4.漏れる本音
単純に私の反応を見て遊びたかっただけなのかもしれない。
最後までこの男も変わらないなと、呆れと同時にある意味ぶれなさに感動すら覚えた。
「やっぱり暇つぶし……。いえ、なんでもないわ」
思わず漏れた言葉に、んっ、と小首を傾げ作られたような完璧な笑顔を見せられ私は首を振った。睨まれるより、やたらきらきらしたこの笑顔のほうが正直きつい。
いつもならもう少し突っかかるのだけれど、今は他人の課題をかなり急いでやっつけた後で疲れていてそんな気分にもなれない。
専攻ではない科目の課題は自力で学ばなければならないことが多く、自分の課題以上に大変なのだ。
しかも、あえてそういったものは締め切りぎりぎりで押し付けてくるのだから、ビビアンの性格の悪さは折り紙付きだ。
「疲れているのか?」
「そうね。今回は不意打ちを食らったし、気を抜いていた分疲れてはいるわ」
「本当に腹が立つな」
遠い目をしていると、それに気づいたノアがぱちんとおでこを指で弾いてくる。
「いたっ」
「そこまで痛くしていないだろ。痛いと思うならそんなものを引き受けるな」
「私がどうしようが勝手でしょ」
また話が元に戻ってしまった。
それだけノアからすれば気に食わないのだろうけど、それこそ私の知ったことではない。
「目につく」
ぶすりと告げられ、眉を吊り上げる。
ひとりでなんでも出来てしまうノアからすれば、人の言いなりになって課題をしている私が気に障るのだろう。
押し付けるヤツがもちろん悪いが、そんなものを引き受けるヤツも悪い。増長させてどちらも利点はないと、貴族制度のピラミッドの下のほうにいる者とは思えないことを以前言っていた。
――力さえあれば私だってそうしたかった!
ノア自身の能力が高いからそういった考えになるのだろうか。他人に媚びる状況ではないこと、単純に物理的に強いのは羨ましい。
ノアを前にするとどうしても自分に足りないものが見え、虚しさを覚えてしまう。
「目をつぶることを推奨します」
「目に入るものは入るのだから、お前がやめたらいいことだ」
話が通じない。
「やめられるならやめていたわよ」
あまりにもしつこくて、本音が漏れた。
一度でも口にすると心が弱くなりそうで、決して外に出すつもりではなかったものがこぼれ落ちる。
――私もこんなことしたくなかった……。
甘んじていたくはないけれど、そうすることしか私には選択肢がなかった。
私の中の精一杯を無駄だと言われたようで悔しくて唇を噛み締めると、ノアが肩を竦めた。
「そうか」
「そうよ。でも、これで最後だから。アカデミーを卒業したら私を見ることもなくなるし、イラつくこともなくなるわよ。よかったわね」
疲れてはいるし腹も立つのだけど、不思議とノアと話しているとちょっとだけ気力が湧いてくる。
そもそも孤立しがちな私にとって、こうして取り繕わず話せる相手は貴重だ。
今日みたいに容赦なく突っかかってくるため、苛立ちを遠慮なくぶつけることができ、おかげでストレスを溜めこまないで済んだ。
本音を言い合える者同士。友達ではないので続く関係ではないが、アカデミー限定の悪友のようなものだろう。
腹が立つことのほうが多かったけれど、なんだかんだいってノアが文句を言いにくるおかげで寂しくなかったのも事実。
「最後? 結局、最後まであんな女にこき使われ続けていたということか。情けなくないのか?」
「こっちだって事情があるの。何も知らないのに言わないで」
さすがに何度も言われると腹が立ってくる。本当、今日はいつにも増してしつこい。
先ほどやっと終わったところなのに蒸し返してほしくなくてむっと言い返すと、ノアは私の手を自分のほうへと引っ張った。
そう言えば手を掴まれたままだったなと視線をやると、こっちを見ろと掴まれていないほうの手で顎をくいっと上げさせられる。
「なら、その事情を話せ」
「もう終わったことなので言うつもりはないわ。それにあなたには関係ないでしょ」
そう告げると、ノアは不機嫌にふんと鼻を鳴らした。
私は追い込まれてひとりであるのに対し、ノアは何でも持っていてのひとりである。
比べても仕方がないのに、比べてしまいそうになるのが嫌になる。そんなことをしてもみじめになるだけで何も生まれない。
――疲れているとろくなことを考えないよね。
ここにいる間は我慢すると決めたのも私だから、こんなことでノアに当たっても仕方ない。
「さっきも言っていたが、関係がないことはないだろう」
「これは私の問題だもの」
ノアはいつも私の神経を逆なでし、本音を出させようとする。
これまでは本当に忙しくてそれどころではなかったからスルーできていたが、もうすぐだとの気の緩みと疲れ、あとしつこさから押し込めていた感情が発露しそうだ。
「少なくとも、俺は関係がないとは思っていない」
急にそんなことを言われてもどうすればいいのかわからない。
接近してきた顔が近くて、あまりにもまっすぐに私を見るものだから少しドキドキもして、この空気に耐えられなくなった。
「手を離して」
「そろそろ俺のことを見たらどうだ?」
「クロエ。こんなところにいたのね!」
ノアの最後の言葉は、乱入してきたビビアンの声にかき消され聞こえなかった。
私の顎にやっていた手を離しビビアンに視線をやったノアは、不機嫌に舌を打つ。
何を言ったのか気になったが、意気揚々といつもの取り巻きと数人と、アカデミーの副学園長まで引き連れたビビアンが私の前にやってきたのでそれどころではなくなった。




