと誤解されかねず、実際に機嫌を損ねてしまったようだ。
ビビアンはなびかないノアを明らかに意識していた。言葉では眼中にないと余裕ぶっていたが、視線や態度から彼を取り込みたいのはずっと伝わっていた。
だが、ビビアンだけに限らずノアは誰にもなびかない。誰ともつるまない。
そんな彼だから、ビビアンもそこまで露骨にノアを自分の側に引き抜こうとはしなかった。自分から必死になるのはプライドが許さなかったのもあるだろう。
そんなノアが私の手を握っている。それだけでビビアンが面白くないと思うのは簡単に予想がつく。
タイミングが最悪だと慌ててノアの手を振り払おうとしたが、大きな手はそう簡単に離れてくれない。
「手を離して」
「…………」
直接声をかけるとノアは私のほうを無言で見たが、眉を跳ね上げゆっくりと手を離した。
だが何を思ったのか、ビビアンたちと対峙するように私の横に移動する。
正直、ここで知らないふりをされるよりはありがたいが、その行動が火に油を注いでいるので微妙なところだ。
案の定、取り繕えないくらいビビアンの表情が悪鬼のように歪んだ。
「ノア。あなたは退出しなさい」
「なぜ? 何か問題が生じたようだが、そちらが大勢に対して彼女がひとりというのは見過ごせない。公平性を保つためにも俺がいたほうがいいのではないか? 俺には数で彼女を締め上げようとして見える」
そこでノアは、ビビアンたちの後ろに立つステン副学園長を見据えた。
私もいつまでも見下ろされるのは居心地が悪いためこのタイミングで立ち上がり、副学園長を見た。
「締め上げ……、そうなのですか?」
「そういうつもりはない」
副学園長がゆるく首を振るが、ざりざりと顎髭を撫でた。
このアカデミーで采配の幅を利かすことができる副学園長に、誤解されるのは非常に困る。していないものはしていないと毅然として立っていると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
――あっ、これは表情だけのやつ。
だが、否定しながらもその目は完全に私の処分を決めている者の目だった。こちらの主張など端から聞く気はないようだった。
表情で推し量る以前に、こんなところまでビビアンに言われるがまま来ておいて決めつけにかかっているのがその証拠だ。
何を企んでいるのかと視線をやると、ビビアンはさっきまでの酷い顔からきゅるんと可愛く上目遣いで私を見た。
この表情は私に向けてではなく、見ている者に見せるためのもの。本当、彼女の計算高さにはうんざりする。
「クロエ。正直にステン副学園長に話して。私もかばうべきかとても悩んだのだけど、やっぱりあなたのためにはならないと思って」
「――はっ?」
何を言い出すのかと固まっていると、私とノアを割くように間に入って私の両手を取った。




